record70 推理パート(2)
それは――
「明るさですよ」
「明るさ?」
「そうです。考えてみればこの異変にもっと早く気付いていれば写真が偽物だともっと前に断定できたんです。よく思い出してみてください、青木さんはあの時こう言いましたよね」
『私、実はあの時あの場所にいたのよ。あなたのことをエントランスホールの二階から見ていたの。見てもらえれば分かるけどこの通り、周りが明るいおかげではっきりと映ってるわ』
「青木さんが言ったこの言葉が本当なら写真は二階から撮られているはずなんです。そして周りが明るいおかげではっきりと映っている……でもよく考えてみると、あるものを焚かない限り、この薄暗い館の中でははっきり映すことなんて不可能なんですよ」
「あるものを焚かない限りとは一体何のことなんだい?」
何が言いたいのか分からないと顔をしかめる河西。
それとは正反対に、真夜は何かを閃いたのかゆっくりと口を開いた。
「もしかして、佐久間さんが言っているあるものってフラッシュのことですか?」
「正解だよ、真夜ちゃん。俺は少なくともそう思っているんだ。あそこまで鮮明に写すためにはあの写真みたいに周りを明るくしなくてはいけないと思う。だからフラッシュは必須なんだ」
「確かに、敦司くんが言う通りこの館は全体的に暗いからフラッシュがなければあんな写真は撮れないかもしれないね。だけどそれが、佳奈ちゃんが写真を撮ってないという証拠とどう関係するんだい?」
「じゃあ逆に俺から質問させてもらいますよ。もし河西さんが写真を撮られた側だとして、いくら上からこっそり撮られたものだといっても、フラッシュまで焚かれたらさすがに気付くと思いませんか?」
「それは……気付くだろうね」
「俺もそう思うんですよ。もし本当にとられていたら俺も気付くと思うんです。だから青木さんは写真を撮ったといっているけれど、それは嘘だと思ったんです。だからあの写真は、作り物なんです!」
あの時は周りに照明器具になるようなものは何もなかった。
そして一番初めにこの館に来たときから全体的に、もちろんエントランスホールも薄暗かった。
だからあの場で自分と樹の写真を撮るには何か明かりとなるものが必ずと言っていいほど必要なはずだった。
それが使われていないということはあの写真は偽物ということになる。
初めは納得がいかないという表情をしていた河西も、自分が話す内容に納得をしてくれたのか謝罪を述べた。
「そうだね。疑って悪かったよ。敦司くんの言う通り、あの写真を撮ることは不可能、よって偽物だということになるね。反論してしまってすまないね」
「別に構いませんよ。俺が一番憎いのは、殺しを楽しんでいる犯人ですから!」
そう言うと敦司は食堂の真ん中で座っている笹川を睨んだ。
すると彼は不思議そうな顔でこちらを見返してくる。
「なんでそこで僕のことを睨むのかな?」
「お前はずっとこの会話を楽しむように聞いている。そしてこの推理をしようと言い始めたのも笹川、お前だからだよ!」
「おぉ、怖い……でもね、みんなでこうやって話し合わないと犯人を捕まえることはできないと思うんだよ。そうでしょう、佐久間 敦司くん?」
「っ!」
狂ったように笑うと笹川はゆっくりと名前を呼んできた。
まるで捕まえられるものなら捕まえてみろとでもいうように――。
そんな彼に対して敦司は舌打ちで返した。
それが今自分にできる、一番の抵抗だったからだ。
「落ち着いた方がいいよ、敦司くん。それに翔くんも挑発するような言い方はやめた方がいい。今は犯人を突き止めるのが先だと僕は思うんだよ」
「そうですね、私もそれが一番の優先事項だと思います。佐久間さん、あんな人は無視するに限ります」
今更河西に言われてもあまり説得力がなかったが、真夜に言われて仕方なしに敦司は笹川から視線を反らした。
「じゃあ話の続きといくよ。実はもう一つ敦司くんに聞きたいことがあるんだけど、樹くんが殺害された現場に何か証拠となるようなものがなかったかい? どんな些細なことでもいいから何かあれば言ってほしいんだけど」
「証拠、ですか……」
河西に聞かれて敦司はあのエントランスホールの情景を思い浮かべた。
そこで思い出したのが樹が右手に持っていた、あの白い紙のことだった。
「そうだ、そういえば風間くんは誰からか送られてきた手紙を持っていたんです。血で汚れて所々読めなかったんですが、そこにはあの地下への扉の暗号の答えも記されていた。きっと誰か後ろで操っていた人が居たのかもしれません」
「ふむ、そう考えると彼は犯人が作った手紙で誘導させられてエントランスホールで殺されたか、あるいは協力者がいてその通りに動いている最中に犯人にバレてしまい殺害されてしまったのか……そのどちらかだろうね」
敦司の証言をもとに推理をしていく河西だったが、それを無意味というかのように笹川はせせらと笑った。
「そんなのが分かったところでどうにもならないと思うけどね。既に死人が出ているんだからその協力者だって殺されてしまっている可能性だってある。それに手紙を書いていたやつが犯人だとわかったところでどうだというんだよ」
「お前……何が言いたいんだよ!」
「あぁ、感情を露にする君の姿! 実に美しいよ!! 僕が憎くて仕方ないという、隠しようのない感情が見えるようだ!!」
怒りを露にする敦司を無視して笹川は自分の世界へとのめり込んでいた。
椅子から立ち上がり歓喜する彼を見ていると不気味を通り越して、狂気に近くなってくる。
正直、同じ人間とも思えない。
いや、思いたくもない。
そう思いながらも今にも殴りかかろうとしていた自分をどうにか抑え込んだ。
「とりあえず樹くんの後ろに誰かが居たということは分かったよ。それで、他には何か気になるところとかあったかな?」
「他に、ですか……?」
他におかしなところがあったとすれば、地下への扉が開いていたことと、沢山のボウガンが床に落ちていたことくらい。
それと携帯を握っていたところぐらいだろうか。
でもこれは既に話してあるし、大したことでもなさそうだ。
他にあるとすれば――
「階段についていた、血……」
「階段についていた血? それがどうかしたのかな?」
「そうだ、階段に点々としてついていた血です! 俺が風間くんが死んでいるのを目撃してエントランスホールへと降りた時は階段に血なんてついてなかった。でも戻ろうとしたときは階段に血がぽつぽつと垂れていたんです」
「確かにそれはおかしいね。初めはなかった血痕が後になって付着していた。そう考えると犯人は樹くんとの戦闘で怪我をしていて敦司くんの目を盗んで戻るときに血痕が垂れて階段に残ってしまったのかもしれないね」
「私も佐久間さんの話を聞いている限りそう思いますね。犯人はどこか、例えば階段の裏に身を潜めていて佐久間さんが降りてきた後にすれ違いで階段を使って上の階へと戻っていった。そう考えると、私たちが襲撃を受けたのも理由が付きます。私はあの時廊下から誰かに呼ばれて外に出たんです。きっとあれは犯人がそう仕組んだんです。それで私と佐久間さんを合わせた後に襲撃した、そう考えられますね」
最初に河西、次に真夜の推理を聞いて敦司は納得をした。
確かにそう考えればあの血痕が階段に付着していたのも理由がつくし、自分たちがあそこで襲われたのも納得がいく。
それに樹を相手にしたらどんな相手でも少しの怪我くらいは負いそうだ。
そう思ったのだ。
でも一つだけ引っかかる点があった。
それは敦司が階段が見える位置にずっといたことだった。
誰かがそこを通れば絶対に見えると思っていたんだが――もしかしたら自分がショック状態に陥っていて気付かなかっただけかもしれない。
そんなことを考えていた敦司だったが、次に発せられた河西の言葉に思考が停止することになる。
「――僕はもう犯人が分かったよ」
「えっ、それは本当ですか!?」
「うん、ただそれを証明するにはみんなの協力が不可欠になるけどね」
そう言うと河西は席を立ち上がり敦司の元へゆっくりと歩み寄ってきた。
次回の更新は3/20の予定です。