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656列車 一つの種から結ぶ幾千の実

 2062年4月23日・日曜日(第47日目)天候:晴れ 北海道旅客鉄道(ジェイアールほっかいどう)宗谷本線(そうやほんせん)塩狩(しおかり)駅。

 山間にある駅に僕たちは降りた。

「やっぱり降りたのは間違いじゃないかしら。」

「だからさぁ、それ毎回降りた後に言う・・・。」

「いや、正直ね。またお腹を空かせた熊さんの恐怖におびえながら、2時間列車を待たなきゃいけないのかと思うと・・・。」

「・・・。」

 乗ってきたH100形はだんだんと遠ざかっていった。やがて、線路の向こうへと消えていく。

 駅の外に出るとすぐに見えてくるのは長野政雄顕彰碑だ。

「ここでも亡くなった人がいるのよね。」

萌が手を合わせるのを見て、僕も手を合わせた。

「途中で連結が外れて、暴進するって言うのは恐怖よね。乗っていた人はどんな気持ちだったんだろう。」

「さぁな。言葉じゃ言い表せないくらい怖かっただろうな・・・。」

 この碑の長野政雄という人。別にすぐそこの塩狩(しおかり)駅で亡くなったわけではない。この近くにある塩狩(しおかり)峠というところで亡くなっている。この人を亡くならせた事故。それは今ではまず考えられないようなものである。

 1909年2月28日、名寄(なよろ)発の旭川(あさひかわ)行き急行列車が塩狩(しおかり)峠の頂上に到達しようとしていたとき、突如最後尾に連結された客車の連結が外れる事故が発生したのだ。もちろん、上り坂の途中。動力のない客車は登るエネルギーを全て使い切れば、登ってきた坂をなんの制御もなく下りることしかできない。そして、最後尾に乗っている乗客全員を巻き込み、脱線する・・・のだが、そうはならなかった。この事故で亡くなったのはこの祈念碑でたたえられている長野政雄氏ただ一人だ。

「・・・これ書いてるときもどんな気持ちだったのかな。仮にもこの事故が起こらなければ、結婚して子供も持つことができたのに・・・。」

「・・・そうだなぁ・・・。その気持ちは特攻で亡くなってった若者と同じなのかもね。」

全員が全員同じってわけじゃないだろうからな。

「・・・考えてみれば、連結が外れちゃった以上全員仲良く死ぬぐらいしか選択肢はないんだもんね。」

「・・・。」

 僕たちには到底理解出来ないだろう。

 ただ、この人死には諸説ある。1つ、暴走する列車の下敷きになり、客車を止める代わりに命を落としたというもの。2つ、客車に備えられるブレーキ操作を試みたものの、その途中で誤って転落したというもの。1であれば自ら命を差し出したことになり、2であれば死にたかったわけじゃないと言うことになる。

 これに関してはかなり難しいであろう。その列車に乗っていた人間はもうこの世にはいないし、調べる手段はどこにもない。ウィキペディアを見る限りは2をたどり不運に見舞われたと見れる・・・。その実話を元に制作された小説、映画は1を試みたとなっている。

「この人が亡くなって、悪いことだけじゃないか。」

「・・・。」

僕らはただいまの恩恵を感謝するべきなのだろうな・・・。

 長野政雄氏が1、2どちらの選択をした結果的に亡くなったのか。その真相は何でもよい。ただ事実はここで暴走事故が起き、長野政雄氏が亡くなり、乗っていた乗客は全員助かったと言うこと。それを伝えることがこの場所の最も大切なことなのだろう。

 塩狩(しおかり)峠記念館を見て、お昼ご飯を食べる。

「まもなく列車が通過します。」

辺りに自動放送の音声が響き渡る。「カン、カン、カン。」という音がする。しばらくすると「ポッ」という音がし、H100形1両が名寄(なよろ)方面に向かって走って行った。

「・・・。」

「結構な坂なのね。」

その姿は遠くの線路の向こうに消えていく。

 1909年2月28日。あの向こうで何があったのか。真実は雪と闇の中に埋もれたまま、ただ時だけが流れている。


一口メモ

鉄道院旭川(あさひかわ)鉄道運輸事務所庶務主任長野政雄

鉄道院に勤める鉄道員。キリスト教信者であり、事故当日も名寄(なよろ)から旭川(あさひかわ)の教会に向かう途中だったという。塩狩(しおかり)峠での列車暴走に際し、手ブレーキを使用し列車停止を試みたものの、停止しなかったため、自らを犠牲に列車を止めたという。しかし、彼が亡くなった事故は当事者死亡のためことの顛末はほとんど分かっていない。


列車逆行暴走事故

列車が上り坂の途中で何らかの理由で故障し、発生する事故。停止出来ない場合、車両は脱線し甚大な被害を生み出す危険な事故である。


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