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654列車 人である為に

 2062年4月22日・土曜日(第46日目)天候:曇りのち晴れ 北海道旅客鉄道(ジェイアールほっかいどう)石北本線(せきほくほんせん)生田原(いくたはら)駅。

 その図書館で僕たちが手に取った本のタイトルは見るからにヤバそうな雰囲気だ。

「死の鉄路 -常紋トンネルたこ部屋労働の実態-」

この本の作家さんは昔、この辺りで働いたことがあるという人らしい。

「萌。ヤバいと思ったら、それ以上読んだらダメだからね。」

「分かってる。」

ほんの1ページ目をめくってみよう。この辺りはまだ普通か・・・。


「お兄さん、蝦夷地で一発大きいの当ててみませんか。」

そう言う話をする青年と会った。話を聞いてみると北にある蝦夷地というところで大きい事業をするとの話だ。

「それで、俺たちはお金持ちになれるのかい。」

友人が聞いた。

「そりゃ、もちろん。手続きだったらすぐそこの港でできる。来るだったら速いほうが良いぜ。」

そう急かす。お金があまりない私達にとって損のない話だ。しかも、遠い蝦夷地に行くお金も向こうが持ってくれるという。こんな美味しい話はない。今思えばとても愚かな選択だった。だが、その時の私ははるか遠くにある希望の大地に期待したものだった。


「まだ、大丈夫。」

「大丈夫。」


 外の空気が冷たくなる。船で何回目の朝を迎えたのか。それが分からなくなるくらい私は嬉しかったのだろう。小樽(おたる)で船から降り、桟橋を歩いた。皆が皆「ここが蝦夷地か」と口を揃えていた。

「お前ら、ちゃんと並べ。」

怒号が飛んだとき、皆が一斉に黙った。なぜなら、その怒号を発した人物は東京(とうきょう)で私達にとても嬉しい話をしてきた青年本人だったからだ。東京(とうきょう)で会ったとき、船で見ていたときとは明らかに雰囲気が違う。目つきは変わり、従わない奴は極刑に処す。そう言う殺気さえ滲ませていた。

「ここには遊びに来ているわけではないのだぞ。お前らは働くためにここに来た。肝に銘じよ。」

(その通りだな。)

 心の中で思った。確かに、我々は遊びに来たわけではない。お金を払って貰ってここまで働きに来たのだ。


「最初の違和感って言うのだね。」

「そうね・・・。」


 山を通り留辺蘂(るべしべ)という街に着いた。だが、そこで私は言葉を失った。辺りは空気が冷たい。そのような中で明らかな軽装で働いている人たちを目にした。大きい木材を運ぶ。それだけならまだしも、彼らを見張るように黒い服を着た看守がある。

「速く着替えろ。グズグズするな。」

何かおかしい。そう思う瞬間はこれまでもあった。その間に逃げればよかった・・・。だが、全てが遅すぎた。


「・・・。」

「・・・。」


 もう、私は正常な判断はできなくなっていたのかもしれない。

「おい、少し手伝え。」

その声に私はなんの抵抗の意志もなくしたがった。

 歩いて行くと人が貨車に積まれていた。一番上にはまだ域のある人間が。そのした八が見える。どうやら死んでいるらしい。

「うう・・・ああ。」

生きていると言ってももう助かりようがないほどに衰弱している。私もここに来たときより痩せているが、この人はもっと痩せこけている。

「手伝え、押せ。」

看守は自身の右をあごで指した。私は隣に行き、貨車を押す。

「あ・・・ああ。」

言葉を発することすらままならない。しかし、彼らは今どうなろうとしているのか分かっている。最後にでるありとあらゆる声で抵抗しようとしても、彼らの運命はもう変わり様がない。しばらく押して歩いて行くと、やがて貨車は私達の手から離れていき、ついには追いつかなくなる。

「あっ・・・アッー・・・。」

バキッ。ドシャ・・・。破砕する音が辺りに響くと同時に彼らの最後の断末魔は消えた。


「うっ。」

萌は目をそらして口を押さえた。

「もう読まなくて良いよ。」

「うん、ありがとう。もう無理読んでられない・・・。」


つまりはそういうことだ。

「早く待避。続けぇ。」

その声が辺りに響く。すると次々と貨車が流れてくる。バキッ、ドンッ、バキッ。バリバリッ。私の隣を通り過ぎた貨車には多くのドシャが積まれている。その中には私が掘り、土砂を積んだ貨車まである。それが最後に転がっていき、破砕する音が響く。

「ゴミは処分し終わったか。」

「ッ・・・。」

「は・・・はい。」

さっきまで威勢よく私に指示していた看守が力なく返事をする。

「そうか。よくやった。」

すると上官がその看守に何かを耳打ちする。上官が顔を離すと看守の表情は青ざめていた。放心状態になっている看守を上官が平手打ちする。それで正気に戻ったのか。

「はい。」

と力強い返事を返していた。

 私はこの時、決心が付いた。逃げよう。逃げて、逃げて。人のいるところへ・・・。


「・・・。」

萌はトイレに行った。


 私は命からがら逃げ出した。夜灯火は何もない。何もない中をただ遠くに光る灯火を頼りにひたすら走る。看守は誰も追ってこない。看守も体力が限界に来ているのかどうか。そんなことは私の知ることではない。

 後ろを振り返らず、ただ前にある灯火だけを見ていた。

 その後、どのように街に行ったのか分からなかった。気付けば、街にいたのだ。

「おい、あんた大丈夫かい。」

その声は私にとって仏の声だった。私はその人にしがみついた。やっと・・・。やっと人間の生活に戻れる。そう思うと私の意識は遠のいていった。


「・・・。」

その後この人がどうなったのか。それはこの本からも明らかだろう。この人は生きて人間の生活を取り戻すことができたのだ。

(人って環境さえ違えば、ここまで変わるのか・・・。)

とさえ思う。

(屍の鉄路か・・・。)

その通りに鉄道線が今はお荷物になってしまっていること。それは彼らのために憂うべきなのだろうか・・・。

 それからドライバードロイドに殉職者記念碑まで連れて行って貰った。そこで二人で手を合わせた。

 国防上重要だった北海道のために敷設された血で血を洗う鉄路「石北本線(せきほくほんせん)」。僕たちは今、この路線で旅行を楽しんでいる。ここで亡くなった彼らが僕らの方に牙をむいてくることはないかもしれない。だが、こういうことがあったというのは記憶にとどめておかないといけない。

生田原(いくたはら)18時50分→「大雪(たいせつ)8号」→旭川(あさひかわ)21時09分

最長往復切符往路新旭川(しんあさひかわ)駅まで使用

新旭川(しんあさひかわ)旭川(あさひかわ)旭川(あさひかわ)駅で運賃精算の上乗車


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