record57 白い紙
朝の六時、敦司は昨日何があったのかを真夜に話していた。
これからみんなに説明していく上でも知っておいたほうがいいと思ったからだ。
けれど敦司は言葉を選びながらも慎重に、真夜に現状を伝えていった。
館で一緒に生活をしていた人が死んだと唐突に伝えても現実を受け止めきれないと思ったからだ。
「待ってください、佐久間さん。結局私に会う前に何を見たんですか? 佐久間さんの話じゃそこだけ妙に避けて話しているのでよく分からないんですが……」
「だから、その……それは……」
樹が殺されていた。
その言葉だけを言えばいいのになぜか上手く言葉に出来ずにいた。
昨日あれだけ頭で考えたのに、まだ死んだということが頭で理解できていないのだろうか。
いや、自信はないが一応は出来ているはずだ。
それにやっぱり真夜は知るべきではないと今更ながら思ったのだ。
分からないのなら分からないままでいい。
そう思ったのだ。
敦司がそのまま黙ったままでいると、真夜の方が先に口を開いた。
「あの、別に無理に聞こうとは思いません。でもそこが分からないと、他のみなさんに全ての説明が出来ないんです。私が知っているのは突然何者かによって襲撃されたことくらいですから」
何者かによっての襲撃。
結局、真夜と話し合って誰が命を狙ってきたのか予想をたてようと話し合ったのだが全く分からないままだった。
そもそも自分と真夜を襲うような人物が思い当たらないのだ。
けれど敦司は、自分と真夜が狙われた同機についてだけだったら大方予想はついていた。
それは樹が死んでいる現場を見てしまったからだ。
それを隠すために命を狙ってきたのではないかと考えていた。
だから本当は、危険を知らせるために既に一人死んでいると真夜にも伝えるべきなのだが……。
「真夜ちゃん、俺から話せないことは本当に申し訳ないと思ってる。けど、知らない方がいいと思うんだ。それにどの道、俺が話さなくてもこれから嫌でも知ることになると思うし」
おそらく樹が殺されたのは今日の午前三時前といったところだろう。
それから現在の時間までにエントランスホールにある死体、それに血痕を片付けるのは無理だと考えていた。
だからいずれは真夜だって知ることになる。
けれど今は知ってほしくなかった。
なぜかと聞かれたら答えられないが、それでも今は知ってほしくなかったのだ。
そんな敦司の真剣な表情を見て、真夜は手に持っていたペンを置きながらも目を伏せた。
それから一息置くと、敦司の瞳を見据えてくる。
「……分かりました」
そう一言残すと真夜は、さっきまで何かを書いていた紙を敦司に差し出してくる。
「これが今、私が知っているところまでの現状をまとめたものです。さっき言った通り、誰が私たちを襲ってきたのかまでは分かりません。けれど、佐久間さんから聞いた話を元に推理して分かった部分もあったのでそれをまとめてみました。良ければ役に立ててください」
それだけを言うと部屋の出口へと歩いていく。
敦司はこのままでは現場に真夜が遭遇してしまうと思い止めに入ろうとしたが、真夜はそれを予想していたのか鍵を外しながらも話しかけてくる。
「安心してください、下の階には下りないので。ただちょっと、自分の部屋に用があるので戻るだけです。すぐに戻ってくるので佐久間さんはここで待っていてください」
それだけを言うと、廊下へと出て行ってしまう。
敦司は心配になりすぐに真夜の後を追おうとしたが、その足を止めた。
なぜか今は追ってはいけない様な気がしたからだ。
これに関しても特に理由はなかったが、私意と言えば直感だった。
なんとなくだが、真夜も一人の時間が欲しいのかと思えたからだ。
彼女にだっていろいろと思う節はあると思うし、今は一人にしてあげた方がいいと思ったのだ。
――それより今は、自分が出来ることをしなきゃ……まだやることだって山ほどあるんだ。
敦司は席を立ち上がると、机の上に置いてあるマグカップを片付けながらも扉の方へと歩いていく。
まずは他の住人たちが現場に行かないようにしなくてはいけないと考えたのだ。
住人が死んだという話だけでも衝撃的だというのに、現場まで見てしまったら大変なことになると思ったからだ。
――そうだ、それより真夜ちゃんから貰った紙に書いてあることって……。
気になった敦司は廊下に出る途中、真夜から渡された紙に軽く目を通す。
そこには小さな文字で『第二の扉を開くための暗号の答えの意味』と記されていた。
自分が真夜に教えたことと言えば、樹のことを除いて鍵の開錠の答えが『0・5・2・9・2』だったということと、樹が持っていたメモについてのことだけだ。
それでもし、答えまでの経緯が分かったというなら大したものだ。
――で、答えの意味ってのはなんなんだ?
気になった敦司は、一度立ち止まるとその場で読み始めた。




