表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
最終章 友情も愛もなき世界
85/86

record83 彼女の代償

この話はサイドストーリーです。

読まなくても本編に直接の影響はありません。

お互い何も言葉を交わさないまま、一体どのくらいたっただろうか?

体感では二、三時間くらい経ったつもりだが時計を見るとまだ十分も経っていない。

待つ身は長し、とよく言うがこれほど時間の流れを遅く感じることは今までなかった。


――本当に大丈夫なのかな……。


心配する思いが募りすぎて、胸がはち切れそうで苦しい。

でもきっと、真夜ちゃんだって同じ気持ちなんだよね……あっくんの言葉を信じて待つしかないんだよね?

本当は今すぐにでも彼の後を追いかけたい気持ちを胸の前でぎゅっと手を握りながらも我慢をする。

でも時計が刻む秒針の音を聞くたびに、あの時の決断が間違っていたのではないかと段々不安になってくる。

やっぱりあの時無理にでもあっくんを止めておくべきだった、とか。

そうしたら今頃はこの部屋に三人で居れたのではないか、とか。

でも私だって分かっている。

そんなことを考えても意味がないことくらい――過去を悔やんでも未来が変わらないことくらい。

でも、そうだとしても、もしこうだったらと願ってしまう。

そんな自分が情けない。


――私は、あっくんが戻ってくるって信じてるから……だから、大丈夫。


今までだって敦司とはなんども約束をしたことがある。

その中で一度たりとも約束を破ったことなんてない。

私が望んだような形でなくても、必ず最後には戻ってきてくれる。

だから今回も――戻ってきてくれるんだよね、あっくん?

そう心の中で呟いたときだった。


『コンコン、コンコン』


廊下から扉をノックする音が聞こえてくる。

続けて「俺だ、開けてくれ」と敦司の声が部屋の中に聞こえてきた。

この時私は思った、戻って来てくれて嬉しいという気持ちと裏腹に――何かおかしいな、と。


「っ! 和奏さん、佐久間さんですよ! きっと戻ってきてくれたんですよ!」


勢いよく椅子から立ち上がると真夜はドアへと近付いていき、鍵を外した。

私がその異変に気付く前に――そして次の瞬間、真夜の身体が崩れていくのが目に入った。


「あっ……」

「真夜ちゃん!?」


虚ろな瞳でこちらを見つめる真夜に手を伸ばすが私の距離からは届くはずもなかった。

なんせ扉までの距離は約五メートル。今から走っても間に合うはずもなかった。


――私は……こんなところでは死ねない!


伸ばした手をそのまま左側の懐へと潜り込ませると素早く銃を構える。

照準を扉へと合わせると引き金に指を絡ませた。

後は指に力を籠めるだけで――


「きゃっ!?」


そう思った頃には既に銃は私の手から弾かれ、宙を舞っていた

目視では認識できない何かが手首に対して鋭い衝撃を与えたのだ。

その時私は直観で感じた。

相手は人ではないのだと――それを最後に私の意識は途切れた。






「んぅう……うぅ……」

朦朧とする意識の中、私はそっと目を開けた。

そこで目に映ったのは狂気じみた世界だった。斧やノコギリ、鉈などが天井からぶら下がっていて部屋の中心には台車が置かれていた。

部屋の中を照らすための電灯はついているものもあれば、割れているものや折れているものもある。

それにどこからか血の匂いが漂ってくるせいで気分まで悪くなってくる。


――私は……殺されたの?


死の世界にしてはちょっと酷い世界だ。

どちらかと言えば拷問部屋、の方が名前としては似合っている気がした。


ーーまずは起き上がらないことには何も始まらない、よね。


うつ伏せの状態から態勢を取り直しつつ、壁にもたれかかろうと身体を動かす。

そのためにも腕へと力を籠めるが――


「うっ――!」


右腕に何かが深く食い込むような感覚を感じ、私はそのままバランスを崩した。

ただ不幸中の幸いか、うつ伏せではなく今度は上向きに倒れた。

そのおかげで胸を床へ強打することはなく、背中への衝撃だけでどうにか済んだ。


――右腕が思うように動かない……もしかして何かに縛られてる?


まだ痛む右腕を慎重に左右へと動かしてみると、鉄が床をするような音が聞こえてくる。

私は音を確認すると左腕を上手く使い、身体を壁へと預けるようにして座り込んだ。

そして視線を自分の右腕へと向けた。

黒光りする鉄の鎖、そして真っ黒な鉄の輪が腕と壁を繋ぎとめるようにしっかりとはまっていた。

先ほど腕に力を籠めたせいか、手首と輪っかの隙間からは薄っすらと血が浮き出ていた。


――これは……手錠、だよね。


私は輪っかの部分を軽く持ち上げながらも、傷に触れないように少し位置をずらした。

その時に指の先から伝わってきた、ひんやりとした感触がより現実感を持たせた。

これは本物の手錠で、今起きていることは現実なのだと。


――これじゃあ、当分はここから動けそうにないかな……。


右腕が動かないように鎖の部分を引っ張ってみるが、もちろん外れる雰囲気はない。

試しにそっと持ち上げてもみたが胸辺りまでが限界で、それ以上は手錠が邪魔で動かすことが出来なかった。

他にもいろいろ考えて鍵がないか周りを目視で当たってみるが、あるのは刃物や物騒なものばかりだった。

それでも何か今の状況を打開できるようなものがないか探していると、誰かが苦しそうに咳き込む声が聞こえてくる。


「ごほっ、ごほっ……!」

「!?」


音からしてすぐ近くにある、敷居の向こう側から人の気配を感じる。

そして推測するにこの感じは――


「真夜ちゃん! もしかして近くにいるの!? 居るなら返事をして!」

「っ! そのこえ、は……わかな、さん?」

「そうだよ、私だよ! 小宮和奏だよ!」

「そう、ですか……無事、でしたか……」


消え入りそうな声で、安堵したように真夜は口にした。

ただ喋る言葉は途切れ途切れで、私には苦しんでいるように思えた。


「それより真夜ちゃんの方こそ大丈夫? どこか怪我をしていたりしない?」

「わたしは、平気ですよ……それより、早くここから、出ないと……」

「本当に平気なの? もし怪我をしてるなら無理に動いちゃだめだよ!」

「怪我なんて……して、ません……!」


真夜なりに精一杯声を出したつもりなのか、先ほどまでの会話に比べれば声量が出ているものの強がっているのは目に見えていた。

恐らく真夜は深い傷を負っている。

それがどんな傷かまでは分からないが、息遣いが荒いところからして軽傷とは思えない。

本当は今すぐにでも様子を見に行きたかったが、手錠があるせいでこれ以上は移動が出来なかった。

この手錠さえ、この手錠さえどうにかなればすぐにでも助けに行けるのに――


「そんなことより、和奏さん……佐久間さんが、危険です。このままでは、殺されてしまいます」

「えっ、どうして急に……?」

「それは、犯人が佐久間さんを、恨んでいるからです。犯人の顔までは見れなかった、だけど話はしましたから……」

「話をしたって、一体いつしたの? それに、なんであっくんが恨まれているの!?」


小さいころから敦司と一緒にいたが周りから恨まれるような人ではなかった。

もし恨みを買ったとしてもそれは些細なことで、殺されるほど恨まれるようなことはない。

瞬時にそう思ったが、私の頭の中を嫌な思い出が過っていく。

よく考えてみれば一人だけいた。敦司を心底恨んでいる人、それも敦司本人はそのことに気付いていない。

私が一番考えたくなかった真実――全てを知れば、きっとみんなが傷つくことになるから。


「その話はあとでします、から……はやく、危険だってことを、知らせにいかないと……」

「真夜ちゃん、もしかして動けるの? 私、片腕を手錠で壁と固定されていて動けないの、真夜ちゃんならどうにかできる?」

「そう、なんですか……それは、きっとわたしの力じゃ……どうにも、できないです……」

「そ、そうだよね! すぐにそっちに行くから待っててね!」


そうだよ、私! 真夜ちゃんは怪我をしているんだから無理させちゃだめだよ!

気合を入れ直すと、私は再び他に手立てはないか考え始める。

この手錠さえどうにかなれば、これさえどうにかすれば真夜ちゃんも敦司も救えると信じて――そこで目に映ったのが天井からぶら下がっている斧だった。

さっきまでは物騒なものとしか捉えていなかったが、これでどうにか鎖の部分を壊せば動けるようになるかもしれない。

私は手錠に捕まっている右腕を起点に、少しでも遠くまで手が伸ばせるように身体を捻った。

後は目一杯まで左腕を伸ばして――


「――うっ!」


無理やり力を加えているせいで手錠が右腕に深く食い込んでくる。

痛い。さっき怪我をした部分を抉られる様な痛みが全身を貫いた。

本当は今すぐにでもとるのをあきらめて、痛みから逃れたい。


――だけど、私だけが逃げるなんてできない!


がらんっ! その時、指先が斧の刃先に触れた。

衝撃で左右に少し揺れた斧がそのまま床へと落ちてくる。


「やった!」


私は落ちた斧を左手で手繰り寄せてくると手錠の鎖の部分に押し当てた。

そして振りかぶると――ガキン!

思いきり振り下ろした。

斧と鎖がぶつかる音は部屋中を反響し、敷居の反対側に居る真夜にも聞こえるほどだった。

その反面、腕に走る衝撃もそれに匹敵するものだった。


「うぐっ……!」

「なんの音、ですか?」

「……なんでもないよ! もう少しでそっちに行くから待っててね!」


心配する真夜に私はできるだけ明るく振舞った。

だけど、本当は痛くて今にも泣きそうだった。

私が気付いていないだけで声だって震えているかもしれない。

手首からは既に血がだらだらと流れ出ていてじっとしているだけでも痛い。

鎖の部分には全く傷はついていないのに、代償はこんなにも大きい「痛み」。

この痛みをまた体感することを考えるだけでも、斧を持つ左手が震えた。


――でもっ! このままじゃみんなが死んじゃう……!


私は恨めしそうに、真っ赤に染まった手錠を睨んだ。

この手錠さえ、この手錠さえ外れればみんなを救えるのに――!

今度は先ほどよりも高く振りかぶり、力いっぱい斧を振り下ろした。

この回も今までと同じようにサイドストーリ―と書いて、区切ろうと考えたんですがやめました(逆に分かりにくそうになると思ったので)

次回からはいつも通り、主人公視点に戻るので宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ