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3.幼女にうさ耳が生えるのは突然だった






「ロクロウ。つまりはどういうことなのだ?」


「簡単でございます、アンドレ様。あの幼女をアンドレ様の魅力で手籠めにしてしまえばよいのです」


「て、てごめっ!?」


 思わずボクは咽込んでしまう。呼吸困難に陥るボクの背中を、ロクロウはポンと叩いた。


「アンドレ様。女の子は小さければ小さいほど、色々と都合が良いものですぞ」


「ひ、卑猥なことを子供に求めるとは、大人のモラルが貴様にはないのかっ!?」


 すると、ロクロウはひげを撫でながら笑いだす。


「ほっほっほっ。アンドレ様、何をおっしゃいますか。私がいつ、破廉恥な単語を言いましたかな? ただ、あの娘に懐かれるように振舞って下さいますようお願いしただけだというのに」


「な……」


 熱くなる顔を、ボクはプイっと背けた。年の功というものだろうか。ロクロウと話していて、ボクが優位になれたことは、一度もない気がする。


 ボクらは今、衣裳部屋に来ていた。理由は簡単。あの幼女に適切な衣服を用意するためだ。

 その服を選び、直しているのは、レイチェルというメイドである。ボクと年も近い、立場が違えば幼馴染と呼べるだろう育ちの、誰よりも信用できる使用人の一人である。


 ボクはあの後、なんとかあの場を解散させたものの、今回のことは他言しないよう厳重に言いつけた。

 理由は考えるまでもないだろう。一国の王であるこのボク、アンドレ=オスカー四世の婚約者が異世界から召喚されたとなれば、色々と問題になるからだ。


 ただでさえ、王位が変わって一年余り。直接的な戦争は父の戦死とともに終結したものの、その事後処理や内政を整えるのに、まだまだ国政が落ち着いたとはいえない。


 そんな中で、めでたい知らせがあるのは、民衆に明るい展望を示せるのかもしれないが、それが異次元な異世界となれば話は別だ。ボクの婚約者の候補には、それこそ昨年まで争っていた隣国の姫や、貿易で懇意にしている自治区の長の娘など、かなりの地位を持つ娘が数多くいたのだ。その全員を蹴って、選んだのが異世界人となれば、またいらぬ戦争の元になる恐れもある。


 そもそも、異世界という存在すら、公にはされていない。近頃の魔道研究により、どうやら世界はこのアクティアだけではないことが発覚した。近いうちに、異世界についての研究を進める全国規模な研究を開始しようと準備を進めていた所だったのだ。


 それなのに、どの国よりも早く、その異世界と交信、ましてや召喚を実行、成功してしまった。


「ほっほっほっ。この召喚の成功を公表すれば、オスカー王国の地位はまた一段とアップしますぞ、アンドレ様」


「そんな簡単にいくわけがないだろう! 他国との連携や友好を深める手段の一つにするつもりだったのに、そんな力を誇示するような真似をすれば、いらぬ邪心を抱かれてしまうかもしれないではないかッ!」


「まぁ、綺麗ごとを堂々と言えるのがアンドレ様の美徳ですがねぇ」


 ボクらは衣装室の端に置かれた椅子に座っている。カーテンの向こうには、年ごとの女性のシルエット、幼女が大人しく椅子に座っている影が見えていた。すでに着替えは終えたようで、鼻歌を歌いながら、彼女の髪を整えているようだ。


 彼女の長い髪に櫛を通そうとしたのだろう。


「いたいっ!」


 幼女はメイドの手を振り払い、ガバッとカーテンを開く。

 飛び出して来る黒髪の幼女は、桃色のワンピースを着ていた。ふんわりと広がるスカートにはふんだんにレースが付いており、彼女がボクの胸に飛び込んでくる瞬間、よりいっそう大きく広がった。


「な……どうしたんだ、一体!?」


 ボクが慌てて受け止めると、顔をあげた幼女と目が合う。

 その瞬間、ボクも彼女の頭を見て止まってしまった。

 艶やかな黒髪のてっぺんに、ぴょこっと二つ、モフモフとした黒いものが付いている。恐る恐る、それに触れている。ふさふさな毛並みにふさわしい、心地よい肌触り。だけど、彼女が触られるのが嫌なのか、首を横にブルブル振った。


「くすぐったいの!」


「す、すまない……」


 ボクが手を離すと、動物の耳のようなそれが、ひょこひょこ動く。

 ボクはそれを指差して訊いてみた。


「それは……なんだ?」


「耳だよ?」


「……そなた、人間ではないのか?」


「わかんなーい。でもはえたー。かわいいはせいぎー」


「生えたって……」


 すると、彼女は横を向いて髪を掻き上げる。綺麗なうなじの上には、きちんと人間らしい肌色の小さな耳があった。


「こっちの耳もあるけど、上からの方がよくきこえるのー。べんりねー」


 そういう彼女の後ろから、オドオドと近づいてくるのはメイドのレイチェル=ブライアンだ。赤い髪を一つに結わいた彼女が、櫛を両手で持ちながら頭を下げてくる。


「か……カグヤ様……申し訳ございませんでした」


 その謝罪に、カグヤと呼ばれた幼女が笑顔でくるっと振り返る。


「えへへー。こっちこそごめんなさい。びっくりしちゃったの」


 そして、「とかしてー」と小走りでレイチェルの元で駆けて行く。


 その小さな背中を見ながら、ロクロウが言った。


「とりあえず、お茶でもしながら、お互い自己紹介するところから始めるべきですな」


「何をどうして、そのとりあえずになったのか訳を聞いてもいいか?」


「簡単でございます。もしも、私が尋問するべきだと進言しましたら、アンドレ様は反対なさるでしょうから」


「……わかった。そうしよう」


 とりあえず、情報収集ということだ。

 ゆっくりと幼女の髪にレイチェルが櫛を通すと、幼女は気持ちよさそうに目を細めていた。







「へんなあじ―」


 彼女はカップ入った香茶をちろっと舐めると、苦そうに顔をしかめていた。頭の上の長い耳がくたーっとしょげている。


 特別、変わった茶を淹れたわけではない。客人によく振舞っている、最高級品の茶葉で淹れた香茶である。独特な匂いはあるかもしれないが、喉を通る清涼感は他国でも高評価をもらっている代物だ。ボクも子供の頃は苦手だったが、彼女の味覚も未発達だということだ。放っておけば、そのうち美味しくもなるだろう。


 執務室のテーブルに向かい合ったボクも、香茶を一口嗜んでから、口を開く。


「別にロクロウに言われたからというわけではないが、お互い情報交換といこうではないかッ!」


「ろくろう?」


 彼女はカップを両手で持ちながら、首を傾げた。カップの持ち方のマナーすらなっていないらしい。彼女の教養レベルが低いのか、それとも異文化なのかはしらないが、本当にこのまま面倒をみることになるのなら、メイドの仕事も大変なものになるであろう。担当者の賃金の見直しの必要があること頭の片隅にメモして、ボクは彼女の質問に答えることにする。


「ボクの後ろに立っている紳士のことだ。宰相……といってそなたに通じるのかは定かではないが、この城でボクの次にエライ人だと思っておけばよい」


「いえいえ、そんな大層な者ではございませんので、この世界での『おじいちゃん』だと思ってくださいませ」


 せっかくのボクの紹介を否定して、いつもよりも穏やかな顔で頭を下げるロクロウ。

 それに対して、彼女はカップをソーサーの横に置いて、その場で立ち上がる。


「ろくろーじいちゃん! わたしは田中カグヤです。八さいです!」


 両手を前で揃えて、ぺこっと頭を下げる。その姿に「可愛らしいですなぁ」とロクロウはひげを撫でた。


「タナカ=カグヤ……まさかタナカが名前ということか? なかなか女の子に対して相応しい響きとは思えんが」


 ボクの素朴な疑問に、彼女はぶんぶんと首を横に振った。


「田中はみょうじだよー。カグヤが名前―」


「みょうじとは、家名のことか?」


「かめい……むずかしいことはわからないけど、カグヤでいいよー」


 異文化交流とは、名前を把握するだけでも困難を極めるらしい。この調子では、彼女から一通りの情報を仕入れるのに、何時間かかるか想像するだけで悩ましい。しかし、相手に名乗らせておいて、自分は名乗らないのは言語道断。そんな礼儀知らずが国王として許されるはずもなく、ボクも立ち上がってマントを払った。


「ふむ。ではカグヤ殿! ボクの名前はアンドレ=オスカー四世ッ! このオスカー王国の国王であるッ!」


「うん、何回もきいたー」


「あはは」と笑う彼女が、再びソファに座る。なんだか、わざわざ立ち上がったボクが滑稽なような気がするのは、ボクだけだろうか。いや、茶菓子を準備しているレイチェルがくすくす笑っている。メイドという身分が国王たるこのボクを笑うのは本来ならば許される行為ではないのだが、そんな些細なことをとがめる器の小さいボクではないッ! 


 ボクが気恥ずかしさを隠すようにソファに座ると、カグヤと名乗った幼女が訊いてくる。


「おーさま、お顔がまっ赤だけど、どーしたの?」


「どうしたもこうしたもない! 気にするなッ!」


「おかぜ? おねつがあるならねてないとダメだよー? カグヤ、子守歌なら歌えるよ?」


「結構だッ! それよりもカグヤ殿、そなたはボクに訊きたいことはないのかッ? 寛大なことボクだ。異世界に召喚されて困惑しているキミの質問に、いまなら何でも答えてあげようではないかッ!」


「ききたいこと?」


 何のことかと、彼女が首を傾げる。ソファに背中を預けて、足をパタパタ動かしていた。もう香茶には見向きもしない。

 そんな彼女は、あれこれ見渡してから、言った。


「カグヤ、これからどうなるの?」


 なかなか懸命な質問だろう。今後の身の上をいきなり心配するとは、年の割にしっかりした子供のようだ。それに感心しながら、ボクは即座に返答する。ここで迷うような素振りを見せれば、より彼女に心配をさせてしまうことであろう。見知らぬ世界に誘われて、一番困惑しているのは彼女自身なのだ。その不安を取り除いてあげることこそが、今、アンドレ=オスカー四世に課せられた使命なのだッ!


「心配するなかれ、カグヤ殿ッ! そなたはこのボクが信用している貴族の養子になってもらう。もちろん、このボクも支援は欠かさないつもりだが、そこで第二の親のような愛情を受けつつ、この世界の教養を学んでもらい、元の世界に帰れる日まで充実した毎日を過ごせるよう約束を――」


「お待ちください、アンドレ様!」


 ボクの言葉を遮るのは、ロクロウだった。語りを遮られてもちろん、いい気分はしないが、声を荒立てる様子からによほどのことがあるのであろう。ボクは不満を極力表に出さないようにしながら「なんだ?」と尋ねる。


 すると、ロクロウは言う。


「カグヤ様のお世話を、アンドレ様は放棄なさるおつもりですか?」


 それに、ボクは眉根を寄せた。


「誰もそんなことは言ってないだろう? 貴族の選定はボク直々に行うつもりだし、その貴族への援助も、ボク名義で充分に取り計らうつもりだが?」


「そういう意味ではございません! アンドレ様はカグヤ様と一緒に過ごさなくていいのか、ということを訊いているのです!」


 ロクロウの言いたいことの意図がさっぱりわからないが、レイチェルもなぜか不審そうな目でボクを見ていた。


「……キミたちが何に不満なのかはわからぬが、まさかボクのそばに置いておけというのか? キミたちも知っているだろう。ボクは多忙を極めており、この後も謁見の約束が何件もある。そして片さなければならない書類も山積みだ。今週だけでも顔を出さねばならない会食がいくつあると思っておるのだ。こんなボクのそばに置いておいても、ボクに彼女の相手をする時間なんて、たとえこれ以上睡眠時間を削ったところで、無きにしも等しいのだぞ?」


 王に即位してからの一年間、ボクは四時間以上まとめて睡眠をとったことがない。食事すら、誰かとの会食以外でまともに摂る時間がないくらいだ。気晴らしだって、たまに中庭を数分散歩するのが限界である。その僅かな息抜きさえ、今日もロクロウに『婚約者を召喚ましたぞ』の一声に中断させられてしまった。


「それに――」


 彼女をここに置いておけない理由は、まだまだある。

 そのことがわからないロクロウではないのだが、彼は声を大にして言う。


「ですが、アンドレ様。カグヤ様はアンドレ様の婚約者なのですぞ!」


 呆れてモノが言えないとは、まさにこのことであろう。

 ボクは、彼女を婚約者と認めるなんて、一言たりとも発言していない。

 ボクは嘆息したのち、彼に半眼を向けた。


「ロクロウ。それはキミがそう言っているだけであって、正式に誰も認めてはおらんし、ボクの同意はもちろん、カグヤ殿の同意も得てはおらんではないか」


「ですが、カグヤ殿の顔を見てください」


 ロクロウに促されるまま、向かいに座るカグヤの顔を見る。

 すると、なぜか、彼女の黒い目は濡れているようだった。


「カグヤ……おーさまといっしょにいれないの?」


 今にも泣きそうなその顔に、ボクは慌てて言葉を返す。いかん、彼女の母上との約束を早くも破ってしまうことになる!


「ま……まったく会わないとは言っておらん! ただ、キミの母上と約束を守るためには、ボクのそばに置いておいては難しい。だから、キミには安全でしっかりと勉学にも励めるような場所を提供しようというだけの話だ! もちろん、キミが望むのならば、時間が作れる限り、キミに会いに行くことを約束しようッ!」


 ボクの考え得る目一杯の妥協案を提供するものの、彼女の表情は晴れない。しゅんと頭の耳を下げたまま腰を上げると、てけてけとボクの隣にやって来ては、マントの端をきゅっと掴んだ。


「でも……カグヤは……」


 そう言いかけて、彼女が顔を上げる。その視線は扉をまっすぐに見ていた。


「ずっとお外でまっている人はだぁれ?」


「おやおや、ずいぶんと聡いお嬢様ですねぇ」


 声と同時に入って来たのは、メガネをかけた背の高い男だった。

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