528列車 そんな馬鹿な
仕事が終わり、僕は詰め所の中で萌を待っていた。後は漏れから「迎えに来たよ」とラインがあれば・・・。
「ライン。」
腕に付いている機械のホログラムが起動する。萌から送られてきたスタンプが立体となって動く。
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」
僕がそう声をかけると、まだ仕事の時間が過ぎていない人たちの声が聞こえてくる。全員の声を聞き終わる前に詰め所の扉が閉まる。
詰め所を出て、近くの道路に止まっている萌の車に乗った。
「お疲れ様、ナガシィ。」
「うん、じゃあ頼むよ。」
「はいはい。」
ウィンカーを出して、道路に出る。少し走ったところで、
「ナガシィ、後でちょっと話したいことがあるから、いい。」
「話・・・。いいよ。短ければ聞くから。」
そう言ったのは早く寝たいからに他ならない。僕は明日も仕事だからなぁ・・・。定年を超えて嘱託で働き続けている体には堪える拘束時間の長さだからなぁ、僕の仕事は・・・。
気付いたら、もう家に着いている。
玄関のドアを開けると、ちょうど人とぶつかりそうになった。
「ワッ。」
「あっ、おじいちゃん。お帰り。」
ぶつかりそうになったのは僕の孫の永島ひばりだった。
「ひばり・・・。今からどこか行くの。」
そんなことおじいちゃんには関係ないか・・・。僕はそんなひばりの言い分を予想した。
「ううん。友達と「ゼロ」のライブに行くんだ。」
ひばりは目を輝かせながら言う。この顔はどこか萌に似ている。でも、それよりも格好が気になる。ひばりは厚手のコートを着ているのだが、足が露出した状態を見ると寒くないのかとどうしても気になってしまう。
「高速バスの時間あるからもう行くね。行ってきまーす。」
意気揚々と玄関から出て行こうとしたが、一歩外へ出たところで外の空気の冷たさを感じ取ったのか家の中に戻って耐寒装備万全にしてから出掛けていった。
「ひばりちゃん、自転車乗ってどこか行ったけど今日だっけ。「ゼロ」の東京ライブに行くの。」
「そうらしいよ。」
そう言い、僕は玄関で靴を脱ぐ。
「あっ、話あるんだったね。ご飯の時に聞くよ。」
「その前に着替えてこようか。」
着替えてから、晩ご飯を食べにリビングに行く。リビングにはおいしそうなご飯が並んでいる。ご飯の並んでいる反対側に萌が座り、その隣に孫の稲穂が座る。萌は両肘を机に付き、稲穂は本を読んでいる。
「おいしそう・・・。じゃあ、いただきます。」
「どうぞ。」
「・・・。」
一口食べると口の中に甘さが広がる。萌の味付けとも、亜美ちゃんの味付けとも微妙に違う。誰が作ったのだろうか。
「・・・。」
「んっ。」
ふと顔を上げると稲穂が右手を小さく挙げていた。今日の晩ご飯は稲穂が作ったのか。
「ひばり姉が「ゼロ」のライブに行くから作れって・・・うるさかったから・・・作っただけだもん。ママは海来、瑞歩、北斗と一緒にTDLに行ってるし。作れる人が私とおばあちゃんしかいなかったの・・・。あのイケメン揃いのどこがいいのか、私にはわかんない・・・。」
「ふぅん。おばあちゃんには料理を作ってる稲穂ちゃんはすっごく楽しそうだけどなぁ。」
そう言われると、稲穂は本で顔の半分を隠した。恥ずかしいんだなぁ・・・。
「ところでさぁ・・・。」
「あっ、そうそう。話って何。」
「ねぇ、最長往復切符だけど、やめにしない。」
私はそう切り出した。それを言ったのが萌え出合ったことが信じられなかったのか稲穂のビックリした声が耳に届く。かすかに聞こえる程度の声だったが「えっ」と聞こえてきた。
「・・・。」
「分かってるでしょ。私達には時間とお金があってもそれに耐えられるだけの体力がないのよ。」
その言い分は正しい。仕事でも自分の体力のへりようは嫌でも理解している。だからってやめるって・・・。そう言いたいところ・・・。
「分かったよ。確かに、時間とお金があってもそれに耐えられる体力がないね。行程とかをかなり調整してもねぇ・・・。まぁ、かなり余裕のダイヤで組んだらまだ体力は持つと思うけど・・・。でも、今度はお金か・・・。」
「お金よねぇ・・・。」
「・・・おじいもおばあも、昔から播州さんの動画見てたじゃん。何で今になって・・・。」
「稲穂ちゃん。言いたいことは分かるけど、おばあちゃんぐらい年を取ると昔は出来ても今は出来ないって事が嫌でも増えてくるのよ。」
「・・・おばあ。」
「まぁ、自分で出来る範囲にしようか・・・。稚内とかどう。また行ってみたくない。」
(それで行きたいところは稚内・・・。おじいとおばあは電車で行くっていう距離が常人と違ってねじ一本はずれてるのよね・・・。)
「うん・・・。ねっ、最長往復切符はやらなくても、鉄道旅行の楽しみはそれだけじゃないんだし。」
「ただいま。」
「ただいま。」
「希望兄と隼斗兄が帰ってきた・・・か・・・。」
そう言うと稲穂はルンルン気分でキッチンに向かっていった。
「本当に料理が好きなのね、稲穂ちゃんは。」
「そうだねぇ。」
「・・・。」
永島亜美の子供達
永島希望君:由来東海道新幹線「のぞみ」
永島隼斗君:由来肥薩線特急「はやとの風」
永島ひばりちゃん:由来東北本線特急「ひばり」
永島稲穂ちゃん:由来羽越本線特急「いなほ」