647列車 鉄道員(ぽっぽや)
2062年4月19日・水曜日(第43日目)天候:曇り時々晴れ 北海道旅客鉄道根室本線新得駅。
「フィフューッ。」
甲高いブレーキの音がこだまし、「スーパーとかち」は電車並みのスピードでホームから離れていく。北海道旅客鉄道のディーゼルカーはどれも高性能なものだ。ディーゼルカーらしくない加速というのは半世紀以上前からの名物と言ってよい。
さて、改札口で最長往復切符と「スーパーとかち」の特急券をみせて、改札の外へ出る。新得では見たいものがあった。
新得駅からさっき特急列車で来た道の方へと戻る。しばらく歩いていると小高い築堤の上を札幌行きの特急「スーパーおおぞら」か「スーパーとかち」が駆けていった。
「ここが例の実験線の跡なのね。」
「もう自然の中に帰りつつあるなぁ・・・。」
僕たちは前を見る。木が生えているが、その木は僕たちの前にはどこを見渡しても生えていない。両サイドにくっきりと分かれている。その木の間を見てみると一直線に伸びて行っているのが分かる。これが鉄道廃線の特徴でもある。
ただ、ここはただの廃線ではない。それが萌の言う「実験線」という言葉に通じていく。
かつてここには根室本線という路線が通っていた。その路線の落合~新得間は長らく急勾配なども回避するように大きく迂回して通っていた。僕たちの前にある線路跡がそれだ。その後、この間をトンネルで通る新線が建設されると旧線はお役御免となるのが通例である。しかし、ここはお役御免にはしばらくの間ならなかったのだ。営業列車が走らなくなってから、ここでは炎上する客車を牽引した列車や100%止まることができない貨車立ちが通った。今そんなことをすればたちまち炎上するようなことであろうが、そう言うものが走ったことの意味は大きい。それのおかげで今の日本鉄道の安全があると言えば驚く人も多いだろう。
「ここに実験線があったから、今の安全があるのよね。」
「日本の鉄道にはなくてはならない存在だよなぁ・・・。もう今はないけど。」
「この近くに住んでた老夫婦にも感謝ね。」
「そうだな。感謝しないとね。」
そうそう、100%止まれない貨車が通ったと言ったが、その貨車は勝手に誰もいないところで脱線するから問題ではない。
狩勝実験線の跡を見てから、僕たちは新得駅に戻った。新得駅からは富良野方面には路線バスが出ている。日本国有鉄道がなくなる間際によくあった鉄道線の代替というものだ。だが、僕ら以外に少しの地元民くらいしか利用者がいない。走らせるだけ赤字になるという現状は今になっても変わっているようには見えないな。
新得を出発して、山を駆け上がる。山を駆け上がっていくと一気に視界が開けるところに来る。
「これが三大車窓の奴なんじゃない。」
「あっ、そうかも・・・。綺麗だな。」
「こういう風景が見れてよかったねぇ。これからもいいこと有るかも。」
「いいこと有ったら良いなぁ。」
路線バスを幾寅駅で降りた。だが、ここにはもう二度と列車が来ることはない。
「幌舞駅だって。」
「映画のセットだからなぁ・・・。」
「北海道の基幹駅って言うのはこういうのが多いのかな。代替何もないのは木の板だけで出来てるようなのだってあるわけだし。」
「うーん。大体こうなってるんじゃないかな。僕もよく分かんないけど。」
「分かんないって言うか、知らないもんね。」
「ハハハ。」
幾寅駅跡をつぶさに観察してから、路線バスで新得駅まで戻った。今日は新得周辺で泊まることになっている。さっさとホテルに入って萌にくっついとこうかな・・・。
「ハァ、オ嬢様モドロイド使イガ荒イナァ・・・。」
ウィン、ウィィ、ウィィン。
「運転始メル前ニ・・・足ガ動カナイ、油ヲ差サナイト・・・。」
一口メモ
日本国有鉄道狩勝実験線
根室本線の落合~新得間の旧線を利用して、各種安全試験を実施した路線。火を放ち、火災対応訓練をしたり、車両の脱線メカニズムを検証したりと実物の車両を使って大規模な実験を行っていた。狩勝実験線で得られたデータはその後日本の鉄道事業、特に安全面で大きく貢献している。
北海道旅客鉄道根室本線幾寅駅
根室本線富良野~新得間にあった駅。台風災害により道路線の東鹿越~新得間が被災したことにより、鉄道復旧はせずに廃線、廃駅となった。この駅では映画「鉄道員」の撮影が行われ、駅舎は原作で登場する駅「幌舞駅」のセットとなっている。




