record60 ほころび
食堂に入るといつもと同じ席、入り口に一番近い席に腰を下ろした。
周りを見渡すと、不安そうにしている人やこそこそと何かを話し合っている人たちがいた。
――やっぱりみんな、こんなに朝早くに召集をかけられたことを疑問に思っているんだろうな……まあ、眠たそうにしてる人もちらほらいるけど。
自分だって昨日の現場を目撃しないで、こんな風に呼び出されたら何が起きたのかと不安になる。
でも敦司の場合は何が起こったのかをこの目で見ている。
この館の仲間の死を――。
「…………」
そこで敦司はあることにふと気付いた。
今、現時点では既に死体もあの夥しい量の血痕もすべて消えているのだ。
だからおそらく河西はあの現場を目にしていない。
なのになぜ、みんなをここに集める必要があるかだ。
それとも何か他に特別な理由でもあるのだろうか?
――何か嫌な予感がする……。
敦司がそう心の中で感じた瞬間、食堂の扉が開く。
そして柚唯と久遠、翔の三人が中へと入ってくる。
二人が席に着く中、翔だけは河西のところまで歩いていき何かを小声で耳打ちする。
それに対し「分かった。それじゃあ仕方ないね」といつもの声のトーンで返事をすると、河西は席を立ちあがった。
「みんな、朝早くに集まってもらって済まないね。実は聞きたいことがあってこうして集まってもらったんだ」
河西がそういうと、みんなの間にざわめきが起きる。
ようやく理由が聞けるというドキドキする気持ち、でも一体何の話なのかと不安になる思いが混ざり合っているのだろう。
その中で表情一つ変えずに河西が再び口を開く。
「食堂に来る途中に気付いた人もいるかもしれないけど、例の扉が既に開錠されている。僕は今朝起きたときに気付いたんだけどね、誰が開けたのか一応聞いておきたくてね」
河西が最後まで喋り終わらないうちにざわめきが一層大きくなる。
おそらく、そこまで気が回らずに他の人達はこの食堂に来ていたのだろう。
確かに例の扉は階段の裏に隠れていて少し見づらい位置にある。
そのせいであまり目に触れなかったのだろう。
ただこの時、敦司だけは全く別のことを考えていた。
それは扉の開錠をしたのが誰かということだ。
昨日の現場から予測をたてるに開錠をしたのは樹本人だ。
そして開錠後、襲われた。
そう考えるのが一番筋が通っている。
それに前々から樹はずっと元の世界に帰りたがっていたのだから尚更開錠しそうだ。
それはみんなだって知っていることだろうし……。
――ん? みんなが知っている? 風間くんが元の世界に帰りたいと思っていたことを……。
そこまで敦司が考え付いたところで「静粛に」と河西が声をあげる。
「初めはそんなことで朝早くみんなをここに集めるのはどうかと考えたんだ。だけど昨日の夜あんなことがあったからね。一度しっかり話合っておいた方がいいと思ったんだ」
河西がいうあんなこととは、昨日の樹と浩介の言い争いのことを指しているのだろう。
確かにあのまま何も解決せずに解散と言う感じだった。
だから河西なりに樹と浩介を心配していたのだろう。
「僕たちは家族だからね。誰一人欠けてはいけないと思っているよ。だから一度しっかり話し合おうと思ってみんなをここに集めたんだ」
そう言って誰も座っていない席に河西が一瞬だけ視線を向けた。
話し合おうと思ったけれど結局樹は来なかった。
そう言いたかったのかな、と敦司は思った。
「とりあえず今後の方針としては勝手に地下へ行かないようにしてほしい。下の階にはどんな危険が潜んでいるか分からないからね。それ以外はいつも通りに過ごしてもらって構わない。勿論、ハウスルールは厳守だからね。これで僕からの話は以上だよ」
河西のその言葉を最後に、みんなこそこそと喋りながらも席を立ち上がって食堂を出てこうとする。
その中で敦司は本当のことを河西に話そうか迷っていた。
さっきの話を聞いてどうも河西は悪そうな人には思えなかったからだ。
それにすべてを話せばどうにかしてくれるような気がしたからだった。
――でも、ここで話しても信じてもらえるだろうか……そんな突拍子もない話を……。
おそらく答えはノーだろう。
それにメリットとデメリットを天秤にかけても、デメリットの方が大きい。
あんな朝早い時間になぜ現場に居たのかと問われれば、しっかりとした理由を話せる自信がないのだ。
そのせいで疑われるのは避けたかった。
だから敦司はみんなと一緒に知らぬふりをして食堂を出ようと扉に足を進めた。
だが彼のこの決断がこれからの運命を大きく分けるのだった。
「ふーん、あなたはやっぱり隠し通そうとするのね。まだみんなに話そうとするなら信じてあげようかとも考えていたのだけれど、私が甘かったみたいね」
背後からいきなりそう声が聞こえてきたのだ。
それもみんなに聞こえるように――。
当然、部屋に戻ろうとしていた人たちの全員の視線は声がした方へと向いた。
それにならい敦司も反射的に振り向くと、そこにはこちらを睨み返す佳奈の姿があった。
「あなた、佐久間 敦司は風間 樹を殺した犯人よね?」
「なっ!」
何を言ってるんだ、この人は!
正直、始めの感想としてはそれだけしか出て来なかった。
それぐらいに驚き、頭の中も真っ白になった。
それになんの根拠を持ってこの人はそんなことを言ってきているのだろうか……。
まさか朝の言動がおかしかったから?
それとも昨日の現場を見られたのか……いや、そんなはずない。
あの場では自分と真夜、犯人以外は居なかったはず、どうせカマをかけてきているだけだろう。
そう思って反論しようと口を開きかけたとき、河西が自分と佳奈の間に割って入ってくる。
「佳奈ちゃん、いきなりどうしたんだい? 冗談でもそんなことを口にするものじゃないよ。それに敦司くんは何もしていないだろう?」
「河西さんものんきですね。そんなことでよくみんなを守るとか言えますよね」
「何を唐突に言い出すんだい……根拠もなしに人を疑うのは良くないよ。敦司くんだって嫌な気持ちになるし」
そう言いながらも河西はこちらに視線を向けてきた。
それに対して敦司はこくりと頷いた。
絶対にこれは彼女のブラフだ。
だからここで曖昧な返事を返せば逆に疑われる。
そう感じたからだ。
けれどそれにも彼女は全く動じず「根拠、ね……」と小さな声で呟いた。
そして意を決したのか、顔をすっと上げる。
「今朝、私は偶然伊吹さんと高宮さんと出会いみんなを起こして回ることになった……そのとき彼の部屋にも行ったのだけれど、部屋から出てきたときなんだか落ち着かない態度だったわ。それで何か変だと感じ取ったのよ」
そうだったでしょ?と言わんばかりに佳奈が柚唯と久遠の方に同意を求めると、話題を振られると思っていなかったのか柚唯は身体をびくっと震わせた。
久遠は困った表情を作りながらもこちらに視線をちらちらと寄越してくる。
「確かにそうだったけど……だけどそれはたまたまとかじゃないのかな……敦司くんだってそう言ってたし」
「それが騙されているんですよ。犯人が犯人ですって自分から言うと思っているんですか?」
「確かにそうは言わないと思うけど……だけどそれだけで敦司くんを疑うのはどうなのかな……?」
今まで黙っていた柚唯が久遠の隣からそっと顔を出し、小さな声で佳奈に対して反対の意見を出す。
それを聞いた佳奈はやれやれといった感じでため息をつく。
あの感じだと呆れている様子だ。
――やっぱり朝の言動のことをついてくると思ったが、まさか本当にそれだけの理由で風間くんを俺が殺したと思っているのか?
そう敦司が疑問に思うと同時に佳奈が再び口を開いた。
「確かにこれだけの理由なら私だってここまで言わないわ……あなた、その左ポケットに閉まっているものをみんなに見えるように出してくれないかしら?」
「え……?」
唐突に何を言い出すんだ、この人は?
俺は別に、何もポケットの中に入れてなんか……っ!
ポケットの中を弄った瞬間、敦司は自分の体温が急激に下がっていくのが実感できた。
自分からは見えないがおそらくそれが顔にも出ている。
周りの人の視線と一緒に佳奈が勝ち誇ったような顔をこちらに向けているからだ。
新しい章にようやく突入……といったところです。
今回は前に予告した通り早くに更新?したつもりです!(作者の勝手な判断ですが)
話の内容としては、今まで団結して固まっていた住人たちの輪が崩れていく、といった感じです。
隠していたことがばれる時って、ほんとにどきまぎしますよね。
敦司ピンチ!
ということで、また次回。




