record75 残された証拠
人は不安に駆られると心のよりどころを求めるようになる。
それは動物の本能として、意図せずに行動に移してしまうものだ。
ただその時間に意味がなされるのか、行動自体に理があるのかと問われれば絶対に必要だとは言い切れない。
けれど、不安や焦燥を持ったまま正常にいられるのは難しい。
ふとしたことで思い出し、過去を振り返ろうとしてしまう。
果たして悩んでいることにケリをつけた方がいいのか、それとも抱え続けて考えないようにした方がいいのか、どちらが正しいのか?
それは誰にも決められないように感じる。
――俺が……芹沢くんを殺したのか……?
敦司は結局、あの会議の後からずっと自分の部屋で一人悩み続けていた。
あまり考えないようにしていたあの地下での事件のこと。
食堂で言われた笹川の言葉が胸に突き刺さってなかなか忘れられないのだ。
話しかけてきた芹沢が、自分がかかったワイヤーのせいで死んでいく光景も――。
ただこれから先、このことで悩み続けるのも正直どうかと思っていた。
確かに自分は加担をしたのかもしれない、けれど悩み続けてどうにかなるものでもないし、芹沢を殺した本当の犯人は別にいる。
そいつを突き止めない限り死んでいった人たちは報われないと思っていたからだ。
もちろん芹沢に限らず、風間も柚唯も同じだ。
みんな死にたくて死んだわけじゃない、誰かに殺されたのだ。
特に風間と柚唯は帰りたいと言っていた。
なのに――
「はぁ、今は感傷に浸ってる暇なんてないのに……」
何度か結論付けようと考えてはまた同じ考えに辿り着く。
そんなことを続けて数十回目でようやく敦司はベッドから起き上がった。
――もう八時半……約束の時間まで残り三十分か。
会議は真夜が戻ってきたことを合図に笹川の一言で中断となってしまった。
その時から数時間経っているということは、自分はその時間分だけ部屋に籠って悩んでいたことになる。
考えてみただけで相当時間を無駄にしたような気がする。
――このまま悩んでいても仕方がないよな……少し部屋の外に出てみようかな。
ちょっとした気分転換のつもりで敦司は自分の部屋を後にした。
そして辿り着いた先が柚唯の部屋の前だった。
本当は気分転換で外にでも行きたい気分だったが、この館には外に通じる扉はない。
だから身体を動かすという理由で彼女の部屋を調べようと思ったのだ。
既に笹川の調べは行き届いているはずだが、もしかしたらということもある。
部屋に入ってみると先ほどまでは血で汚れていたが今となっては嘘みたいに綺麗になっていた。
手前にはガラスケースが置かれていて中には小物が綺麗に並べられていた。
そして奥には一人にしては少し大きなベッドが置かれており、その上には可愛いぬいぐるみがいくつか並べられていた。
見た感じはどこにでもある普通の女の子の部屋のように思えた。
部屋にはまだ少しだけ、人のぬくもりが残っているような気がした。
ただそれは、今はもうここには居ない人のもの。
――柚唯さん……。
部屋の中腹まで来るとお菓子の包み袋が置かれており、その隣には昨日の夜彼女からもらったものと同じシフォンケーキが置かれていた。
ちょうど二口分ほどなくなっており、おそらく自分に届ける前に柚唯が味見をしたのだろう。
そしてケーキを届けた彼女はその後、何者かに襲われて死んでしまったんだ。
でも彼女は何を勘違いしたのか傷を負いながらも自分に解毒薬を渡しに来た。
それも彼女自身がかかっていた毒を治せる解毒薬を。
――でもなんで柚唯さんはあんなものを持っていたんだ?
議論の初めの方に笹川が言っていたが、彼女が持っていた解毒薬は自身がかかっていた毒を治すものだった。
それも解毒薬はどんな毒を治せるわけでもなく、それに対応したものを用意しなければならない。
だから彼女があの解毒薬を持っているのはどうも腑に落ちなかった。
柚唯さんが自分の命をはってでもあの解毒薬を持ってきた理由。
そこに何かヒントが隠されているのかもしれない。
それさえ見つけることが出来れば、きっと――
「敦司くん、そろそろ約束の九時だよ?」
「ん? あっ、河西さん」
「柚唯ちゃんのことは非常に残念に思っているよ。あの子は本当に優しくていい子だった。一体誰がこんな酷いことをしたんだろうか……」
どこを見ているのか、それとも何かが見えるのか河西は寂しそうな瞳を虚空へと向けていた。
館を仕切るリーダーとして、それなりに彼も責任を感じているのだろうか。
どことなく悲しそうな表情を浮かべているように敦司の目には映った。
「名残惜しいけど、そろそろ僕は食堂へと戻るよ。既にみんなも集まっているみたいだからね、待たせるわけにはいかないよ」
「そうですか、すぐに俺も向かいます」
「そうしてもらえると助かるよ。僕は真夜ちゃんを呼んでから向かうから、先に行っていてもらえるかな」
「はい、分かりました。ではまた、食堂で」
敦司が返事を返すと、河西は一度だけ頷いて部屋を後にした。
河西の姿が見えなくなることを確認すると、敦司はもう一度だけ彼女の部屋へと向き直る。
結局何一つ手掛かりとなるものは見つからなかったが、部屋に籠って一人悩んでいるよりかははるかにマシな時間だった。
それにこの部屋に立ち寄ったせいか、犯人を見つけようと思う気持ちが前よりか強くなったような気がする。
そのおかげで悩んでいる暇はないと、自分に言い聞かせられるような理屈が出来た気がした。
――さてと、声もかかったことだしそろそろ俺も下に降りるか。
悩んでいた気持ちに見切りをつけ、部屋を出ようとしたその時だった。
ちょうど八時になったからなのかどこからか時間を知らせる音が聞こえてきたのだ。
「アラーム音……?」
ただその音の発生源は妙なところから聞こえてきた。
それはベッドのわきに置いてある机の裏から聞こえてきたのだ。
恐らく音からして時計かなにかだが、机の裏に落ちているのはどう考えても不自然だ。
気になった敦司はベッドの脇まで近付くと、音が聞こえてくる辺りの近くの机を動かしてみた。
その行動自体にあまり深い意味はなかったが、どうせなら元あった場所に戻しておこうという思いから動いたのだ。
「この机をもう少し横に動かして、多分手を伸ばせば届くはず……ん?」
机とベッドの隙間から腕を伸ばすと、指先に何か硬いものが当たった。
感触からしてガラス製のようなものに思えた。
でも時計などでガラスを使うものはあまり聞いたことがない。
気になった敦司は指先を器用に使って少しずつ自分の方へと引き寄せると、手でつかんで隙間から引きずり出した。
「こ、これって……」
手にしていたものは小さな小瓶だった。
瓶に貼ってあったと思われるラベルは無理やり引きはがされており、文字の最初と最後の切れ端だけが少しだけ残っていた。
蓋は開いていて、誰かが使ったのか量も少しだけ減っている。
でもなぜこんなものが机の裏に?
それにこの薬品がなんなのか分からないようにラベルを無理やり引きはがした後もある。
これは――誰かが何かを隠そうとしている証拠?
会議が始まる前にこの部屋を調べたのは一人しかいない。
すなわちこんなことが出来る人は限られるはずだ。
敦司は急いで柚唯の部屋から出ると、自分の部屋へと走っていった。
お久しぶりです、と同時に約束の更新日を過ぎてしまい申し訳ございません。
会社の仕事が忙しく、なかなか更新をする時間もなく...(内容が書けていないだけです)
既に追憶のラビリンスも終盤なので、最後までゆったりとお付き合いしてもらえると嬉しいです。
次回の更新も予定は一か月以内考えています。
これからもよろしくお願いします。




