532列車 どっちが儲かる
「ただいま。」
「お帰り、パパ。」
帰ってくると亜美が玄関で待っていた。
「ああ。ただいま。」
ウチは亜美にそう声をかけ、自分の鞄を渡した。こういう時はだいたいウチに話があるんだよなぁ・・・。
「で、今日は何の話があるのかな。」
「ハハ。本当に察しが良いねぇ。・・・今日の夜付き合ってくれるなら話すわよ。」
「・・・ご飯の時でも良いじゃん。」
そう言うと亜美はウチの耳元で、
「ご飯の時だと聞かれちゃ困る人たちがいるの。」
と言った。それでだいたい察しが付き、ウチは分かったと答えた。
ご飯を食べ終わり、先に自分たちの寝室に行って、亜美を待つ。しばらくすると家事を全部終わらせてきた亜美が入ってきた。
「で、聞かれちゃならない話って何。」
「光ちゃん。もうすぐお父さん仕事引退するって知ってるよねぇ。」
「ああ。68になって今のパトロールの仕事が出来なくなるからだろ。まぁ、お父さんはよく働いたと思うし、もう良いんじゃないかな。」
「って、そういうことじゃない。だから、お父さんが引退するから、私達から何かプレゼントしてあげようって事よ。」
「ああ。そういうことね。」
何が言いたいか分かった気がする。ウチは亜美が両親にプレゼントしようとしているものが何かだいたいの見当が付いた。しかし、話は最後まで聞かないとね。
「で、何をプレゼントするつもりなのかな。」
「そりゃ、もちろん最長往復切符よ。」
「で、それをどこで作って貰うつもり。」
「こういう話をしてるんだから、察してよ。光ちゃん。」
「断る。」
ウチは語気を強める。
「早い、さすが現業職員。中央新幹線最高時速500キロバリの即答。」
分からない鉄道のたとえ。しかもかなり懐かしいものを引っ張り出してきたなぁ・・・。いや、何が言いたいかは分かるんだけど・・・。
「言いたかっただけだよな。」
「うん。言いたかっただけ。」
「言っとくけど、発行はやんないよ。」
いくら可愛い嫁の頼みだからって聞けるものと聞けないものがある。それは亜美も十分分かってくれていると思うのだが。
「やっぱりダメ。」
「ダメだな。だいたい最長往復切符は16万5000ぐらいだろ。それが2枚あったって33万。それだけの売り上げ京都→品川の切符を20人に売って出る利益と同じだよ。」
キトとは京都駅、シナとは品川駅のことである。そして、そういう話になったか・・・。光ちゃんの言いたいことは分かる。確かにその切符を20人に売れば、37万6600円となり最長往復切符の利益さえ超える。※1
「でも、それを出札するかしないかを決める権限はあるでしょ。」
「あるよ。だから、ウチは発行しないっていう方を行使するよ。亜美なら分かるでしょ。出札を一人鉄道ファンのために割くより、何も知らないで切符を買いに来る人のほうが利益はあがるっていうことくらい。」
「・・・。」
「あくまでウチは民間企業として、旅客にその切符を売りたくないって論じただけだからね。播州さんも言ってたでしょ。民間企業はものを売りたい、客はものを買いたい。それが合致して初めてものを売るって事。企業側には客からの要望を拒否する権限もあるってね。」
光ちゃんのいうことはもっともである。一民間企業が客のいうこと全てを聞くわけではない。光ちゃんはキト出札の中で現状トップだ。トップが売りたくないと言う以上、キトでの最長往復切符発券は難しいだろう。
「悪く思わないで、亜美。東海旅客鉄道は公企業じゃないんだからさ。利益優先なのは仕方ないんだよ。」
「そうよねぇ・・・。うん、私も最初から無理なお願いだとは思っていたから。」
「そもそも、ウチの知ってる限りキトで最長往復切符か最長片道切符の発券実績が無いんだよなぁ・・・。」
「えっ、有るでしょ。一つぐらい。」
「・・・うーん、有るかもだけど、ウチの知る限りは無い。」
「持ち込まれたことは。」
「無いなぁ・・・経路がびっしり書かれたファックスとか、口頭で経由地言ってくとか、そんな頭の行かれた客が来たことはないなぁ。まぁ、最長レベルじゃなければ何回もあるけど。」
「東海旅客鉄道ってやっぱり、そういう方面のイメージ悪いんじゃないかしら。まぁ、私も人のことは言えないけどさ。」
「イメージ悪いのに働こうと思ったんだ。」
「アレは・・・。私の両親に私が会社を継ぐ気が無いのを分からせるためにやったのであって・・・。そういう気持ちだから入社してからあんまり長くは持たなかったんだろうけどね。ハハハ。」
「・・・違いないね。」
「ああ、でもそうなるとどうしよう。」
「・・・東海旅客鉄道につとめてるウチが言うのはアレだけどさぁ、九州旅客鉄道にでも頼んでみたら。」
「今さっき利益優先とか言ってた人が別の民間企業の利益になることを言うの。」
「・・・そうだけど、お父さんとお母さんが最長往復切符をすることに変わりは無いと思うし、そうなれば特急料金だけでもウチらに納めてくれるし・・・。別に利益0じゃないし。」
「だったら発券してくれても良いじゃない。」
「発券しなくてもいいほどに儲かるからいいよ。」
「・・・。」
でも少し考えた。確かに、東海旅客鉄道で発券するよりも九州旅客鉄道で発券する方がいいかもしれない。播州さんの最長往復切符の旅にのため、その切符を3日で発券したり、四国旅客鉄道が発券した往復切符を真の最長往復切符に8時間で作り替えるなど、あれほど貢献したJRも他にない。ここは光ちゃんのいうとおりにしてみようか。
私は早速九州旅客鉄道博多駅に最長往復切符の発券を依頼することを決めたが・・・、
「ところで、発券するのはいいけど、そのことお父さん達には言っといた方がいいよねぇ。あっちの都合だってあるし。」
「あっ・・・。」
はなっからサプライズなんて出来ない代物だった・・・。
※1:下記は時刻表を元に又は作者が勝手に運賃計算時の規定を適用して料金を提示しただけに過ぎないことに留意されたし(JR時刻表2017年8月号を参照)。
京都→品川
経由:東海道新幹線・中央新幹線
距離:433.2キロ(京都→名古屋:147.6キロ、名古屋→品川285.6キロ(予定))
運賃:8210円
品川→名古屋間はリニアに乗った場合でも東海道新幹線を経由した扱い(東海道本線経由)で運賃を考える。よって、距離は433.2キロで適用される7020円ではなく現在の品川→京都間の運賃8210円を適用する。
特急料金:10620円
品川→名古屋間のグリーン料金(「のぞみ」乗車の場合)8420円にリニアではプラス700円くらいであると予測される特急料金の増額分を足し、9120円。これに名古屋→京都間の新幹線特急料金3000円に乗継割引(半額)を適用し、1500円。9120円と1500円を足し、10620円。これを普通車指定料金とする。