record73 安易な発想
「ごめん、真夜ちゃん。君の推理は確かに筋が通っていて、間違っていることは言っていない。だけど、骨折をしているからといって浩介がボウガンを使えないことにはならないんだ」
「……別に謝らなくてもいいですよ。何か間違っているところがあるなら指摘してください」
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうよ。まず最初に俺が話した現場の状況、風間くんが死んでいたそばにいくつものボウガンが落ちていたっていう部分なんだけど、そこが今回俺が反論しようと思った理由になるんだ」
「それはさっき佐久間さんに話してもらったので知っていますよ。だけどなんでそれが、相原さんが犯人だと言える理由と関係するんですか?」
「関係する理由、それは怪我をしていてもボウガンを扱えることになるからだよ。あの現場から察するに、犯人は既に矢がセットされているボウガンを何個か持っていた可能性があるんだ」
「既に矢がセットされているボウガンを?」
「うん、俺があの現場で見たいくつものボウガン。おそらくあれは矢の再装填をしなくても済むように犯人が最初から用意していたものだと思うんだ。だから犯人は矢を撃った後に次のボウガンを拾い上げて引き金を引くだけで打てる状態にあったということになる。そう考えると腕を怪我している浩介にも犯行は可能になるんだ」
「矢を再装填する必要がないから、ということですか?」
「そうだよ。だから浩介を犯人の該当者から外すことはできない。それに装填時間をなくせばボウガンの弱点となる、次弾の遅さを補うことが出来るんだ。だから犯人は恐らくこの手を使ったと考えられるんだ」
もし一番初めの矢を外しでもしたらあの風間くんのことだろう、次の矢を装填している間に間合いを詰めて接近戦に持ち込むことだろう。
そうなってしまったらきっと勝ち目はない。
だから犯人はそのリスクを考えて最初からいくつものボウガンを用意していたんだ。
でもそこまでしても結局犯人は怪我を負った。
それぐらいに風間くんは最後まで抗ったということになる。
だからその思いに俺らは答えなきゃならない――例えその先に、どれだけ残酷な真実が待ち受けていたとしても。
「素晴らしいよ。さすが、敦司くんだね。僕も同じ理由で相原くんを犯人から外すことはできないと思っていたんだよ」
「別に俺はお前に褒められるために答えたわけじゃない。俺は、真実を知りたいだけなんだ」
「真実だって?」
「そうだ! 誰が風間くんを殺して、芹沢さん、それに柚唯さんを殺したのか……俺たちは生き残った者として、その真実を暴く義務がある! だから推理には少しのずれも許されないんだ。そう思ったから意見を言っただけだ!」
「あぁ、そういうことね……でもさ、そうむきにならなくてもいいんじゃない? それよりさ、もっと推理を楽しもうじゃないか。一生に一度しか味わえない、素晴らしい機会をさ!」
「そういっていられるのも今のうちだけだ。そのうちお前が犯人だってことをみんなの前で証明してやる!」
「だから僕は犯人じゃないって……何度言えば信じてくれるの? それに証明するって言っても敦司くんはこれ以上どうやって樹くんを殺した犯人を見つけるって言うのさ」
「そ、それは……」
そこを突かれると言葉を濁すほかなかった。
犯行が行われた時間帯が深夜のせいでほとんどの人にアリバイもない、その中で風間を殺した犯人を絞り込むことは正直難しかった。
だからといってここで諦めるのは納得がいかない。
そんな思いの中、沈黙が続くと再び笹川が口を開いた。
「じゃあさ、こんなのはどうかな? お互いが傷跡を調べる、とか」
「傷跡を調べる?」
「そうだよ、現時点で決まっているのは犯人が怪我をしているというところだよね。それはもうみんなが認めたんだからさ。だったら真夜ちゃんは久遠さんと和奏ちゃん、敦司くんは僕と河西さんに傷がないかを調べればいいんじゃないかな? それでここの誰にも傷がないなら、残っている二人のうちの浩介くんか佳奈ちゃんのどちらに犯人を絞り込むことができるんじゃない? そう考えたりはしなかったの?」
なんでこんな簡単なことに気付かないの?とでも言うかのように笹川は喉の奥でからからと笑った。
でも確かに彼の通り、自分たちは現状を整理することにこだわりすぎてもっと根本的なところを見落としていた。
どこを怪我しているかなど以前の問題に傷があるかを一人ひとり探せば見つかることなのだ。
でも敦司には腑に落ちないところもあった。
それは笹川の言うことに筋が通っていないとか、そういう論理的なものではなくもっと心理的な、人の心の問題だ。
「笹川……どうして、なんで突然助言をしようと思ったんだよ。さっきまで俺のことを追い詰めていたのに、心変わりでもしたつもりなのか?」
「ん? 僕が心変わりをしたって? 悪いけどそんなつもりはさらさらないよ。ただヒントをあげた方が盛り上がると思ったからそうしたまでだよ。ただそれだけの理由さ」
「じゃあ今までやってきた演技もすべて盛り上げるためにやってたっていうのかよ! あくまで自分が犯人かの様に見せかけていたのも演技の一環って言いたいのか!?」
「いや、それは違うよ。僕は危機的状況に置かれた時の人間の表情と行動を見たかっただけだよ。ほら、柚唯ちゃんだってあんないい死に方をしてくれただろう? あれはもう歓喜せずにはいられないよ! だからあれは演技でもなんでもなく、僕の心からの行動だってことだよ! あぁ、でもせめて樹くんの死ぬところは見たかったなぁ」
「お前、いい加減に――」
笹川の言葉を聞いていて今まで我慢してきた何かが自分の中で抑えきれなくなるのを感じる。
自分を馬鹿にしたり、この状況を楽しむのはまだ許せたとしても死んでいった人たちを馬鹿にするような言葉は許せない!
椅子から立ち上がると敦司は笹川との距離を詰めて胸倉をぐっと掴むと拳を振り上げた。
そして当たるか当たらないかのタイミングで河西が割って入ってくる。
「敦司くん! 今はこんなことをしている場合じゃないよ! 彼の言葉を真に受けてはいけない。それに樹くんを殺した犯人を絞るには最適な方法を述べていることは事実なんだ。まずはそれについて話し合おう。それからでも遅くはないと思うよ?」
笹川から自分を引き離した後に河西はそう言ってきた。
でも確かにこの状況で仲間割れをしている時間なんて自分たちにはない。
今はみんなで協力してこの中の犯人を捜さなくてはいけないんだ。
そんな思いのなか敦司は振り上げたこぶしを静かに下した。
それにこの事件が片付いてから笹川を殴ってもおそくはない。
そう考えることでどうにか自分の中の怒りを静めたのだ。
「分かってくれて助かるよ。今ここで僕たちが争ったら犯人の思惑通りになってしまうからね。じゃあ一度仕切り直しということで、僕から一つ翔くんへ質問をしてもいいかな?」
「なんでしょうか? 僕の知っている範囲なら何でもお答えしますよ?」
「じゃあ遠慮なく、まあこのことは最初からずっと気になっていたんだけど亮太くんは何処に行ったのかな? 姿も見えないし、みんなの話題の中にも亮太くんの名前は一切出てこなかったしね。もしかして何か知っているのかと思って」
「亮太くん……あぁ、そういえば忘れていましたよ。確かに、亮太くんはどうしたんでしょうかね? 誰か、知っている方はいるんでしょうか?」
河西の疑問に笹川も同調するように話題に乗っかってくる。
そういえば……
真夜には亮太が死んでしまったことを話したがこの二人にはまだだったのだ。
だから二人が疑問に思っていても何らおかしなところはない。
「それなら、俺が説明します。真夜ちゃんにはさっき話したんですがお二方にはまだでしたね。では話しますね、今から二時間前に起こったあの地下での出来事のことを」
あの嫌な記憶をもう一度呼び覚まし、今話そうと心に決めた時――
笹川がすっと手を上げて静止の合図を出した。
「ちょっと待ってくれないかな。話を聞かせてくれるのはありがたいのだけれど樹くんを殺した犯人もすぐに見つけたい、ここで話している間にまた事件が起きてしまっても困るからね。だから既に話を聞いている真夜ちゃんは上の階に行って久遠さんの精神状態の確認と和奏ちゃんの具合を診ることを先にしてくれないかな。その間にこちらも話を聞いて傷の確認をお互い済ませておくからさ」
「…………」
聞こえていないのか、もしくは聞こえているのに無視をしているのか真夜は少しも動こうとしなかった。
恐らくこの現状から察するに彼女が動かない理由は後者の方だ。
真夜は笹川が何かを企んでいると考えているのだろう。
「真夜ちゃん、悪いけど頼むよ。こっちは大丈夫だからさ」
でも敦司の心の中では和奏の安否と樹を殺した犯人の方が気にかかっていた。
その思いから敦司は真夜がこの場を離れることが妥当だと踏んだ。
自分の言葉を聞いた彼女は少し間を置いた後「すぐに戻ります」と一言残すと食堂を後にした。
何か不都合でもあるのか、笹川の案によって真夜は議論から追い出されてしまう。
その影響で今後の話にも支障が出てしまうのか!
と、ここで今回も作者の新着状況です。
仕事が始まり段々と忙しくなり、執筆も時間の暇を見つけては書く感じになり今後の更新は安定しないかもしれませんがご了承ください、というお知らせです。
ちなみに次の更新予定は4/21です。
もしかすると時間の関係で4/22の更新になるかもしれません。




