10.ファンタジーにはスライム必須
「殿下。自国のことばかりお考えでは、あっという間に世界には取り残されてしまいます。ただでさえ、このオスカー王国は産業に乏しい。突出した何かがなければ、経緯はともかくとして、衰退の一歩を辿るしかなにのですよ!」
会議室で、ジェイドが熱弁をしている。
無駄に高価なツボや絵画が飾られている会議室は先代からの名残だ。集中して話し合う場にどうして飾りが必要なのかボクには理解できないが、わざわざそれを撤去する労働もまた無駄であろう。まぁ、倉庫の奥底にしまわれるよりも、少しでも誰かの目に留まる場所に置かれた方が、調度品たちも幸せかもしれない。
ふとそんなことを考えてながら部屋を見渡していると、商人代表の紳士、ジェイドが剣を突きつけるかのような鋭い目つきでこのボク、アンドレ=オスカー四世を睨み付けている。
「美しい、平和。それは国として突出した点にはならぬのか?」
「殿下は、このオスカー王国を観光地にしたいのですか?」
「うむ……それはそれで、国土が荒らされては困るな。観光地となれば、多くの宿泊地や娯楽施設が必要であろう。健全なものだけでいいなら構わないが、噂によれば、賭博場やら、いかがわしい店も観光地には必須と聞くな」
「えぇ、その通りでございます。旅行客はみな、家族や新婚夫婦だけではございませんから。うかれた人々が集まるような場所になれば、必然と陰鬱とした影もできるものでございます。殿下は、それを粛々と取り締まり、時に見過ごすことができますかな?」
「それは……あまり得意ではないな」
ボクの返答に、ジェイドがこっそりとため息を吐く。
この会議には、商人のみならず貴族や大臣も参加している。もちろん、宰相のロクロウもだ。
今日の主な議題は、前々からジェイド率いる商人連合が訴えていた関税の減額について。
とりあえず、人や商品の流通を増やし、国の活性化を目指そうという商人らしい発想である。
先代の頃は、武力が秀でていた。父上が英雄とまで言われた所以はもちろん、戦果を挙げていたからこそだ。だけど、ボクは戦争なんてしたくない。それを踏まえた上で、今後どう立ち回っていくかの重要な会議なのである。
貴族のカラフォイ氏が手を上げる。家長の割には二十代後半と若く、くるくるのくせ毛が特徴の物腰のおだやかな青年である。彼の一家は代々芸術家を発出しており、その価値は他国にも広まりつつあるのだという。
「私が言うのは恐縮なのですが……もっと芸術に力を入れてみるのはいかがでしょう? 我が家系のみならず、見どころのある作品を生み出している若者が増えつつあります。彼らにもっとチャンスを与えるような機会を増やしたら、国の活性と他国へのアピールに繋がりはしませんか?」
「ふむ。それもまた妙案だな」
そうボクが応えるものの、周りの反応は薄い。その理由は、ボクも重々理解していた。
その平和的なことでは、今までの武力には敵わないのだ。
こんな時、ロクロウは容赦がない。
「アンドレ様。正直に申しましょう。今は先代の異名があるからこそ、我が国は平和でいられるのであります。しかし、後継ぎであるアンドレ様はただの平和主義者の坊ちゃんだということが世界に広まれば、いつ我が国が攻められるかわかりません。その時に、武力があればまた話は変わりましょう。ですが、防衛以上の武力を持つおつもりご意思に、変更はないのですか?」
「う……うむ」
「でしたら、せめてジェイド様の言う通り、他国との友好を図るためにも、関税は減らすべきでしょう。さすれば、いずれ我が国が攻められた時に、手を借り易いというものです。普段は引きこもり、都合が悪いときだけ助けてくれというのは、たとえ国同士の話でなくとも、まかり通ることじゃないということは、坊ちゃん国王でも理解はできましょう」
こんな侮辱を表立って言うのは、さすがにロクロウしかいない。だけど、それを否定してくれる者も、この場にはいないのだ。
窓の外からの日差しは、今日は少ない。マナが雲に隠れてしまっていた。それでも、庭園から聴こえる子供たちの声が、この国が平和であると語ってくれているようだ。ジェイドやロクロウには子供はいないが、他の貴族や大臣たちには、子供たちがいた。上は十三歳。下は三歳だったか。ちょうどいい機会だからと、城に子供達も招き、カグヤ殿と遊んでもらっているのである。もちろん、同じ庭園でその母君たちがお茶会も開いている。
カグヤ殿は、きちんと友好を育めているだろうか。様子を見に行きたいのは山々であるが、今それを口にすれば「坊ちゃん」と笑われるのは、さすがのボクでも想像できる。
だから、ボクは真摯にロクロウに向き合うしかないのだ。
「つまりはロクロウ。そなたは武力に力を入れるのが一番……そう言いたいのか?」
「別に、魔法であっても構わないのですが……まぁ、そのような手段もあるということです。我が国は先代の短い統治期間の間に、三国を取り込んだ武術国家として他国には一目置かれております。先代はぬかりなく、隣国とも同盟を結んでおりましたので、今は国王が代わりオスカー王国がどういう道を進むのか様子を見てくれておりますが、それも時間の問題でしょう。国王が腑抜けということが広まれば、外からはもちろん、国内でも反乱が起きる可能性もございます」
「その可能性はボクも理解している。だからこそ、国内の統治に予算と時間をかけ安寧を図るのが優先なのではないのか? 同盟国との友好も、もちろん手を抜くつもりはないッ!」
「友好というのは、仲良くお喋りするだけで育まれるのではないのですぞ。互いの利害関係を尊重し、また利害があってこその友好なのです。戦争はしたくない。そのアンドレ様の主張は我らも同意しましたし、今更どうこういうつもりはありませぬ。だからこそ、ジェイド氏の代打案は、受け入れるべきなのではありませぬか?」
「しかしそれでは――」
国内の農産業が廃れていってしまう。国民の収入を奪い、飢える民が出てくるということ。飢える民を全員保護しようものなら、それこそ必死に仕事をして税金を納めている国民たちに示しがつかなくなる。
険しい顔をしていたロクロウの眉が下がる。
「アンドレ様……我らはみな、アンドレ様の人格を否定するつもりはありませぬ。アンドレ様の優しさに救われている民ももちろんいることでしょう。ですが、アンドレ様の愛する我が国の平和を守るためにもまた、非情にならなければならぬ時も――――」
その時だった。城が揺れ、外から爆発音が聴こえてくる。
「何事だ――ッ!?」
ボクが立ち上がると同時に、開いた扉からは衛兵が飛び込んできた。
「アンドレ様、報告でございます! 西の庭園に巨大なスライムが発生しました!」
スライムとは、低級の魔物だ。下水路などを通じて時たま城下にも現れるが、火に弱いという弱点もあり、特に何事もなく始末されている魔物である。
「巨大といえど……レイチェルのみならず、兵士を何にも置いていたであろう? そんなに巨悪な変異種なのかッ?」
「いえ、そうではないのですが……我々の放つ魔法を皆、カグヤ様が妨害し、魔物を庇ってしまうのでございます。お願いです。どうかカグヤ様を止めてください!」
「なに――ッ!?!?」
目玉が飛び出そうになるとはまさにこのこと。
ボクの心配をよそに、なぜだかカグヤ殿は魔物と友好を深めていたのだ。