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7.夜中に幼女が出歩いてはならぬッ!





 夜空にはマナが瞬いていた。

 背景が黒に染まったことによって、マナの粒の大きさが大きく見える。正確にいえば、昼間は弱いマナの輝きも届くため、空全体が黄金に見えるのだが、夜は強いマナの輝きしか届かないため、黒い紙に金色の絵の具を散りばめたように見えるのだという。


 なぜ、昼間はマナの透過性が高いのか。なぜ、夜だと低いのか。それは様々な案が出されているものの、正式に立証されたものはない。しいていうのなら、夜は魔法の威力が下がりやすいという事実があるだけだ。


 だけど、ボクは別にそれでいいと思う。夜は大人しく眠って、みんな幸せな夢を見ればいいのだ。こんな風が冷たい夜にわざわざ出歩いて、息を白くしながら仕事のことを考えるのは、オスカー王国の国王であるアンドレ=オスカー四世だけでいい。


 ましてや、いつもの中庭のひいひいお爺様の銅像の前で、うずくまる幼女なんていないくていいのだ。

 そんな子供がいたら、どうすればいいのか分からなくなってしまうのだから。


「どどどど……どうちたのだ、チミはッ!?」


 思いっきり噛みながらも、ボクは慌ててその幼女に駆け寄る。とりあえず、こんな夜遅くに一人で出歩いたことの説教をしなければと意気込んだものの、彼女の姿が近づくにつれて、その意気が引っ込んでしまった。


 夜に溶けてしまいそうな長い黒髪が地面についている。もうお風呂の時間も終わってしまっているだろうに、再び汚れることを気にする余裕もないようだ。頭の上の黒い耳も、落ち込んだように折れ曲がっている。


 それらを端的に解釈すれば、カグヤ殿がなにやら一人でショボンとしているのだが、それを特に理解できたのは、彼女の震える細い肩に触れた時だった。


「お……おーさまぁ……」


 消え入りそうな声で振り返る顔は、たとえ空からのマナの光があるとはいえ、暗くてしっかりと目視ができない。


 とりあえずボクは「待っとれ」と喋りだそうとするカグヤ殿を静止させては、「そぉーいッ!」と右手のひらを空に掲げた。


 ふよっと浮かび上がるこぶし大の光の球が、目に涙をたくさん貯めているカグヤ殿の姿を映し出す。彼女はピンク色でレースがたくさんついているネグリジェを着ていた。可愛らしいものの、白い肩が出ていていかにも寒そうである。あとでレイチェルに機能性のある服装を重視するように命令しなければならぬと心に留めておいて、ボクは自分のマントを外し、彼女の肩にぶわっとかけた。


「おーさま、マント重いから、カグヤなくてだいじょーぶだよ?」


「そういうわけにはいかんッ! そなたに風邪などひかせては、そなたの母君に顔向け出来ないではないか」


「……おーさま、ママに会うつもりなの?」


 不思議そうに首をかしげるカグヤ殿に対して、ボクは眉をしかめる。


「当たり前ではないか。いつになるか検討が付かないのは申し訳ないが、大事な娘をいきなりこのような異世界に連れてきてしまったのだ。そなたを帰す時には、出来ることならボクも一緒に赴いて、直々に頭を下げるのが礼儀ではないのか?」


 迷惑や心配をかけたら、謝罪する。

 ボクは大人として当たり前の常識を口にしたにすぎないのだが、なぜかカグヤ殿はクスクスと笑いだした。子供だから、そのあたりの常識が身に付いていないのだろうか。だとしたら、他人との交流が上手くいかない恐れがあるだろうし、のちに友達ができたとしても、うまく友好を深められない可能性もある。情操教育にも早急に手を打つ必要があるかと、ボクが思案している時だった。


「おーさま、お願いがあるの」


 カグヤ殿が、ボクに向かっておずおずと差し出す。彼女の寒そうな恰好に気を取られて気づかなかったが、彼女が小動物を抱えていたようだ。それは、まだ小さな子猫だった。白とアイボリーのぶちが可愛らしい子猫が、息を絶えているようである。


「ム。見つけたのか?」


「うん……お母さんとはぐれて、一人でおしろにまよいこんだみたい」


「よくわかるな」


 確かに、その子猫には首輪はない。痩せこけている様子からして、何日も餌にありつけなかったのだろう。城の従業員の誰かにでも発見されれば、おそらく手厚い保護を受けられたのだろうが、幼いながらの恐怖心で隠れてしまっていたのか。


 カグヤ殿が、鼻をすすりながら言う。


「たすけて、たすけてって、なんどもカグヤをよんでたの。でも、しっかりききとれたのがさっきで、あわててきたんだけど、もうおそかったの……」


 ふむ。なにか悲痛なことを言っているようだが、今一つ真実味はない。

 テレパシーという遠距離通話魔法の開発は少しずつ進行しているのだが、あくまでそれは人間同士の間の魔法だ。そもそも距離感さしおいて、動物と会話できる魔法は未だ解明されていない。


 ボクは考える。

 そうだとは言っても、大人の理論で子供の夢を壊してしまっていいのだろうか。

 ボクも昔は、魔法は妖精が力を貸してくれているものだと信じていた。そういう絵本があったのだ。現実を知ったのは、生活魔法が一通り使えるようになって、城を出て学校に通い出す少し前の頃。年端はカグヤ殿と同じくらいだったと思うが、それまでは父上も母上もボクが熱弁する『妖精理論』を笑顔で聞いていてくれたのだ。

 実際のマナ理論を家庭教師から聞いて、本当のことを教えてくれなかった母上を責めたものの、そのとき母上はこう言った。


『現実が、本当に正しいとは限らないわ。夢見ることが、世界を救うことだってあるはずよ』


 その言葉の真理は、いまだボクにはわからない。

 だけど、その言葉が素敵だと思ったのはまた事実。


 それに今回の場合は、そのような手段が彼女の住んでいた『チキュー』という世界にはあるかもしれないのだ。それを、このアルティアの常識だけで否定してしまうのは、あまりにも可哀想すぎるだろう。


「どうしたの、おーさま」


 黙っていたボクに不安を感じたのか、カグヤ殿が再び首をかしげてくる。

 だからボクは覚悟を決めて、彼女の頭を撫でた。


「悲しいな」


 一言そういうと、カグヤ殿は「そうなの」と俯く。だけど、彼女の頭の上の黒い耳が垂れ下がることはなかった。どことなく嬉しそうにくねくね動いている。


「それでね、カグヤ。おーさまにおねがいがあるの」


「ふむ。とりあえず申してみるがよい」


 誰からの意見も、とりあえずは聞いてみることが信条のボクだ。即座にそう切り返すと、カグヤ殿は言う。


「このコをちゃんと『とむらって』あげたい」


 弔う。

 とりあえず、そんな難しい言葉を知っていることに感心する。


 とりあえず、ここまでの会話でわかったことは、彼女は夜遅くに子猫の悲痛の叫びを聞いて、慌てて部屋を抜け出した。そして、その亡骸を見つけて、弔ってあげたいとボクに申し出ているということだ。


「……一応確認するが、それはボクが使用人にその子猫を弔うように命じればいいのか?」


 その反応は予想通りであるが、カグヤ殿の耳がくたっと折れ曲がった。

 どうやら、カグヤ殿はボクの手で弔ってほしいらしい。


 ボクは忙しいのだ。

 彼女のせいではないのだが、この後も軽食を食べては夜を徹して仕事を片付けなければならないのだ。

 明日も、昼過ぎからは貴族との会議とそのあとの晩餐会がある。その前に仮眠が取れるかどうかは、ボクの効率次第になるのだが。


 ボクは彼女の縋るような瞳と向かいあう。


 彼女の考えは、優しさそのものだ。

 その優しさを無下にするのは、今後の情操教育に支障がでる恐れがある。

 

 ならば、やっぱりボクが引くしなないのは明白だった。


「致し方ない……一緒に弔いの準備をしようではないかッ!」


「ほんとー?」


 カグヤ殿の目がキラキラ輝く。黒い魔導結晶(クリスタル)を見たことがあるが、その輝きを思い出しながらボクは頷く。


「あぁッ! ただし、さすがに今からでは遅すぎる、子供はもう寝る時間であるッ! だから、明日の朝食の後からになるが、そのくらいは待ってもらえるか? もちろん、その子猫は使用人に言って、涼しくて清浄な場所で休んでもらおう!」


 ボクの条件に、「んー」と口に人差し指を当てて考え込んでから、「わかったー」と頷くカグヤ殿。

 ボクはよい子の彼女の頭をよしよしと撫でる。嬉しそうに動く耳が邪魔であるが、構わず撫でた。


「よし、ではその子猫はボクが預かろうではないかッ! そして、そなたの部屋まで送ろう! レイチェルも呼んで、もう一度お風呂に入らねばな」


 やることは山積みだ。

 だけど、カグヤ殿から冷たくなった細い子猫を預かったならば、そうも言ってられない。

 動物とはいえ、このオスカー王国で生まれた生命であるには違いない。死ぬ直前にこの城に来たのも何かの運命だ。小さな命の一つとはいえ、このオスカー王国の国民として丁重にもてなすのは、国王としての責務の一つであろうッ!


 軽い子猫の身体を撫でると、どこかべたついており、ザワザワとした感触だった。最期に綺麗な姿にしてやるよう言いつけるのも忘れないようにしなければ。


 ボクが歩き出すと、カグヤ殿が重たいと言っていた赤いマントをズルズルと引きずりながら付いてくる。小柄な彼女がより小さく見えて、微笑ましかった。


 命の失くした子猫を抱えているからだろうか。夜風が余計に冷たく感じ、ボクは盛大なくしゃみをしてしまう。


「おーさま、だいじょーぶ?」


「無論だともッ! 知っておるか、この国にはな、『王様は風邪を引かない』という伝承があるのだッ!」


「……そっかぁ、すごいねッ!」


 その賛辞が返ってくるまでに、なぜか間があったものの、振り返って見たカグヤ殿の機嫌がいいのだから良しとしておこう。

 

 ボクの放った魔法球の明かりが、ひいひいお爺様を照らしている。

 ひいひいお爺様の凛々しくも甘いご尊顔が、何か訴えているような気がした。女を口説くことに長けたひいひいお爺様だ。きっとそれ系統の話なのだろうが、ボクはさっぱり検討もつかず、とりあえず今日は一睡もできない覚悟を心に刻む。


「そういえばカグヤ殿。そなたの世界にも、猫はいるのか?」


「ねこもいぬもうさぎもいるよー。でも、すらいむとかごぶりんはいないよー」


「そうかー。それはなかなかに平和ようだなぁ」


 それは、歩きながらも世間話。

 まだまだ夜が長いとぼんやりしていたボクは、全然違和感に気づかない。





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