record64 過ち
後は少し力を入れるだけ――
「うわぁぁああああ!」
そのまま敦司は叫ぶと右手を勢いよく横に振り、握っていた銃を投げ捨てた。
それからぶるっ、と身震いをすると、ようやく自分がやろうとしていたことが遅れて実感できる。
今、俺は柚唯さんを殺そうとしたんだ。
視線を落とすと手にはびっしりと汗をかいていて、足の震えが止まらず立っていることすらもままならないほどだった。
「お、俺は……柚唯さん、信じてください。俺はあなたを殺そうとなんて思ってないんです」
崩れるように膝を床につくと怯える目の前の彼女にそう訴えかけた。
今さっきまで殺そうとしていた相手にこんなことを言うのはおかしいに決まってる。
信じてもらえるはずもない。
だけどこんなことしか言えなかった。
今の自分はどうにかしてる。それは自分が一番理解できた。
「なんでか……自分でもわからないんです……すみません、柚唯さん。本当に、すみません」
床をじっと見つめながらも淡々と謝罪の言葉を吐き続けた。
意識がないような、この館に全身を蝕まれていくような感覚に襲われたのだ。
そして気付いたら柚唯を殺そうとする自分がいた。
「――敦司くん?」
そんな敦司に対して柚唯はそっと名前を呼ぶ。
「私、敦司くんを信じるよ。樹くんを殺したのも敦司くんじゃないって信じてるから」
「柚唯さん、それ本気で言ってるんですか? だって俺、今あなたを殺そうとしたんですよ? 俺が怖くないんですか?」
「それは……本当のことを言ったら怖いけど」
「じゃあそれは信じてないってことじゃないですか!」
「それは違うよ。本当に信じてるよ。だって疑いあったらキリがないから」
「そんな、綺麗ごとですよ! だって俺は……いま、ほんとうに柚唯さんを……」
もっときつい言葉が返ってくると思っていたが、柚唯からは敦司を想う言葉しか出てこなかった。
そのことに、何とも言えないもやもやした気持ちが敦司を苛立たせた。
それでも柚唯は責めるわけでもなくもう一度優しく名前を呼んでくれる。
「敦司くん、それでもあなたは結局私を殺さなかった。思い留まって銃を捨ててくれた。それにね、今までの敦司くんを見てきたから信じられるんだよ」
「えっ……?」
今までの俺ってどういうことだ?
「だって俺は樹を殺した犯人だってついさっきまで疑われていたんですよ。それが今までの俺なのに……どこが信用できる人間なんですか?」
「実は数時間前にね、敦司くんが持っていた携帯を見せてもらったの。あの時、佳奈ちゃんに見せろって言われてた樹くんの携帯をね」
柚唯に言われて敦司は急いで自分のポケットの中をまさぐった。
しかし倒れる前に持っていた樹の携帯は見当たらなかった。
そんな敦司の焦る姿を見て、柚唯は言葉を続ける。
「それで私は思ったんだ。あんなに微笑ましい写真を持ち歩いている人が犯人のわけないんじゃないかなって。佳奈ちゃんが見せてきた写真には正直驚いたけど、それも作られたものなのかなって後で思ったんだ」
「じゃあ柚唯さんは、俺が携帯を持ってる理由を察したってことなんですか?」
「えっ、そこまでは分からないけど、だけど敦司くんのことだからきっと何か他に考えがあったのかなって思ってたよ」
「そう、ですか……」
あまり表情に出さないように柚唯に言葉を返したが、正直のところ敦司はものすごく驚いていた。
真夜を除いて館の全員が敵に回っていると思っていたからだ。
けれどこうして俺に会いに来てくれる人もいるのだから、少しは周りを信じてもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら敦司が難しい顔をしていると、何を勘違いしたのか柚唯が慌て始める。
「あっ、でもね、別に私が勝手に見たとかじゃなくてね、河西さんが敦司くんのポケットに何か入ってるって言ってね、そのとき一緒に見ただけで……」
あわあわと手を振る素振りを付けながらも誤解を解こうとする柚唯の姿を見て、少しだけ笑いがこみあげてくる。
なんで本当に、俺はこんな子を殺そうと思ったんだろうか。
どっからどう見ても無害そうな子を。
「分かってますよ。なんとなくそれは予想できます……それより、柚唯さんは俺の部屋に何をしに来たんですか?」
敦司は一瞬謝ろうとも考えたがせっかく明るく振舞おうとしている柚唯に対してそれは失礼だと思い、気になっていたことを聞いてみることにする。
それに自分が殺そうとしたなんてあまり考えたくもなかったからだ。
すると「あっ」と何かを思い出したかのように柚唯が顔を上げる。
「そのことなんだけどね。実は敦司くんを信用する理由、携帯以外にもう一つだけあったんだ」
「もう一つ、ですか?」
「うん、それはね。真夜ちゃんの必死さ、かな」
柚唯はそう言うと、かいつまんで話をしてくれる。
どうやら自分が寝ている間、真夜は必死になって河西やみんなに敦司は犯人ではないことを証明しようとしたらしい。
彼女自身、直接現場には遭遇はしていないものの何者かに襲われて命を狙われそうになって自分のことを庇ってくれたこと。
そして、そのせいで敦司が怪我を負ったことも。
「初めにその話を聞いたときね、敦司くんは自分の身を挺して真夜ちゃんを守ったんだなって思ったんだ。だからあの子はあそこまで敦司くんを信用できるんだなぁって」
「いや、あの時はただ勝手に体が動いただけっていうか、ほんとたまたまで、偶然ですよ」
「それでも凄いなって私は思ったよ。きっと私なら怖くて動けないし……それに羨ましいなって」
「ん? 羨ましい、ですか?」
「えっ、あ、ううん、何でもないよ。ただ本当にすごいなって、そんなことが出来る敦司くんが羨ましいなって思って!」
「あぁ、そういうことですか」
突然羨ましいなんて言うから驚いたが、やっぱり女の子でもそういうところは憧れるものなのだろうか?
まあ、そういうことに関して疎い自分にとっては無縁の話なのだが。
「そういえば、敦司くんの質問の答えにはなってなかったよね。私が敦司くんの部屋に来た理由はね、私がどう思っているかしっかり伝えたくて……佳奈ちゃんが写真をみんなに見せたときに私は真夜ちゃんみたいに味方ができなかったから。それと、怪我の具合は大丈夫なのかなって思って」
そういうと、柚唯は包帯が巻かれている敦司の腹辺りへと視線を移す。
ぱっと見た感じはすごく深い傷にも思えるが、痛みが消えているところからして見た目ほどではない気がする。
それにどちらかといえば軽い切り傷みたいなものだ。
そこまで大騒ぎをするほどの怪我でもない。
ただ柚唯の目にはそうは映らなかったらしく、心底不安そうな顔をしていた。
「あんまり大丈夫そうじゃないよね。ごめんね、部屋に入る前にノックくらいすれば良かったよね」
「いや、そんな見た目ほど酷い怪我でもないので気にしないでください。それに柚唯さんが部屋に入る前に既に俺は起きていましたし」
「でも、私が急に部屋に入ったせいで敦司くんのことを驚かせちゃったみたいだったし」
「それは……俺のほうが柚唯さんの事を驚かせちゃったと思いますけど」
さっき銃を向けてしまったことを思い出すと敦司は申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうだった。
ただ柚唯はもうそれほど気にしていないのか「そうだったね」と小さく笑っていた。
「でもまだ安静にはしておいたほうがいいと思うな。怪我をしてる本人が気付いてないってことも良くあることだから」
「それはそうかもしれませんが俺が眠っている間に何があったかをもっとよく知りたいですし、それに目を覚ましたことを知れば河西さんが寝かせてくれないですよ」
「それなら平気だよ。敦司くんが目を覚ましたって私が言わなければいいことだもん」
「え、あ、えぇ!?」
柚唯の突然の提案に驚いた敦司は言葉にならない言葉を発してしまう。
確かに彼女の言う通り、柚唯が誰にも喋らなければ敦司が目を覚ましたことを誰も知らないことになる。
そうすればゆっくりと休むことはできるが、それはそれで彼女に嘘を言わせているみたいで悪い気しか起きなかった。
「柚唯さんの気持ちは嬉しいですが、さすがにそこまでしてもらうのは気が引けますよ。それじゃなくても俺は柚唯さんに何もできていないのに」
「そんなことないよ。だって敦司くんがこの館にきてから私、変われたんだよ。暗かった頃の私から……」
柚唯はその場で立ち上がると、パンパンとスカートを軽くはたく。
そして敦司のほうへと近寄ると、手を差し伸べてくれた。
「だから感謝してるんだ。敦司くんは私にとって初めての男の子の友達だから」
満面の笑みを浮かべながらも床に座っている敦司へと笑いかけてくれる。
少しの間、敦司は柚唯の手をじっと見つめながらも悩んでいたがここまで言われたら断れるはずもなく、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。
こんなに自分を想ってる子が近くにいてくれたら幸せだろうな。
なんて思いながらも執筆していました。
優しい子がやっぱり一番......。




