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「にしししし。いっくぞー!アグリオガタちゃん!」
豹柄の飛行服を着た金髪の少年が、両掌に左右の操縦球を握り込み、加速度に体を押し付けられながら、笑顔で愛機を発進させる。
「おい、スパルタカス」
「はい!崇さま、なんでしょうか!?」
命令書を載せていた、喫茶給仕兼用の角盆を両手で胸元に立て抱え、スパルタカスが声源に振り返る。
「緒方あぐり。あいつ、さっき帰り際に何と言った。アグリがどうこうと」
「同乗者のアグリオガタと、香椎敦彦を討つので、吉報を待たれたいと」
昴崇は、口を結んで目を見開いているスパルタカスを、怪訝そうな表情で睨む。
「あいつの機体は完全単座式だぞ」
「噂では模擬人格だろうと」
「噂とは何だ。未改修機だぞ」
「あれでしょうか」
「またあれか。治まったと思っていたが。呼び戻せ」
「もう出撃した頃かと」
「どうーして!」
「崇様の命令書を受―」
「どうにかしろ!」
「敦彦!小惑星帯内に敵機四」
「分かってるって。陽動を掛けるからには、先兵は少数か」
重力子ホーミングレーザーは、敵機よりも質量が大である小惑星に引き寄せられる。敵が広大な戦闘正面から大多数を以って圧倒出来る状況で、寡兵を眼前に顕在させるのは、少勢力の前衛主力が迂回する間、自分を引き付けておく為なのだろうと、敦彦は判断する。
ソーマが、敵機を結ぶ線が描く四角形の正面を避けながら、小惑星帯へ急接近する。
「直射武器も温存!力技で攻めるぞ!」
敵機が小惑星表面に立ち上がり、長距離武器を地面に放り投げて両手を広げる。
「面白い!掛かって来い!」
ソーマは、敵を結んだ図形の角から中心部へと、軌道を再設定する。
「分かってるな」
砂礫を弾いて着陸したソーマに、徒手の敵機群が一斉に殺到する。
「巴!」
「敦彦、もう効いてる」
反重力制禦されたソーマの関節駆動部が、組み合った彼我の機体に、柔乾な稼働音を伝響させる。
「あなどったなあ!縮退連星機関、巴だ!」
敦彦は、『巴』内部で、重力崩壊して軽ブラックホール化した三連星が、反重力制禦されて共通重心を公転し、莫大な関節駆動力を発生させている仕組みに思いを凝らして、好戦意識を亢進させる。
「はははははははは!」
敵機はソーマの細指に掴まれて、次々と四肢を捥ぎ取られ、装甲を剥ぎ取られ、操縦席を暴かれる。
「お前達!末期を観念したか?」
敵兵が拳銃でソーマに射撃する。
「頃合いだな!」
ソーマが敵機を殴り飛ばして、重力分布を算出しながら小惑星上空へ浮上し、多目標重力子ホーミングレーザー発射機『細馬』を敵に向けて構える。
「放てーっ!」
細馬の先端から輝き出た、緩やかな曲線を描く光線が、反り返ってソーマ自身に浴びせ掛かる。
「バックラッシュ!?」
ソーマの操縦席が衝撃とともに暗転し、敦彦に重量物が激突する。
「うわっ!」
「パンパカパーン、本命登場。にしししし。アグリオガタちゃん、発散式重力子、ナイスタイミング。研究中だから発散しちゃうだけなんだけどなー」
緒方あぐりが、山猫の細い牙めく犬歯を光らせながら笑う。
「あぐりは数字見ると、鈎針に引っ掛けられたみたいな感じがいっつもするから、助かるよー。あれ、アグリオガタちゃん、どこ行ったのかなー?」
あぐりは、操縦席内をひとしきり見回して、正面に向き直る。
「ま、いっか。いっつもの事だし。あっつひっこくーん。終わりだよっ!発散式重力子、全っ開」
「イマジナリー・フレンド」
「都市伝説話にあるだろ。子供が、いつもみんなと遊んでいる友達の事を、ある日、親や他の友達に話すと、そんな子は居ない、見た事がないと、誰もがとぼけているような返事をする現象。誰一人として、今まで見た事も名前も聞いた事もないと」
「それが、数字嫌いの心理的補償として現れた」
「あいつがアグリオガタとともに楽しく過ごしたと言い出すのは、必ず戦闘行動時だ。実際は生存する為に数字に反応して行動しているのだろうが、本人の脳がその短期記憶を紛らわす為に、イマジナリー・フレンドと同期させて、余人よりも高度に直感を働かせながら、負担も転嫁させているんだろう」
「それが強さの秘訣」
「万が一、イマジナリー・フレンドが未登場だったら、治まっていたいたはずの数字嫌いが祟って、即座に撃墜される」
「心配なされているのですね」
「くくく」
昴崇が椅子の背にもたれかかり、嗜虐の表情を顔に浮かべて、スパルタカスに向かって微笑む。
「あいつは、いたぶるにも、敵をいたぶらせるにも打ってつけの面白い奴なんだ」
圧潰の軋音を立てて始めたソーマの操縦席で、暗闇の中、敦彦がソーマに呼び掛ける。
「ファラデー・ケージは!?効いたのか?動け!ソーマっ!」
ソーマを抱え込んでいた、あぐりの機体の周囲の光が歪む。
「今時、電磁パルス遮蔽装置なんて標準装備なんだろうけど、内部回路をあの高電圧相手に完全遮断しちゃうと、却って再起動に時間掛かるよねー」
あぐりは、アグリオガタの姿を探しながら、操縦球をまさぐり、ソーマの操縦席に自機の指を掛ける。
「回復されると厄介だから、そろそろ本人から片付けちゃおう。そーれ!カパッ!」
扉を開かれたソーマの操縦席で、敦彦が全身に装着したパンタグラフ機構に力を込めている。
「えっ!それ、試作機のだってスパちゃんから聞いてたけど!?」
「見せてやるぞ!小学生の底力!」
敦彦は眉根をしかめて歯を食いしばり、短時間は非電自立駆動させられる『巴』に、人力を伝達させる。
(う、ご、けー!)
動きなずんでいたソーマの指先が、あぐりの機体を掴む。
「捕らえたぞ!」
徐々に膂力を増すソーマが、あぐりの機体の装甲坂を握り剥がす。
「ぬがああああああ!」
「わー!動いたー!どーしよー!アグリオガタちゃーん!あ、そうか!」
あぐりは平静を取り戻し、操縦球を捻じる。
「重力安全限界逸脱!結局、このまま潰しちゃえば勝ち!」
「そうかよ!」
「そうだな」
ソーマの操縦席に電光が灯り、細馬の先端が輝く。
「直射しろ!」
「またまた、あっつひっこくんー。密着して撃ったりしたら大変なんだなー…。あっ!」
重力圧潰させ続ければ、重力子レーザーは強力な重力源である、あぐりの機体に集中し、敦彦はパンタグラフ機構で再度戦闘を続行させる。戦闘を中断してソーマから離脱すれば、あぐりの機体は同様に至近距離で無防備な的になる。
「えー!」
「放てーっ!」
ソーマは敦彦の指呼と同時に操縦席扉を閉ざし、重力子ホーミングレーザーを、あぐり機へ接射する。
「ぎゃー!」
まばゆい鋳光を放って焼き溶かされる機体の中で、あぐりが叫ぶ。
「アグリオガタちゃん!そこに居たの!」
「あぐり機の交信が途絶したそうです」
「そうか」
「もっと早く目を覚ませよ!」
再停止したソーマを襲撃した残敵を撃滅した敦彦が、操縦席で怒鳴る。
「戦時即時同期が続くより楽だったろう」
「行くぞ!帰ったら、義体に移植してやるからな」
ソーマは敵機の残構を蹴飛ばして弾みを得て、小惑星帯を突破した。