続-1
高い「評価」の付与と好意的な「感想」と「ブックマーク」の登録およびこの作品の閲覧、ありがとうございます。返信は控えておりますが、頂いたコメントはキチンと全て拝見させて頂いております。
一年ぶりの続編の投稿となりましたが、今回からは、裏技で私のアカウントを特定してこっそり読んだ娘にテンションの高さと軽さが不評でしたので、少し抑えた大人な文章に軌道修正しようかと...。
何はともあれ、遅筆で大変恐縮ですが、今後とも、お付き合い頂けると幸いです。よろしくお願い致します。
小説について彼是と、私の思索の垂れ流した拙い文章を披露するため、再び、この場をお借りします。
一年ほど前に、小説を書くぞぉ~と発言しておきながら、未だに、小説を掲載できていません。が、それはさておき、改めて、「エッセー」というジャンルで文筆活動に取り組ませて頂きたいと思います。
で、今回のテーマは、「小説をどのように書きたいか?」です。
最近では一般的となった、というかラノベでは定番の、主人公の一人称で進む物語。
ちなみに、一人称の小説と言うと、私は若かりし頃に愛読(?)した新井素子さんをイメージしてしまうのですが、皆様は如何でしょうか?
今回は、その一人称の文章で進める小説について、モノ申したい、というと大袈裟ですが、少しお話をしてみたいと思います。
一人称で進める文章について、元祖が誰で書き方に作法などの定義があるかどうか等、私はキチンと把握している訳ではありませんが、やはり、ある程度は、ルールがある、と考えています。
新井素子さんと同じく一人称の小説を書かれる一時期(?)は人気ラノベ作家の一人であった火浦功さん。私が好きだった作家さんの一人でもあるのですが、実は少し微妙で、小説の中から主人公や登場人物が読者に語りかけてくる箇所が、あまり好きにはなれませんでした。
ストーリーに没入していたり主人公に感情移入しきっているときに、いきなり、これはフィクションの世界だよ、などと作中から登場人物から語りかけられて、現実に意識が戻るというか覚めてしまうのが、何とも物悲しかったのです。
勿論、一人称の小説に限らず、文章を書く技法の一つとしては有り、だと理解はしています。理解はしてるのですが、感情が受け入れない、というか、モヤモヤしてしまいます。
私にとって同様の効果(?)があるフレーズに、「その時は知る由もなかった」というのがあります。
話が盛り上がって、さあ次に続くぞ! といった処をこのフレーズで〆られてしまうと、興が覚めるというか気力が失せるというか、私は、少しばかり、えぇ~という気分になってしまいます。
このフレーズの活用も、文書を書く技法としては有りだとは思うのですが、一人称の小説で、主人公が現在進行形で感じたり考えたりしている状況に感情移入している際に、本人には分る筈がないことを過去形で断定的に語られてしまうと...。
勿論、小説の中には物語の流れや背景など説明的な部分があっても良いと思うのですが、他の方法で伝えて欲しい、と思ってしまう私は贅沢なのでしょうか?
という事で、一人称で小説を書くならこんな点に注意していきたい、というか、私の一人称小説の書き方に関する願望、的なお話でした。決して、自分で書けないから、自分の好みを小説家の皆様に布教しよう、といった趣旨ではありません。たぶん。




