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転移

 人が未知の危険に晒された時。

 その行動は人によるだろう。


 ある者は叫んで助けを求める。

 ある者は撮影か何かだと信じない。

 ある者は気を失い倒れてしまう。

 ある者は固まったまま状況を把握出来ていない。


 俺は一番最後だ。

 窓の外に見えるドラゴンの姿から視線を外すことができず、ただ動けずに固まっている。


 撮影やドッキリなんかの筈がない。人類はまだこんなリアルな動きをするCGを現実世界に出す技術を生み出してはいない。

 窓の景色を変えるバスなど聞いたことがない。

 ……バスを揺らされ、一般人に転倒し血を流して怪我をさせるドッキリなど聞いたことがない。


 叫ぶ者が多かったのか、バスの中は人の声でうるさい。勇気ある者が落ち着けと声をかけているが皆聞く耳を持たない。


 そんな中、一人の若者がドラゴンへと携帯のカメラを向けると、シャッターボタンを押す。

 なるほど現代人の行動としてはこれが一番だなと視界の隅で行われた光景を見て現実逃避に浸ると、それを合図にドラゴンが再び動き出す。


 ゲームよりも恐怖を何倍も煽る唸り声を上げると、その巨躯に合わない短い手をバスの中へ伸ばす。

 車体は悲鳴をあげ、窓ガラスは抵抗もなく割れる。俺はその衝撃でまた転がされるが、未だ気絶し座っていた女性がドラゴンの手につかまり……骨が砕ける音を響かせながら、破裂した。


 再び車内が阿鼻叫喚に包まれる。

 人の死ぬ瞬間もまともに見たことのない俺たち日本人に、この死なれ方はショッキング過ぎた。


 俺はたまらず、胃の中のものを全て吐き出す。

 仕事前に食べてきたコンビニの弁当が、半端に消化された状態でバスの床にぶちまけられた。


 しかしバスの床は赤く、俺がぶちまけた吐瀉物が加わった所で、大きな変化はない。

 悪臭もだ。


 バスの全長よりも大きなドラゴンは、目的がないのか車体を揺らし、手を突っ込みを繰り返すばかりでじゃれているようにしか感じない。


 それでも、それだけでも車内の人間は次々と命を奪われていく。


「う、うわああああ!」


 怯えが大半を占める大声を上げながら、学校帰りであろうブレザーを着た男がギターケースを振り上げ、大きく抉られた窓からギターケースをドラゴンに投げつける。


 何も出来ず己の心を守る自己防衛に徹していた俺たち乗客は、その瞬間だけは黙って視線が向かった。


 あのドラゴンがどうにかなることはない。だけども状況が少しでも変わるのであれば。


 儚い希望は、すぐさま打ち砕かれる。


「ガァアアアアッ!!!」


 ドラゴンが大きな口を開けると、恐ろしい程の熱量を含んだブレスが学生とその周りを襲った。

 転がされたおかげで車内の端まで来ていた俺は助かったが……バスの半分は跡形もなくなっていた。


 遅れて全身が痛み始める。

 体を見れば服はボロボロに破け、傷だらけ。至る所から血は流れ、火傷なのか皮膚がべろんべろんにふやけ、剥がれている。


 何故?

 なんで俺がこんな目に?


 ここまで酷い目に合うような悪いことをした覚えはない。むしろ人に感謝を忘れずに生きてきた。強いていうならば、この年でフリーターと、親を安心させてあげられなかったことくらいで。


 いつかは何かが変わる、何かが変えてくれると諦めながら生きてきた。自分に才能はなく、自分が努力をせずに周りが変わっていくことを期待した。


 そんな人生だ。今までもこれからも。

 そして今も。

 ただ固まって見ているだけで、何もしない。殺されるのを待つことしかできない。

 あの学生の様に行動することができない。


 でも仕方がない。

 人はそんな早く変われないんだ。


 ……だから俺は、直ぐに変われる、なりきりを好んでしていたのかもしれないな。


 ドラゴンはギターケースを投げつけられても、昆虫がぶつかった程度にしか感じていないだろう。

 黒く全身を覆う鱗は傷一つついていない。


 頭がこちらを向き、涎を垂らしながら口を開ける。またブレスだろう、多分飽きたんじゃないかな。


 自分の中の本心を見つけられ、死に際に立たされやけくその様に冷静になりながら、死を待った。


「ごめん、母さん、父さん……」


 死ぬ間際、人は走馬灯を見ると言うが、俺の頭に浮かんだのは……今まで迷惑をかけまくっても、育てきってくれた両親への謝罪であった。


 ドラゴンの口内にエネルギーが溜まり、吐き出される瞬間……ドラゴンの顎に、光る剣が刺さった。


「グ、ォオオオオッ!」


 ダメージは通っているのかドラゴンが初めて苦痛を含む声を漏らす。

 何が起こったのか辺りを見渡すと、真横に眼鏡をかけたいかにもな男性が、その手に眩く光る剣を握り立っていた。


「皆さん! ステータスと言ってください! それで頭の中にスキルが浮かびます! それで抵抗してください!」


 眼鏡の男性はそう言うと、再び剣をドラゴンへ投げつける。


 何を馬鹿な事を、と平時なら思っていただろう。そこまで夢を見ていない。周りだって小馬鹿にしているだろう。


 しかし、バスが半壊し、バランスが崩れ斜めになった残りのバスの中の生き残りの口からは、ステータス、ステータスと紡がれる。


 俺もそれに習い、いやすがる思いで口にした。


「ステータス!」


 するとーー



 なりきり Lv1



 その白い文字だけが、頭の中に浮かんだ。


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