659列車 最北端
2062年4月24日・月曜日(第48日目)天候:晴れ風強し 北海道高速開発鉄道北海道高速開発鉄道線稚内駅。
稚内駅の周辺を見て回ることにしよう。
近くに半分のドームが続いているところがある。あれは北防波堤ドームと呼ばれるものだが・・・。
「これって元々は桟橋だったのよねぇ。道路だったところが海だったわけでしょ。」
「ここから樺太に行く船がでてたんだろうなぁ。」
日本が今でも樺太を治めていたら、稚内から樺太に行って、樺太にある鉄路も乗っていることになるのかな。
稚内から樺太の大泊という所までを結ぶ鉄道連絡船稚泊航路(167キロ)があったし、大泊からは樺太東線(414.4キロ)というものが延びて、上敷香駅という所まで行けたという。その場合日本最北端の駅は古屯駅(上敷香駅より51.7キロ北)という駅になり、上敷香駅は旅客鉄道で行ける日本最北端である。ややこしい・・・。
と言うか、ここから500キロ以上北って一体どういう所なんだろうか・・・。今も日本多納めていたと考えると色々と想像力が働く。
まぁ、仮に行けたとしても稚泊航路の欠航がかなりありそうな気がするが・・・。今日とか運航しないんじゃないかな。
お昼ご飯を稚内駅の周辺で済ませる。13時20分のバスに乗る。50分ぐらいかけて日本最北端の地宗谷岬にたどり着く。
「来ましたね。日本最北端の地。」
「来たねぇ、日本最北端の地。」
日本最北端の地のモニュメントが建つ。それをバックに多くの人たちが写真を撮る。僕たちもモニュメントをバックに写真を撮ってみた。
「択捉島の方が北なのよね。あんまりそう言う印象がないんだけど。」
萌が言う。
「そりゃ、ロシアが勝手に支配してるからなぁ・・・。」
それの答えは絶対これだ。
だが、北方領土もそうだがロシアが実効支配を初めて以来か成り立つ。その当時を知る日本人がいないのもさることながら、北方四島のロシア人からしてみれば、日本が支配していた時代さえ知らない。そんなところで日本がいくら首長をしても、当のロシア人に届くことはないし、実感さえわくことはない。かなり前にロシアと日本が共同で開発、支配する話し合いが着いてもその話になかなか進展をみないのもそう言う部分が大きく絡んでいるだろう。
「それにしても・・・。風強い。」
「寒い。」
「速いところ退散しよう。」
「そうしよう。稚内行ったらさっさとホテルに戻って暖まろう。」
一口メモ
鉄道省稚泊航路
1923年開業、1945年廃止。稚内市にある北防波堤ドームから樺太の大泊港の間を結んでいた。宗谷本線と樺太東線の列車に接続出来る運航形態を取っており、稚内~大泊間を8時間かけて航行していた。
鉄道省樺太東線
1906年開業、1946年書類上廃止。樺太にあった鉄道線。仮に現在も樺太東線の終点であった古屯駅に行った場合、稚内から約580キロ北に行けることになる。




