record8 住人
――あたたかい。
ふと気付くと、敦司は絨毯のようなものの上でうつ伏せになって倒れていた。
目を開けると、そこには見慣れない光景が広がっていた。
そこは金持ちのお嬢様が住んでそうな、豪華な洋館だった。
記憶をたどるに、後ろから襲われた後のことだろう。
――俺は死んだのか?
頭がぼんやりとする。
ここは館のエントランスホールのようだ。
真正面には大きな扉が一つ見える。
その扉の右側には、よく見ると螺旋階段に隠れるようにして扉がもう一つあった。
螺旋階段は、左右対称に2階へ続くように作られていた。
2階の方へと目をやると、奥へと続く、薄暗い通路が確認できる。
起き上がってみると、ますます館の広さに驚かされる。
天井の高さやそこに描かれている星座の双子座。
そして照明器具なども、シャンデリアや燭台など、どれも古典的なものばかりだった。
周りを見ている時にふと気付いたが、ある一点だけ明らかに異常なところがあった。
それは外と中をつなぐための出入り口がないのだ。
――これが死の世界……豪邸みたいな感じだな……。
変な違和感を抱えながら扉のない壁を見つめていると、背後から突然呼びかけられる。
「やぁ、敦司くん。怪我はないかい?」
――人がいるのかっ!?
そう思い、敦司は振り返りながらも声の主と対峙するように構える。
階段を下りてくるのはさっきの声の持ち主だろう。
高級そうなスーツに身を包んだ彼は、まるでこの館の持ち主を思わせるような人だった。
その男性は、階段を下りきると敦司に軽く会釈をしてこう切り出した。
「自己紹介は……したほうがいいのかな、敦司くん?」
男性は微笑を浮かべ続けていた。
おそらく本人には悪気がないのだろうが、その笑みは他人を不安にさせるようなものだった。
――自己紹介もなにも、初めて会うのだから当然のことじゃないのか……?
名前を知られているところも正直気になってはいたが、とりあえず指示通りに答えていこうと敦司は心に決める。
「どこかでお会いしましたっけ? できれば名前だけでも教えてほしいですね」
「これは失礼、僕の顔を見れば誰だかわかると思ったものでね」
そこでようやく、敦司はハッと気付かされる。
よく見れば知らない人はいないというくらいに、彼は有名な人だった。
若くして社長となり、世間に名を知らしめるほどに会社を成長させた、あの河西グループの社長「河西行人」だ。
「君は今、いろんな疑問をもっているんじゃないかな?例えば……」
河西は淡々とした口調で喋り続ける。
「ここは死の世界ではないか、なぜ僕が名前を知っているのか、などかな……?」
さっきまで自分が思っていたことを、いとも簡単に当てていく河西。
そんな彼を見て敦司はぞっとした。
なんて言えばいいのかもわからず黙ったままでいると、河西がまた口を開く。
「でも安心してくれていい。君は死んでいないし、僕が名前を知っている理由だってすぐに分かるから。だから僕のことを信頼して、これから話すことを聞いてほしい」
――この人は何を言っているのだろう。
安心しろだの信頼しろだの……そんなことできるはずがない。
先ほどから話を聞いていて安心できる要素や信頼できるところなどないに等しかった。
そう思いながらも敦司はおとなしく河西が話すことを聞いていた。
「君もすでに気付いているようだけど、この館には出入り口や外に通じる窓はないんだ。君も、同じく僕たちも、閉じ込められてしまったということだよ。つまり僕達は協力をして、ここから脱出する方法を探さなきゃいけないわけさ」
――僕達? ということは、自分達以外にもまだいるってことなのか?
自然と和奏のことが頭の中を過る。
「僕達は君と仲良くやっていこうと思うんだけど、君はどうなのかな?」
正直、無理だと敦司は思った。
現状を全く把握し切れていない状況で仲良くやっていこうと言われても、素直に頷けるわけがない。
それに、敦司にとっては河西の語りかけが脅迫にしか思えなかった。
仲良くやっていけないようなら、殺す、というように――。
この場をどう切り抜けようかと考えている敦司を、河西は依然としてじっと見つめていた。
「ユキ様ぁぁぁーーー!! それじゃあまるっきりダメじゃないですかぁ!!」
緊迫した空気の中、突如響いた場違いな声。
その声を聞いた途端、河西はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
声がしたほうを見てみると、若い女性が階段を駆け下りてきた。
二十代前半だろうか、髪はショートで、赤と黒で綺麗に施された、ドレスのようなものを身に纏っていた。
丈はかなり短く、中が見えてしまうんじゃないかと思うほどだった。
改めて顔を見て『可愛い人だな』と敦司は思った。彼女は敦司達のところまで来ると、勢いを殺すことができなかったのかそのまま河西へと突っ込んだ。