record82 銃声
もう一人、つまり十二人目の参加者がこの館内にいると言いたいのか?
でも初め部屋に置いてあった紙には十一人しかいないと書かれていた。
それなのに十二人いると言い張るということはそれなりの根拠があってのことなのか?
「十二人目の参加者、それはまどかさんだよ。それ以外は考えられない」
「まどか、さん?」
何かを確信めいているのか、河西ははっきりと誰かの名前を口にしたが俺にはさっぱりだった。
まず、まどかなんて名前は聞いたことがない。
するとリアクションが薄い俺に何か感じたのか、河西は足を止めた。
「もしかして敦司くん、まどかさんを知らないのかい? 君の親友の姉、相原 まどかを――」
「相原、まどか?」
ここまで聞いてもピンと来なかった。
第一、浩介に姉なんているはずがない。
何度か家に遊びに行ったことがあったが一度も会ったことがないし、浩介から話も聞いたことがない。
それにもし姉がいたとしたら、幼い時に一度くらい会って――
「いや……待てよ」
突然嫌な予感が走り、俺は意図せずに小言を呟いていた。
考えてみれば俺と浩介が初めて出会ったのは高校に入学してからのことだ。
それ以前のことに関しては浩介のことは全く知らない。
だとすると、俺と会うもっと前に浩介の姉自身が何かの事件に巻き込まれているとしたら――
そこまで考え付く頃には、俺は机に置いてあった資料に次から次へと目を通していった。
そして二年前に起きた十一人が行方不明となった記事、被害者の中に名前がないか隈なく捜し始めた。
そう、相原 まどかという名前がないか。
「う、嘘だろ……」
そしてほんの数秒後に見つかった。
被害リストの名前欄の中から相原 まどか、という名前を――
「で、でも待てよ。この事件が俺たちの今の現状と関連があるとは限らないだろ! 第一、行方不明になったのは二年前の話だ。そんな前に行方不明になって今更ここで出てくるなんておかしいだろ!」
「おかしくはないよ。だって僕たちを捕まえた奴らは、二年前に誘拐した人たちをずっと隠し続けていればいいだけの話なんだからね。そして僕たちを捕まえた後に、あたかも一緒に捕まえてきたと見せかけて参加者に紛れ込ませればいいだけの話なんだから」
「だとしても、参加させられた人はずっと奴らに二年間も閉じ込められていたわけだ。もし参加者の一人にそいつが話でもしてしまったらそれこそ台無しになる! そんなことを奴らは望まないだろ!」
この館に来てすぐにそんな話を聞けば、それこそすぐに元の世界に帰りたいと思うはずだ。
そうすればみんなの意思が固まりやすい。
そんなことを奴らが望むはずがない。
俺はそう思っていた。
でも河西は静かに首を横に振った。
「確かに二年間も閉じ込められたなんて記憶があれば、もちろん他の人に話そうと思うさ。ただそれは、記憶があればの話さ」
「なっ!?」
ここまで言われればさすがの俺も河西が何を言いたいのか察しが付く。
要はさっき話していた、記憶の話につながるわけだ。
記憶の削除。これを行えば確かに俺たちに紛れて参加させても問題はない。
「でもね、さすがにそんな都合よく記憶を操作することは難しいと思うんだ。だから他の方法を使えばいいのさ」
「他の方法?」
「そう、それは記憶を消さなくても誰にも話させないようにする方法だよ。なんせ、弟君も参加者の一人にいるんだからね」
「もしかして、浩介を殺すと脅したっていうのか!?」
「まあ、必ずしもそうだとは言い切れないけどあり得るんじゃないかな? それが一番奴らにとっては手っ取り早いし、なんせ効果的だと思うからね。それに、彼女は一度も姿を見せないわけだしね」
そうか、だから最初から姿を見せない、誰かに会って話してしまうことを恐れているから――そして自分の弟である浩介に遭遇してしまうことを回避するため?
確かにあり得るかもしれないが、この根拠には最大の欠点がある。
それはーー
「俺たちの事件、そして二年前の失踪事件、この二つの事件が関連しているとしても、なぜまどかさんがこの館内にいると断定できるんですか? それに今回の参加者は全員で十一人と断言されていたはず、もしまどかさんという人が本当に居たのなら、全員で十二人になってしまう。これだと奴らが嘘をついていることになる」
俺たちをここに閉じ込めた奴らを信じているわけではないが、俺には嘘をつくようには思えなかった。
第一に奴らが嘘をつく理由がない。
なんせ向こうの方が優位な立場にいるわけだ。
初めから十二人いるなら本当のことを言ってしまえば話が早い。
だから十一人と言うのはあながち間違ってはいないと思った。
「そうだね。確かにそうだよ。僕もなぜ彼らがわざわざ十二人を十一人と言ったのか気にはなっているよ。でも僕の「気になる」は、君の気になるとは少し違う意味にあるけどね」
「違う意味? 何が違うっていうんですか」
「そのままの意味だよ。僕と君が考えているものが違うからさ。まず、なぜこの館内にまどかさんが居るかだったね。それはあることが分かっていれば簡単に分かることさ。例えば誕生日とか、ね?」
「誕生日?」
「おや、もしかして忘れてしまったのかな? 部屋の扉に彫られている四桁の数字、あれがどういう意味を示しているのかを」
部屋の扉に彫られている四桁の数字の意味、あれはその部屋の持ち主の誕生日。
そして未だに開かないあの扉に彫られていた数字は――
「0529……つまり五月の二十九日」
「そうさ、そしてまどかさんの誕生日も五月二十九日。これが偶然だと君には言えるかい?」
「っ!」
「それにエントランスホールにあった地下への扉、みんなで解いた答えも0529だったね。その時に気付いたかは分からないけど、あの反応を見た限りではきっと分かったんじゃないかな? あの人だけは」
「……浩介のことか」
思い当たる節はそれぐらいしかない。
あの時みんなの推理についていけなかった俺は周りの様子を窺うだけで精一杯だった。
そして暗証番号を入力して扉を開く前、答えを聞いただけで表情が一変したのは浩介、あいつだけだった。
「その通り、君も気付いていたんだね。でもまさか、この館に姉弟で閉じ込められるなんて、悲劇そのものだね」
「…………」
河西の言う通り、本当にそうだとしたら確かに悲劇そのものだ。
でもそれは、浩介とそのまどかっていう人が本当の姉弟だったらの話だ。
ただ苗字が同じ可能性だって十分にあり得る。
それなのにここまで言い張るということは、この可能性を考えていない。
だとしたら河西の考えは――
そこまで俺が考えついたとき。
『ダンッ、ダダダダダダッ!』
廊下の方から立て続けに轟音が鳴り響いた。
――これは、銃声!? 一体誰が……!
部屋の中に居ても耳が痛くなるほどの音に俺は驚きを隠せなかった。
よくテレビなどでも聞くがそれとは比にならないほどのものだ。
でもこの音が聞こえてくるということは、同時に犯人が近くに居るということにもなる。
だとしたらこんなところで怯んでいる暇なんてない!
「河西さん、きっと近くに犯人が居ますよ! 早く犯人を捕まえ――っ!」
そこで言葉が途切れた。
河西の姿を見て――いつもと違う、と感じたからだ。
「ようやく姿を現したようだね……フフフ、これで終わらせようじゃないか。ようやくこれで君と会えるよ。そうだろ?」
俺を見ているのか、それとももっと先を見ているのか、河西は虚ろな瞳で訴えかけた。
その姿に俺は唖然とし、恐怖した。
時折変わった表情を見せる河西だが、今の彼は尋常ではない。
今引き留めようものなら殺されてもおかしくないような――そんな雰囲気だった。
それにいつの間に用意をしたのか、河西の右手には散弾銃がしっかりと握られていた。
――この人は、きっと本気だ。
そう思うと身体が震えてきて思うように声を発することすらできなくなる。
結局、俺には河西の背中を黙って見つめることしか出来なかった。
それから一人部屋に残された俺はすっと悩んでいた。
今ここで河西と共闘するか、それともじっと機会を待ち続けるか。
――答えは……決まってる。
部屋の奥にあったパネルを操作しながらも俺は最後の決意を固めた。
外の様子を窺うためにも俺はそっと扉を開ける。
すると廊下から硝煙の匂いが部屋へとなだれ込んできた。
俺はすぐに袖で鼻と口を覆うと廊下へと足を進めた。
そしてすぐに別の匂いにも気付いた。
一度嗅いだことがある、鉄臭いような匂い。
これは――血の匂いだ。
恐らく銃撃を浴びた人間がこの近くで倒れている、俺にはそう予測ができた。
そのまま廊下を進むと硝煙と血の混ざった匂いが更にきつくなってくる。
そして俺は見た。開け放たれている部屋で動かなくなった人影を――
「久遠さん!!」
俺は大声で叫ぶと床に横たわっている彼女へと駆け寄った。
そこで見たものは、首元を両手で抑えて絶命している彼女だった。
「っ! 一体誰がこんなこと酷いことを……!」
ぐっと込み上がってくるものを何とか抑えると、俺は久遠さんの目をそっと伏せた。
遺体を見る限り、犯人と揉めあったせいか身体の所々に傷が見られた。
その中でも一番の致命傷となったのは首にある差し傷。
おそらく鋭利なもので首を一刺しといったところだろう。
一体誰がこんな酷いことを――
「あっくん!? 大丈夫、怪我はない!?」
「佐久間さん、もしかして誰かにやられて――その血は!?」
突然後ろから大きな声がしたかと思うとバタバタと、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
そして立て続けに俺の安否を確認するような言葉。
この二人の声からして大方誰かは予測がつく。
同時にどこかでほっとする自分もいた。
「俺は大丈夫だよ。それより良かった、和奏も真夜ちゃんも無事だったんだな」
正直なところ、銃声がしたときには二人の安否が一番気になったが……まさか久遠さんが狙われていたとは思いもしなかった。
でもそうなると、一体犯人は誰なんだ?
ふとそんなことを思ったとき――
トスッ! 身体に軽い衝撃がかかった。
「うわっ、真夜ちゃん!?」
「無事で……良かったです」
ちょうど俺の胸辺りに顔をうずめると、真夜は小さな声で呟いた。
そんな彼女に対してどう対応をすればいいかおどおどしていると和奏が補足を付け加えてくれる。
「さっきまで私たちは約束した通り、部屋の中であっくんを待ってたんだ。そしたら外から銃声が聞こえてきて様子を窺いながらも廊下に出たんだけど……そしたらあっくんが血を流しているように見えたから」
なるほど、それで俺を心配してたのか。
まあでも、人が死んでしまったことには変わりはないんだけどな。
「久遠さん……朝は部屋を開けてくれなかったのに、なんで急に扉を開けたりなんてしたのかな」
「ん? それはどういう意味だ?」
たまたまその時に手が離せなかったとか、そういうことじゃないのか?
「だって私たちが声をかけたのは今日が初めてじゃないんだよ。三日間の間、私と真夜ちゃんは久遠さんの部屋を訪ねた。その時は全く出てくる気配もなかったのに、なんで今更になって扉を開けたのかなって」
「確かに……それは妙だな」
しかもこんな遅い時間に訪ねてきたら普通は扉なんて開けないよな。
それに扉を無理にこじ開けることもできないはずだから開けたのは当然本人、久遠さんのはずだ。
だとしたら彼女は自分が死ぬなんて思ってもみなかっただろうな。
「でも、そうなると残るは私たちと河西さんだけだよね? それと青木さんに浩介君……二人については生きているかすらも分からないのに」
「でも死体が見つかっていないところを考えると生きていると踏んだ方がよさそうだな。少なくとも消去法でいけば河西さんはまずないと思う。それに浩介も……たぶんありえない。だとすると残るは青木さんだけだが……」
俺はそう口にしながらも彼女も犯人ではないと心のどこかで思っていた。
確かに俺のことを犯人と疑ってきたのは佳奈だったが、おそらく彼女もそれだけ追い詰められていたんだ。
犯人を捕まえるために――
「でもそうなると誰が犯人なのかな。私には生きている人たちの中に犯人が居るようには思えないけど……」
「そうだな、現状だと俺も正直予想がつかない」
「……笹川さんですよきっと。実は自殺をするふりをして生きていたんですよ」
俺と和奏が頭を傾げていると、目元を袖でこすりながらも真夜はそんなことを言いだした。
そして俺から離れると久遠の部屋から出ていき、こちらに手招きをしてくる。
「それより、今は早くここから逃げましょうよ。部屋に行ってからでも話すのは遅くはないですから」
「そうだね、久遠さんには悪いけど……ここは危険だもんね」
悲し気な瞳で遺体に目をやりながらも和奏も真夜に続いて部屋を出ていった。
「佐久間さん、早く部屋に戻りましょうよ! それから考えても遅くはないですから!」
廊下から必死に叫ぶ真夜の声がやけに遠く感じる。
それくらいに俺は深く考え込んでいた。
真夜の言葉、「実は生きていた」という言葉にやけに引っかかったのだ。
確かに笹川は俺たちの目の前で自殺を図った。
そして俺たちは死んでいることを確認した。
そう、今まで人が死んだときは必ず誰かが確認を行っていたんだ。
でもあいつのことは誰が確認した?
「急にどうしたんですか、佐久間さん! 早く逃げましょうよ!」
返事がないことに呼び掛けても無駄だと感じたのか、真夜は俺の元へと駆け寄ってくる。
そして腕をぎゅっと握ると「お願いですから」と縋り付いてくる。
対して、俺はその手を無残に振り払った。
「っ! 佐久間さん!」
「ごめん、俺はもう逃げるわけにはいかないんだよ、真夜ちゃん」
「そんなこと言わないでください! お願いです……お願いですから、一緒に逃げてください。じゃないと本当に、佐久間さんが死んでしまいます」
「そんなことは分からないだろ。先に河西さんが向かっているのも見たし、こっちは二人も居るんだから負けないさ。それにいざってときは銃を使って――」
「でも! 久遠さんはその銃を使って刃物相手に負けたんですよ!!」
瞳に涙を浮かべながらも真夜は部屋中に響くような声で叫んだ。
視線をあげると、和奏も廊下から心配そうな表情で俺の様子を窺っていた。
――俺だって……もし叶うなら三人で逃げたいよ。
でも、もしここで逃げたとしてもきっといつかは追い詰められる。
銃でも勝てない相手に、今ここでみすみすと河西さんをやられてしまっては本当に勝ち目がなくなる。
だからここで一か八か戦って勝つしかないんだ。
ぽんぽん、と真夜の頭を優しくなでると俺はできるだけ優しく笑みを浮かべた。
「俺は絶対に死なない。何があっても必ず、生きて戻ってくる。それから三人で話し合っても遅くはない。それまで少しの辛抱だ、待っていられるだろ?」
「そんなこと言って……佐久間さんはいつもうまく誤魔化して――」
「じゃあ俺を信用できないか? 約束を破るような男に見えるのか?」
「そ、それは――そんなの、信用できるって言うしかないじゃないですかっ!」
「ははは、真夜ちゃんは素直だな。じゃあ、少しの間だけ大人しく待っていてくれよ」
最後にもう一度だけ頭を軽くなでると俺は和奏に一言だけ「真夜ちゃんをよろしく」と伝えた。
「あっくん……本当に今じゃなきゃダメなの? 私たちじゃ、力になれない?」
「そんなことはないよ。ただ、河西さんを見捨てるわけにもいかないだろ?」
「そっか……きっと私が今、何を言ってもあっくんは私たちと一緒に逃げてはくれないよね。なんとなく分かるんだ、今までずっと一緒だっただから――」
そう言うと和奏は俺に背を向けた。
そして消え入りそうな声で――
「絶対に……戻ってきてね」
と呟いた。
そんな和奏に対して俺はぐっと拳を握って胸の前にやると、河西が向かったと思われるエントランスホールへと足を進めた。
次回が少し短めになりそうなので今回の話は長めにさせていただきました。
ちなみに次回話はサイドストーリーとなるので読まなくても本編に支障はありません。
暇があれば読んでみてください!
ではでは~




