529列車 信じたくない
私は走った。普段から日課で朝は走っている。ようやく明るくなってきた外は多少視界がきき始めているだけだ。
「ハァ、ハァ・・・。」
立ち止まると冷たい空気が頬をかすめる。耳を澄ませば鉄橋を電車が渡る音がする。
「稲穂、どうかした。」
私を呼ぶ声がした。彼女は私の友達帝釈亜寿佳。同じ陸上部員だ。
「・・・。」
首をかしげる帝釈。何でもないといって切り抜けるにも、なんだかそれをしたくない。
「走りながらでいいよ。聞いてくれない。」
「おう。稲穂の言うこと何でも聞いてあげる。」
とは言ってもあんまり理解はしてもらえないだろうなぁ・・・。
「私のおじいとおばあ旅行好きって言うのは亜寿佳も知ってるよね。」
「うん、知ってる。」
それは私が一番よく話したことだからなぁ・・・。
「そのおじいとおばあが旅行行かないっていいだしたの。」
「はっ・・・。えっ、あの二人が。・・・いやいや、あり得ないって。旅行好が旅行行かないなんてあり得ないじゃん。」
「そう。私もあり得ないと思った。たださ、昨日のおじいとおばあの会話聞いてたら、もしかしたら本当なのかもと思って・・・。究極の旅行をやめて、北海道行くなんて信じらんないよ。」
「・・・。」
帝釈の顔がきょとんとする。究極の旅行をやめても、北海道に行くなら旅行してるじゃんと言いたそうだ。ここだ、私が一番理解してもらえないと思ったのはここだ。
「もしもし、それって旅行してるから、別に稲穂の心配するようなことじゃないんじゃないの。」
「これで心配しないのは二人のこと知らないからだよ。おじいもおばあも私が小さい時からいつか究極の旅行しようって言ってたんだよ。広い日本見てきたいねって言ってたんだよ。私は・・・おじいとおばあに広い日本を見てきて欲しいの。そりゃ、そういうこと知らなかったら、私もそうだったかもしれないけど、そういうこと知った上で昨日の会話聞いちゃったから・・・。」
自分でも熱くなっているのが分かる。
「分かった・・・。稲穂が旅行好きなのは分かった。でも、稲穂。あなたのおじいちゃんもおばあちゃんも家でゆっくりしたくなったんじゃないの。」
「そんなの・・・私は認めたくない・・・。」
「・・・。」
認めたくない・・・。
帝釈と分かれて、家に戻ると私は朝ご飯の準備に取りかかろうと台所に行った。
「あっ。」
台所に入るとおばあと目が合う。
「おはよう。稲穂ちゃん。疲れたでしょ。ちょっと休んでなさい。」
「いいよ、おばあ。私も手伝う。」
私は腕をまくって、手を洗い、叔母あの手伝いを始めた。
「萌。」
振り返るとスーツに身を包んだ叔父委がいる。今日も仕事なのか。今日は日曜日だが、叔父委の仕事に曜日は関係ない。この光景にはもう慣れたものだ。
「ごめんね。ちょっとおじいちゃん送ってくるから、一人で準備してて。」
「大丈夫だよ、おばあ。行ってらっしゃい。」
「行ってくるね。」
「行ってくるよ、稲穂。」
二人が玄関の方へ歩いて行くのを見送り、
「さて、朝ご飯準備しますか。」
自分を奮い立たせた。
(調味料がないんで、どうしようと思ったのです。こんな時は焼きそばのソースで代用しました。)
「・・・。」