プロローグ
閲覧ありがとうございます。
前の作品からかなりの日が経ち、また別のものを書き始めてしまいました。
不定期更新ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
誤字脱字報告なども助かります。
前書き後書きで何かを書くというのはあまりない方がいいとのことなので、何かあれば活動報告の方に書きたいと思います。
では、よろしくお願いします。
SNSの文化に、なりきり遊びというものがある。
なりきり遊びとは、アニメや漫画のキャラになりきり、他の人と会話をしたりして楽しむものだ。たまに実在人物や無機物のなりきりをしていたりする人もいるが少数だろう。
あまりそう言ったものに縁がない人は、昔の戦国武将の呟きがSNSで回って来た事がないだろうか。あれもなりきりの一種である。
それでも分からない人は、TRPGや演劇をイメージしてくれればいいと思う。演劇は流石に比べるのは失礼だが、決まったものを演じるという点では同じだ。
つまり何が言いたいかというと、俺はSNS、ツブヤイターでなりきりをしているということだ。
いや別に言いふらしたい訳ではないんだ。周りに知られて理解される趣味でもないし、自分でやってて第三者からの視点で見てみれば、気持ち悪いと思われることは知っている。
太陽が顔を隠し始め、通勤のバスに揺られる中。
運良く空いていた席に座り、ポケットから携帯を取り出し、アプリを起動して自分の本来のアカウントからなりきりのキャラクターのアカウントへと変更する。
この流れは家でも仕事先でも道端でも何処でもやるようになっている。それくらいにはハマっている。
『ふー、お仕事終わったよ! 今日はサンテンスの撮影が外であったんだけど、ホントにあっついねー。まだ六月だってのに、これからどうなっちゃうのかなー?』
指を滑らせ文字を入力すると、そのままツイートする。言わずとも分かるだろうが俺は今から仕事へ向かうところだし、撮影なんてある仕事でもないし、外の暑さを全く体感していない。
その筈だ、これは俺のなりきっているキャラクター、有名アイドルソーシャルゲームの『種崎春花』として呟いているからである。
何言ってんだこいつと思った奴は正解である。こんな髪をボサボサにしたガリガリの下の中あればいい外見をした奴が携帯を見ながらニヤケてこんな呟きを書いているのである。正直言って気持ち悪い。
遅番で夜から入る為にバスに乗っているが、種崎春花のアイドルの仕事は夕方に終わっている……という設定で呟いている。サンテンスとは彼女がレギュラーを張っているバラエティ番組で、暑さはテレビでも猛暑猛暑と言われていることから呟いた。
そう、これがなりきり遊びである。
元々あったキャラクターの、設定や性格から想像し、実際はどんな事をしているのだろうかと考えて設定に矛盾がないようになりきる。
これの何が楽しいかと聞かれたら、俺は語るのに一日では済まないだろう。
暫くして、マナーモードの携帯が微かに震えた。
『春花ちゃん、お疲れさま! 本当に最近暑いよねー』
『ありがと、ダンダンさん! もうやになっちゃうよ。ダンダンさんも暑さには気を付けてね!』
俺のなりきりアカウントに相互で友達になっている一般アカウント……普通のなりきりではない人から返信が来て、俺はそれに種崎春花として返事をする。
そう、何と言ってもなりきりの楽しいところはこれだろう。俺ではない、誰かになれる。
冴えない22歳童貞、特技もない今からネットカフェの店員として働く男には到底なれない者。
年齢は12歳。性格は天真爛漫元気溌剌。笑顔を絶やさない明るい小学六年生。それでいて気もきき、周りの空気が読め、非の打ち所がない良い小さな子がコンセプトの天使のようなキャラクターだ。
皆が困った時は率先して明るく振る舞い引っ張る。自分が辛い時には一人で静かに泣く。
元気いっぱいな姿とは裏腹に、小学生とは思えないほど良く考え行動する。そこには春花の家庭事情の設定が関係してるのだが割愛しよう。
澄み渡る青空の様に透き通った水色の肩まで伸びたふんわりヘア、左右にちょこんとゴムで髪をまとめており、天辺には跳ねた毛がぴょこんと立っており幼さを演出、エメラルドグリーンの大きな瞳は少々釣りあがっており、まつ毛は長く、健康的な色合いの肌をしている。
大人しそうな髪型、キツそうな目、活発そうな身体、全てアンバランスなパーツが組み合わさって種崎春花は完成されている。
スポーツは万能、特にダンスが得意で歌も上手い。年相応の小柄な体型で身体はとても柔らかい。勉強の方も問題なく、飲み込みが驚くほど早い。
才能に驕ることなく努力も惜しまない、隙のないキャラクター……だが、未知への挑戦や知らない事への不安で、小さな心はいつも押し潰されそうになっている。
原作ゲームの売り出し的には、理想の完璧少女または娘。そして俺だけが知っている、まだ弱く幼い少女を支えよう。的な感じだ。
輝かしく、毎日が煌めいている、容姿も良く他者から人気もあるキャラクター。それになれるのだ。インターネットの中では。
俺が『あっつ、六月でこんな暑さとか八月とかもう砂漠並みだろ』
等と呟いても誰からも返事は来ない。
しかし種崎春花の呟きには今は六つも返事が飛んで来ている。俺だってこんな男の呟きよりアイドルに声をかけたい。
そう、実際の俺は見てくれなくても、ネットでキャラクターになりきればみんなは見てくれる。
人によっては理由は違うだろうが、多分俺がなりきりをしている理由はそれなんだと思う。確かにキャラクターの考察等は好きだが、それだけでなりきりという文化に触れて始めるという事はしないだろう。
俺は一つ一つ返事を送ってくれた一般アカウント、同じなりきりに丁寧に返していく。それも決まった返事ではない。
他のなりきりはありがと、などの一言で終わらせたり、そもそも返事をしなかったりするが、俺は全てに目を通して時間をかけても返している。
これは俺が昔、有名なアカウントにドキドキしながらメッセージを送ったものの返事は来ず、一日落ち込んでいた時の経験からだ。
必死に言葉を考え、勇気を出して送った返信に何も返ってこないというのは辛いだろう。俺のアカウントはそんな大したものでもないし、今返事をくれている人たちはそんな事思っちゃいないだろうが。
最初は少なかった友達人数も、今では8794人もいる。有名な絵描きや声優俳優に比べれば少ないだろうが、同じ種崎春花のアカウントや同じゲームの他アイドルアカウントの中では見た中で一番多い数である。
これもせっせと種崎春花としてキャラを守り三年間呟き続け、返事を丁寧に返していった結果だろう。
年は元のゲームの都合上とっていないが、そこは勘弁してほしい。
一先ず返事を全てにし終わり携帯を閉じると、いつの間にか降りる場所を過ぎていた。いけないいけない、夢中になって返すのは俺の悪い癖だ。
仕方なく降車ボタンを押し、再びツブヤイターを開く。俺のしているなりきりは種崎春花だけではなく、他にもたくさんある。
人外や擬人化されたもの、様々なアニメ漫画小説ゲームのキャラクターのアカウントがある。
これは当時ハマっていたものや好きだったキャラクター等が大半。しかし長く今もずっと続けているのは種崎春花のアカウントだけである。
なりきり文化の中ではシャッフルアカウントという一つのアカウントで複数のキャラに交代してなりきるというアカウントがあるが、嫌われていたりすることもある。これは一つのキャラクターに対して愛がないからだとかコロコロ変わるのが話しかけづらい等の理由だ。
そういうわけで俺は複数のアカウントを作る事にしているが、これもぶっちゃけ嫌われているだろう。アニメがクール毎に始まるたびにそのアニメのキャラクターのなりきりアカウントが大量に発生すれば、昔からそのキャラクターのなりきりをしている人やファンはいい思いをしない。
俺も悪いとは思っているがなりきりたいとも思ってしまい、いくつかやっている。
しかし原作へのリスペクトは忘れず、全巻読みキャラクターの設定性格を覚え、そのキャラクターが出ているメディアには全てに目を通す。
人気キャラをやって人気だけを得たい、ろくに調べもせず自分の趣味丸出しでキャラの面影もないいわゆるキャラ崩壊をしているなりきりとは違うのだ。
酷いものではまず一人称が違う、未成年キャラクターなのに飲酒をしている呟き、成人キャラで学校へ行く呟き、異世界なのに音楽ゲームの写真をあげていたりゲームのオンライン通信をしているなんてアカウントもある。
これは俺と同じ、自分は見てくれないがキャラは見てくれるに甘えた者たちだろう。しかし違うのは、そのキャラで自分を出してキャラを崩壊させた事だ。
そもそもそのキャラはツブヤイターをやらない、完璧になれるわけがないの理由で甘えるのは以ての外である。
態々なりきり遊びに対してOKと表明してくれている公式もあるのだ。できる限りキャラの名前を借りているのであれば、キャラに近づけるべきだろう。
俺はなりきったキャラを見てくれればそれでいい。誰かが会話を、声をかけてくれるだけで充分だ。そこに俺はいらない。
そもそも俺じゃない誰かになりたいのだ、俺を出してもどうにもならないだろう。
輝かしい美少女にずっとなっていた方が俺は楽しい。
こんな話を一番仲の良い友人にだけ打ち明けた事がある。
その時の一言は、
「闇が深すぎる」
だけだった。俺もそう思う。
長くなってしまったが俺はこれからもなりきりをしたいし、なりきりが大好きだ。
種崎春花の原作ゲームは今もイベントは多いし、野球やサッカー、カップラーメンやスーパー等とコラボしていて一般人の目に触れる事も多くなって来ている。
原作の供給が多く、設定が増えて固められていくのは俺はとても喜ばしい。
そうした機会で種崎春花や他のキャラクターを知った人が、このアカウントを見つけて更に種崎春花を好きになってくれたら嬉しい。
実際そうしたメッセージを送られた事もある。その時は俺はあくまで種崎春花なのではぐらかしたり曖昧な返事を送ることしかできなかったが、中身は泣いて喜んだ。
そんな思いで俺はこれからも続けていくつもりだ。
ん?
電波が悪くなったか。
携帯が圏外に入ったので仕方なくポケットへしまう。
またもや集中したいたみたいだ。顔を上げるとどこか知らない景色が窓の外にうつっていた。悪い癖を治すのは時間がかかるな。
停車ボタンを押したのに降りなかった事への謝罪を心で土下座する。
しかし慌てる心配はない、俺はこういう事もあろうかといつも一時間は早めに家を出ている。こういうことが何回もあった為だ。
だが変だ。このバスが走るルートは都会である。間違っても窓の外に広がっている緑豊かな景色の中を走るバスではない。
いや待て、先ほどから車内がうるさい。
「な、なんだここは!?」
「光に包まれたと思ったら、何が起きてるの!?」
「運転手さん、どうなっているんですか!?」
「お、落ち着いてください、私にも何が何だか……」
長時間下を向いて携帯を見ていた為か若干気分が悪い。しかしそれも一瞬で吹っ飛んだ。
ドゴォーーーンッ!!!
バスを襲う衝撃。
車内は大きく揺れ、今にも横に倒れそうだ。車内で立って騒いでいた人たちは皆地面に転がるか、壁に叩きつけられる。
俺も椅子から転げ落ちた。
「グガルル……」
そうして何とか立ち上がり、元の席へ戻ろうとすると……その窓の外には、此方を睨みつけ涎を垂らしている、ドラゴンがいた。