590列車 エルトゥールル
2062年3月25日・土曜日(第18日目)天候:晴れ 西日本旅客鉄道紀勢本線古座駅。
古座10時16分→串本10時26分
古座→串本間串本駅で運賃精算の上乗車
古座駅から紀伊田辺行きの227系1000番台に乗り串本駅で下車する。整理券を駅員に渡すと「一人200円です。」と回答が帰ってきた。200円を支払い、改札を出てから僕たちはすぐ近くにあるみどりの券売機に行く。串本駅においているみどりの券売機は西日本のコールセンターにつながる「みどりの券売機プラス」って言うものだ。もうかなり増えていてプラス感は無いけど・・・。
「えっと、特急指定券・・・。新宮方面、本日分、2人・・・。」
僕は画面をタッチしながら、押すところを言っていく。いつもの癖だ。
「これね。「くろしお1号」と「南紀6号」。」
萌がそのパターンで発売されるところを指さす。萌の指に隠れているが、その隣は12時43分発の新宮行き普通列車だった。だが、新宮での接続は14時49分発「南紀84号」名古屋行きまでない。
(この辺りは特急も少ないなぁ・・・。)
「萌。どうする。「くろしお1号」と「南紀6号」。」
「「くろしお」は自由席でも良いんじゃない。「オーシャンアロー」が来るわけじゃないし。」
「・・・。」
僕は「くろしお1号」、「南紀6号」の順番で自由席、普通車指定を押す。座席の位置を決め、確認ボタンを押すと、券売機はお金を請求する。
「料金は6660円です。」
「結構いくなぁ・・・。」
260円と7000円をツッコミ、お釣り500円と切符4枚が出てくる。お釣りを取って、切符を手に取ったらこれで完了だ。
さて、切符を買い終わったことだし、串本駅の駅舎内を見てみる。壁の上の方には「エルトゥールル号」の救助の話とその後日談がつるされている。
「エルトゥールル号の人ももう少し待っていれば良かったのにねぇ。台風が来てるときに出港しちゃうなんて。」
「まぁ、待てない事情って言うのがあったんじゃないの。外国なわけだし。」
「・・・。」
だんだんと読み進めていく。エルトゥールル号を救助した串本の人たちは救助のためにかなり苦心したらしい。自分たちの食料さえ差し出したというのだから、かなり切羽詰まっていたのだろう。
さらに読み進めてみよう。
「この後日談って言うのがいい話だよねぇ。日本が助けに来てくれないのに、「私達が行きます」って言ってくれたって事でしょ。」
「ああ、これか・・・日本人を日本政府が助けるって本当は普通なんだろうけどねぇ。」
1985年、イラン・イラク戦争のさなかイラクのサダム・フセインはイラン上空の航空機に対し、無差別攻撃を加えると宣言される。その宣言を機に国際社会が自国民の救出に傾く中、日本だけはその動きに追いつけすらしなかった。当時、自衛隊は海外派遣が出来ず、民間に救助要請をするも「安全が保証されない」を理由に断られていた(一種の戦争アレルギーに陥っていたために分からなくはない)。イラン国内にいた日本人は命の危険にさらされていたのだ。
そんな中トルコが日本人救出のために民間機1機を派遣すると決定。彼らの英断によって日本人215名の全員が無事に戦地から逃れることが出来たのだ。
これに謝意を伝えたところ「エルトゥールル号の恩を返しただけです」と言われたというのがこのお話の幕切れだ。
「昔は、行ったら総スカンだったかしら。」
「今でもたたく人はいるからなぁ・・・。実際の所行きたくても行けないのは今も変わってないだろうさ。」
自分で言っていておかしな話とも思った。
今は自衛隊に対してもそんなにイメージは悪くないと言ってもいいだろう。だが、自衛隊に親でも殺されたかのような批判をする人もいる。「海外派遣などするな」、「災害派遣など無駄だ」。「自衛隊がいるから戦争になる」、「人を殺すための云々」・・・。言うのは勝手だが、彼らの主張は聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。
「やっぱり日本国内が一番安全。」
「安全だろうなぁ・・・。海外はいろいろと物騒だから。」
僕たちが最長往復切符の旅を安全に進めることが出来るのも日本の治安が言いおかげだからなぁ。
駅前にあるエルトゥールル号の像と写真を撮り、僕らは串本を離れることにした。




