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追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
第九章 崩壊へのカウントダウン
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recode66 死のトラップ

何処か遠くのほうから人の叫び声が聞こえる。

意識がはっきりしていないせいか、しっかりと聞き取れない。


「……し! や……きろ……早くしろ!」


ただ断片的には頭の中に入ってくる。

必死に叫ぶ声はだんだんと敦司を眠りから引き戻していく。


――どうしたって言うんだ……一体何があったんだ?


眠い目を擦りながらも身体をゆっくりと起こしていく。

そして目の前の現状を目の当たりにした時、眠気などすぐに忘れることになる。


「ど、どうなってんだよ……」


俺はまだ夢の中にいるのか?

そう思いたくなるほど、現実とはかけ離れた光景だった。

和奏と亮太は壁に括り付けられていて、その前には少しずつ距離を詰めていく回転刃がレールの上を動いていたのだ。


「おい、敦司!! 早くこれをどうにかしてくれ!! 俺はこんなところで死にたくない!!」

「うぅ……あっくん……」


未だに状況が掴めていない敦司に向かって助けを請う二人の言葉が耳に入ってくる。

それだけでこれが夢ではないと自覚するには十分だった。

我に返った敦司は急いで立ち上がると、周りに何か物がないかあたりを見渡す。

それでフェンスにある接合部分に衝撃をあたえようと考えたのだが、いくら探しても見当たらなかった。


「敦司! 何をぼけっとしてるんだよ!! 早くこっちに来てこの機械をどうにか止めてくれよ! このまま見殺しにする気なのか、お前は!!」

「あ、あぁ! 待ってろ、今すぐ助ける!」


亮太に怒鳴られて何かを探している暇などないと感じた敦司はフェンスと距離をとると力いっぱいに体当たりを食らわす。


「っ!」


だが返ってきたのはガシャンという音だけで敦司と二人を隔てるフェンスにはびくともしなかった。

それどころかぶつかったときの衝撃をフェンスが吸収していないせいか、衝撃の反動が全て戻ってくる。

そのせいで腹部の傷がズキズキと痛みだす。

その後も何度か試しては見るが敦司自身の体力が削られていくだけで全く開く気配はなかった。


「はぁはぁ……なんで、どうして開かないんだよ……」


腹の辺りを手で押さえながらも敦司はフェンスを睨み続けた。

確かに怪我をしているせいでいつものように最大限の力を出し切れていないのは自分でもなんとなく感じ取れていた。

でも目の前にあるのはそこまで硬そうな壁でもないのだ。

ただの薄い鉄製のフェンスだ。

蹴りを当てただけでも壊れそうなものに全体重をかけた突進を食らわせているのだから壊れてもおかしくないはず、それなのに――


「なにやってるんだよ! そんな壁なんてすぐに壊れるだろ! 早くしろよ!!」

「そんなの……わかって、るよ……」


焦りと恐怖の入り混じった声を上げる亮太の声を聞きながらも敦司はただ呆然とその場に立っているだけだった。

二人の命がかかっているのだからどうにかして助けようと思っていたが自分にできることなど、とうにやりつくしていたからだ。

もうろくに体力もあまってない自分がフェンスを壊そうとしてもたかが知れている。

それに誰かの助けを呼ぼうにももう時間がない。

既に手は尽きていた。

そんな自分に嫌気が差してくる。

でもどんなに考えても二人を助ける方法など思い浮かばなかった。


「ごめん……ごめんな。今の俺には二人とも救うなんてことはできないみたいだ」


もっと頭が良くてもっと自分に力があれば何か別の打開策を思いついただろうか。

そんなことを考えると自分の無力さに腹が立つ。

でも今更悔やんでももうどうしようもないことぐらいは分かっていた。


――くそっ……俺にはこの道しか思いつかないんだ。


ぐっとこぶしを握ると震える手で振りかぶる。

そして目の前にある赤いボタン目掛けて腕を振り下ろした。

それからは本当に時が止まってしまったのではないかと思うほど静かだった。

さっきまで悲鳴を上げていた二人の声も今となっては聞こえてこないし、回転刃が周るたびに出していた耳をつんざくような音も止まっていた。

その中で自分の心臓の音だけがやけにうるさく聞こえてくる。


「た、助かったのか?」


その沈黙の中、一番初めに口をひらいたのは亮太だった。

放心状態にあった敦司はその声のおかげでどうにか意識を取り戻すことができた。

ただ意識があるだけで目の前の現実に視線を向けるほど勇気はなかった。

彼の声が自分に聞こえているということは――もちろんそういうことになる。

現実を目の当たりにしなくても敦司には大体予測はついていた。


「おい、敦司! しっかりしろよ! どうしたんだよ!」


ジャリジャリと鎖が地面をする音と亮太の声が混ざって部屋の中を反響する。

おそらく拘束から抜け出したいとの意思表示で緩く固定されているほうの足を動かしているのだろう。

けれど今の敦司には相手をする暇も、返事を返す余裕もなかった。


「なあ、そういえば和奏の声が聞こえてこないがどうしたんだ? さっきまで横で叫んでたよな? あいつは無事なんだよな?」

「…………」

「俺からだと首が回らないせいでよくみえないんだ。もしかしてもう助けたのか?」

「…………」


一番考えたくなかったことを亮太は口にしていく。

そんなのどうなったかなんて見なくても分かる。

あのボタンの上にはどちらか一方しか助からないと書かれていたんだ。

だから亮太が生きているということは、逆に言えば和奏はもうこの世にはいない。

それに和奏の性格ならこれだけ話していればもうとっくに会話に入ってきているはずだ。

その声が未だに聞こえてこないってことは、彼女は喋れる状態にないということになる。

それがどんな意味を示すのか敦司には痛いほど分かっていた。

だからせめても彼女に失礼の無いようにしたかった。

今の自分ができる唯一のことと、それは現実から目を背けないことくらいだ。


「和奏、許してくれ……」


ゆっくりと顔を上げた敦司はフェンスの向こう側の現実を目の当たりにした。

そこには横にいるはずの和奏を必死に確認しようとする亮太とぐったりと頭を垂れている彼女の姿があった。

本来なら倒れるはずであろう彼女の身体は、壁に括り付けられているせいで前のめりの体勢で無理やり立たされている状態になっていた。

けれど一つだけ不可解な点があった。

それは――


「どこも怪我をしていない……?」


和奏の身体には外傷と思われるところが見られなかったのだ。

遠巻きから見ているせいで自分には見えないだけとも思ったが、本来なら回転刃が死因になっているはずなのだから生きているか死んでいるかなんて一目見れば分かるはずなのだ。


――もしかして、まだ生きているのか!?


血痕すらついていないとなると恐怖からただ気絶しているとも考えられる。

そんな微かな希望が敦司の気持ちを動かした。


「おい、さっきからどうしたっていうんだよ……もう何でもいいから先にこの拘束を解いてからにしてくれないか?」

「あぁ、すまん。今そっちに行くから待っててくれ」


先に和奏の生死を確認したい気持ちもあったが、亮太を無視するわけにもいかない。

それにどの道向こう側に行かなければ話しにならない。


「でもどこから入ればいいんだ?」


フェンスの入り口付近まで歩いていき敦司はそこで立ち止まっていた。

見た感じはここ以外あの二人のところへいくでは入り口はなかった。

そうなるとやっぱりここをこじ開けていくしかなさそうだが――


「さっきも言ったがそんな薄いフェンスなんて蹴ってあければいいじゃないか?」

「いや、それが見た目とは裏腹に結構丈夫なんだ」


そう言いながらも亮太に見えるようにこぶしを作り入り口となる部分を軽く叩いた。

するとさっきまでどんな衝撃を与えても開かなかったフェンスがいとも簡単に開いていく。


「えっ!? ど、どうしてこんな簡単に――」


あそこまで頑なに開かなかったものがなぜ今はこうも簡単に開くんだ?

もしかして犯人がこうなるように直接仕向けた……いや、でもそんなことは不可能だ。

ざっと見た感じフェンスの付近には仕掛けみたいなものはなく細工はできそうになかった。


「なあ、そんなのは後でいいから早くこれを外してくれないか?」

「そ、そうだな。分かった、今行くよ」


イライラした口調で促してくる亮太に返事をしながらも敦司はフェンスの入口へと足を向ける。


「しっかしあいつ……絶対に許さないぞ! こんな目に合わせやがって……」

「ん? あいつって誰のことだ? まさかこれをやった犯人のことか?」

「そうだよ。俺への腹いせかは分からないけどきっと仕返しのつもりなんだろうな。こんなことになるんだったらお前なんて助けるんじゃなかった」

「えっ、俺を助けたから? それってもしかして犯人って疑われていたところを芹沢くんが助けてくれた時のことを言ってるんだよね?」

「あぁ、そうだよ。ただ前にも言ったが別に助けたわけじゃないけどな。だってあの時――」


プツッ! 亮太が喋りかけたと同時にそんな音が足元から聞こえたような気がした。

正確には何かが足に引っかかったような感じがしてから微かにそんな音がしたのだ。

この時、亮太の口から出てくる言葉で犯人が分かると思っていた敦司は一言も聞き漏らすまいと全神経を彼へと向けていた。

そのせいで注意力が散漫になっていたのかもしれない。

ただそのおかげですぐに分かったこともあった。

それは目の前で一瞬にしてトラップに命を刈り取られていく彼の様だった。

そしてようやく理解が追い付いた頃に敦司が目にしたのは、芹沢亮太という一人の変わり果てた姿だった。

いつもお読みいただきありがとうございます!

今日は節分の日ですね。

鬼は外、福は内……鬼に絡まれないためにももう外出はできませんね。

なので自分は家でゆっくりと小説の続きを。

また次回もよろしくお願いします。

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