record81 正体は?
「さてと、もうそろそろ時間か」
俺がそう呟く頃には時計の針は午後の八時を回ろうとしていた。
ベッドから起き上がると俺はさっきまで考えていたセリフをもう一度頭の中で復唱する。
そのセリフというのは、真夜になんて謝ろうか俺なりにいろいろと考えて作ったものだった。
それから和奏を含めた三人でどんな話をするかまでも考えたのだ。
「これでまた、仲良くなれればいいんだけどな」
それでこの館からきっとみんなで脱出をするんだ。
そんな思いを込めて自分の部屋の扉を開けると、そこには河西が立っていた。
気持ちを切り替えるために笑顔でいた俺と反して、その時の河西の表情は神妙な面持ちだった。
「おや、敦司くんは何処かに出かけるところだったのかな? ちょっと折り入って君に話があったんだけどね」
「えっ、俺にですか? 一体何の話ですか?」
「ちょっとしたお話さ。僕の知っている過去と君の知っている事実の答え合わせさ」
「え?」
初めはちょっとした何かの冗談かとも思ったが、河西の表情を見るからにそれはあり得そうになかった。
かといって和奏と交わした約束、真夜ちゃんの部屋に向かう用事もあるのだが――
「もし忙しいというなら後でもいいよ。僕はゆっくりと部屋で待たせてもらうからね」
「いえ……河西さんのお話、是非聞かせてもらえませんか?」
「そうかい、じゃあ僕の部屋まで来てもらえるかな? 話はそれからにしようか」
ごめん、和奏。話が終わったらすぐに行くから待っててくれ。
そう心で呟きながらも俺は河西についていくことにした。
それから導かれるようにして俺は河西の部屋へと足を踏み入れていた。
中は少し薄暗く、周りを照らすものはテーブルの上に置いてあるスタンドの明かりだけだった。
そのテーブルすらも奥にあるせいで部屋の扉まではぼんやりとした淡い光が届く程度だった。
でも思ったよりは嫌な気持ちはせず、どちらかと言えば落ち着くような雰囲気が部屋には漂っていた。
「そこで立っていないでゆっくりとくつろいでくれて構わないよ」
「あ、はい。じゃあ遠慮なく」
飲み物を準備しながらもこちらを気遣ってくれる河西に軽くお辞儀をしながらも、一番手前にあった椅子へと腰を掛けた。
河西を待つ間、手持無沙汰だった俺はさりげなくテーブルに置いてある資料へと視線を移した。
「これは……二年前に起きた失踪事件の記事?」
この事件は十一人の人たちが突然姿を消したと一時期世間で騒がれた事件の一つだった。
でも被害者たちの関連性が全くなかったため、すぐにニュースなどでは取り扱われなくなったはずだ。
「そういえばこんな事件もあったな……俺たちも今頃はこうして元の世界で騒がれているんだろうか」
「そうだといいね。まあ、捜索が打ち切られたら望みはなくなるだろうけどね」
「えっ、あ……」
いつの間にかカップを両手に戻ってきていた河西を見て俺はすぐに資料から目をそらした。
何となくだが、勝手に見ていいようなものではない気がしたからだ。
でも当の本人はそこまで気にしていないのか、テーブルにカップを置くとゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
「良ければ飲んでみてくれ、僕の特性コーヒーだよ。ちょっと苦いかもしれないけど、鎮静作用があるから身体にはいいと思うよ」
「はぁ……ありがとうございます」
せっかく勧められたので口にしてみたが、ちょっとどころかかなり苦かった。
前々から思っていたが河西の味覚はどうも少しずれている気がする。
「ところで、今回敦司くんを呼んだ件についてだけど、まずは敦司くんに見てほしいものがあってね」
「見てほしいもの、ですか?」
「うん、これなんだけどね」
そう言って河西は机の引き出しからはビデオテープを取り出した。
見た感じは特に変わったところはなかったが、この中に映っているものが重要なんだろうか?
「そうだ、見る前に敦司くんに一つ約束してほしいことがあるんだ。どんなに驚いてもパニック状態に陥ることだけはやめてほしいんだ。約束できるかな?」
河西の言葉のせいで一体どんなものを見せられるのかと身構えそうになったが、とりあえず首を縦に振っておいた。
まずは見てみなきゃ話にならない。
河西は俺が頷くのを確認すると、ある程度準備されている射影機に電源を入れた。
そしてビデオテープをセットすると映像がぼんやりと壁に映し出される。
『どうも初めまして僕の名前は河西行人。名前ぐらいは聞いたことがあると思うけど、あの河西グループの社長でもあるんだ。そして僕は……いや、こんなことを言っても仕方がないか。それに詳しく説明をしなくても初めて会ったわけではないから僕がどんな人かは分かるはずだよね。まあ突然僕が君の前に出てきて余計に困惑しているのは察するよ。きっとなんで突然出てくるんだ、どうなっているんだなんて思っていることだろう。でも今はそんなことを詳しく説明している時間はないんだ。ただ一つだけ言えることは、君はどんな手を使ってでも絶対に現実世界に帰らなくてはいけないってことだよ。周りに怯えて、現実から目を背けてはいけない。どんなことが起こっても常に前に進むことを忘れてはいけないんだ。そして君はきっと、今大変な状況に置かれていると思う。自分が信頼していた人、あるいは大切に思っていた人が死んでしまったりしていると思う。そしてパニック状態に陥っていると思うんだ。でもそういう時こそ焦らずに対処をするんだよ。自分一人で考え込まずに誰か一人信用できる人を作るんだ。でもその一人もしっかりと見極めるんだよ。もしかしたらその人も君の敵という可能性もあるからね……それと最後に必ず忘れてはいけないことが一つある。それは――――――これはやっぱりダメみたいだね。話の中では言ってはいけないことみたいだ。とにかく君の周りにいる人たちは家族のようなものであって敵でもあるんだ。それだけは忘れないように。さっきも言ったけれど君は絶対に生き残らなくてはならないんだからね。これは使命みたいなみたいなものだよ。常に周りを疑って油断だけはしないように……では幸運を祈っているよ、君の、君たちの全てを――』
そこで映像は終わりなのか画面に線が入り始め、最後はノイズが混じり始めた。
同時に画面の中の男も段々と薄れていく。
そして完全にノイズで覆いつくされた時、射影機の電源が河西によって落とされた。
「僕も始め見た時は驚いたよ。なんせ僕が僕宛に撮影したビデオだったんだからね」
いつもと変わらず平然とした顔で河西はそう語った。
そんな彼に対して俺は何の反応も出来なかった。
今見た映像があまりにショック過ぎて話す言葉が上手く思い当たらないのだ。
「まあ驚くのも無理はないさ。僕も初めに見た時は驚かずにはいられなかったからね。一体何を信じて、誰を疑えばいいのかってね」
部屋の中をゆっくりと歩き回りながらも河西はやれやれと首を横に振った。
言われて見れば、河西は誰を信じればいいか分からないと前に言っていた。
それは恐らく、この映像を見てから出た言葉ではないかと俺には思えた。
映像に映っている自分を信じればいいのか、もしくは実際に今存在する自分を信じればいいのか、と。
「まあきっと敦司くんはもう気付いているだろうけど、僕はこんな映像を取った覚えはないからね? もちろん、元の世界でもこの類の演技もしたことはない」
「じゃあもしかして、この映像は偽物? 俺たちをここに閉じ込めたやつらがかく乱するために作ったもの?」
「ふむ、まあそうとも考えられるね。でももう一つの可能性があり得るんだ」
「もう一つの可能性?」
一体他に何が考えられるというのだろう?
河西本人が自ら進んでこんな映像を取るとも思えないし――他にそれらしい考えも思いつかなかった俺は次の言葉を待った。
すると彼は思いもよらないことを口にした。
「それはね、僕が自ら望んで撮影をしたっていう可能性さ」
「えっ!?」
いやいや、そんなまさか。だって河西さんが自ら撮影を望んだってことは、本当の正体は犯人の仲間ってことに――
そこまで考えると俺は椅子を少しだけずらし、いつでも逃げられるような状況を作った。
「まあまあ、落ち着いて最後まで人の話を聞いておくれよ。僕は確かに自分から撮影を望んだかもしれない。ただ、あくまでもこれは僕の推測に過ぎないのさ」
「推測? 自分で撮ったものなのに推測っていうのはおかしくはないですか?」
「ふふっ、確かに君の言う通りさ。でも、もし僕の記憶から消えていたら話は別じゃないかな?」
「記憶から、消えている?」
一体この人は何を言い出すんだ?
記憶が消えているなんてそんなまさか――
「でも僕は知っていたんだよ、エントランスホールにある、あの扉が地下に続いていると」
「っ!」
確かにそれは俺も疑問に思っていた。
なぜ開けてもいない扉の向こう側が分かるのかと。
ただ同時にもう一つの可能性も見えてくる。
それは河西自体が犯人だという可能性。
もし俺たちをここに閉じ込めた奴らの仲間なら全てを把握していてもおかしくはない。
そう考えれば辻褄も合うが――逆にこうして疑われるリスクを背負ってまで俺に話を持ち掛ける理由も見当たらなかった。
「そこでもう一つ僕が知っていることを教えよう。それはね、この館内に閉じ込められている参加者十一人以外に、もう一人いるってことさ」
「なんだって……?」
三日ほど前に自分が書いている小説を初めの方から読み直したんですが……何とも言えない感じですね。
前に書き直そうと試みたんですがなかなかすべては修正できず、いつかはと考えています(一体いつになるのかな)
ではまた次回!




