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5.赤青黄は混ざり合う



「や~、今日もありがとうね、ゆうくん」

「いやいや、こちらこそっす! 綺麗になってなによりっす! またお願いします!」


 すっかり辺りも暗くなったころ、オレンジ色のキャップを取り、本日最後のお客様に深々とお辞儀をする少年がいた。


「周り暗いんで、ほんとに気をつけて帰ってくださいね」

「は~いありがとう、またね」

「はい、また! ありがとうございました!」


 洗車によりピカピカになった車を見えなくなるまで見送ると、少年はぐ~っと思い切り伸びをした。


「くぁ~、今日もやり切った~!」


 少年がキャップを外すと、所々に黒のメッシュが入った金髪が汗を含んでペタンとへなっているのが分かる。今日一日の頑張りの象徴だ。


 少年の名は、五十嵐優いがらしゆう。海の望めるガソリンスタンドに勤務する正社員だ。高校生のアルバイト時代から含めると、この春で六年目の勤務になる。明るく元気でガッツのある性格は、地元の常連にこよなく愛されている。


 優は慣れた様子でスタンド内の銀色のチェーンをひとつひとつかけて周り始める。


 店内の壁掛け時計が、二十一時五分を差した。


「お!わたるー!」


 少し離れたところに見えた人影に向かい、優は大きな声でその名を呼び、笑顔で手を振った。


 それに呼応するように、名を呼ばれた少年、小宮航こみやわたるも、同じように笑顔で大きく手を振り返してきた。


「って、フライングしてんじゃねぇーかっ!」


 優は航の手に握られている缶ビールを思い切り指した。


「人は指しちゃいけないって習わなかったー!?」

「俺が指してんの、缶ビールだわ! 残念!」

「ああ! それはそれは失礼致しましたぁ!」


 こんなしょうもないことを大声でやり取りしているのがバカらしくなってきたのか、二人は笑い合う。


 そうこうしているうちに、航は優がかけたチェーンをひょいっと跨いできた。


 優にとって、航は同じ病院で生まれ、この地で共に育った生粋の幼馴染と言える存在だ。


 優とは全く逆と言って良いほど、航は温厚かつ穏やかな性格の持ち主であり、幼い頃から一度も染めたことのない艶やかな黒髪は、彼の純粋さを語っている。


 現在は大学に通う都合上、航はこの地を離れてひとり暮らしをしているが、さほど遠いわけではないため、頻繁に帰省してくるのだ。


「やあ、ごめんねぇ。着いたらもう風が気持ち良くてさ。飲みたくなっちゃった」

「はいはい、言いわけですね小宮くん」

「ですね~。でも本当なの。もう一年くらい実家を出てから経つけどさ、未だに慣れないんだよね。アスファルトに囲まれる毎日はさ」

「そうは言っても、ここより結果全然楽しいだろ? 店やらなんやら、キラキラしたもんがいっぱい詰まってる宝石箱みてぇなイメージしか俺にはねぇけど」

「宝石箱って……そんな綺麗なものじゃないけどねぇ」

「あー、羨ましいぜっ、大学生! 俺もキャンパスライフってやつやりたかったぜ。ま、妄想の中では毎日してんだけどさ、可愛い女の子と合コン」

「ぶはっ、笑かせないでよ」

「おいっ、笑うとこじゃねぇわ」

「ねぇ、帰り、コンビニ寄ってから俺ん家行こうよ。お酒とおつまみもっと買わないと足りないでしょ?」

「あったりめぇだろ。ま、積もる話は飲みながら、だなっ。ちゃっちゃと締めちまうからちょっと、ブースの椅子にでも座って待っててくれ」

「うんっ、了解~」


 そう言うと優はバタバタと締め作業の続きを始める。


 航は椅子に腰かけると、ゆらゆらと月の光を反射し煌めく海の波を眺め、笑みを浮かべた。


 それから三十分ほど経ったのち、優は店内ブースの扉をガラッと開けた。


「航、わりぃ、お待たせ! 終わったぜ! 意外に時間かかっちまった」

「ううん! お疲れ様! てか、よく考えたらひとり珍しいね、店長さんは?」

「あ~、今日早番だったんだけどさ、寝坊しちまって、そんで店長と代わって通し。バイトの子体調悪そうだったから先に上げてやった」

「……ほんと、会うたびしっかりしていくね、優くん」

「聞いてた? 俺の話。寝坊してますけど今日」

「寝坊は置いといてさ、どんどん遠くにいってしまう気がしちゃうよ」

「何言ってんだ、あと二年後に社会でりゃ、俺がどんだけちっぽけなもんか分かるぜ。それに何にも遠くなんかなってねーよ」


 優は右手をグーにして、軽く航の肩をパンチした。




「何があっても変わらねぇ、約束したろ?」

「……うん、そうだね」




「約束は守るためにあるからな」




 ごそごそとロッカーから大きなリュックを取り出す優の背中を、心憂気に航は見つめていた。


「あ、俺さ、制服洗いてぇからこのまま帰っていいか?」

「うん。俺の部屋着でよければ貸すよ」

「サンキュー! じゃぁいくか」


 ブースの扉に優が鍵をかけると、電灯が消え、しんと静まり返ったスタンド内を、二人は歩き始めた。


 少し強めの潮風が、二人の身体を掠める。


「やっぱ好き。この風、癒されるなぁ~」

「だろ~。ここで働くメリットはそれ。海が見えて、良い風が浴びれる」

「最高だね。俺も早く戻ってきたいなぁ」

「そっか。航、就職さっ、うおっ!」


 チェーンを越えて、ゴツゴツしたアスファルトの上を進んでいた二人の前に、暗がりから突然現れた何か(・・)



 ズシャッ、ガシャンッ!



 避け切れず、大きな痛みを持った音と共に、優は尻から手をつき、倒れこんだ。


 予期せぬ事態に航の口は丸く開き、そのまま固まった。


「いっでぇ!」


 悲痛な優の声が響く。左腕と左足を擦ってしまったらしく、薄っすらと血が滲んでいる。


「優くん! 大丈夫!? って、きゃあああ~!」

「悲鳴女子か!」


 優の肩に手を添えた航は、目の先を見て悲鳴を上げた。優の的確すぎるツッコミは彼の耳に届いていないらしい。


 航が悲鳴を上げたのも無理はない。優と同じような態勢で、アスファルトの上に転がっている少年がいたのだ。


 少年の目と鼻の先には濃い青色をしたバイクが倒れ、その周りにはコンビニの袋から飛び出てしまったスルメやビーフジャーキーが散らばっている。


 航は瞬時に優から離れ、その少年に駆け寄った。


「す、すみません。だっ、だっ、大丈夫ですかぁ!?」

「おい、俺の心配どこいっちゃった航!」


「……ぅ」


 わずかに少年から呻きのような声が上がった。


 少年が生きていることが分かり、航の強張った表情が少し和らぐ。


 少年はゆっくりと顔を上げ、航の方を見やった。


 サラサラと揺れる綺麗な茶色の髪の毛と同じ色をしている洗練された大きな瞳。スッと透き通った鼻筋に、形の整った薄めの唇。クールな風貌はハッと息を呑むほどに美しい。


「……すみ、ません」


 ぼそ、ぼそ、と小さな声がその唇から漏れる。優と同じく少年は右腕と右足を擦ってしまったようだ。


「いや、こちらこそすみません! これから晩酌のご予定だったんですよねぇ!」

「おい航、何か心配するとこ間違ってねぇか?」

「血出ちゃってますよ、痛いですか? 立てます?」

「あの! 俺も血出ちゃってますし、痛いんっすけど!?」

「……大丈夫です、立てま……!」


 少年の瞳の全ては一瞬にしてオレンジ色(・・・・)で埋め尽くされ支配された。


 見られている、と気がついた優は驚き、肩を揺らす。


「な、なんだよ」

「……スタンド?」

「は?」

「……ガソリンスタンドですか?」

「や、人間ですけど」



「……お願いが、あります!」




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