record56 家族
「とりあえず俺は身体を一回洗い流してくるから、その間に真夜ちゃんは先に寝てていいよ。続きはまた、明日話そう」
そう言い残すと、真夜に宣言した通りに身体を洗い流すためにシャワー室に入る。
そして鍵を閉めたことを確認すると、服を脱いでから傷口を確認してみることにする。
右のわき腹辺りに一本の長い線みたいな跡があったが、それ以外は特に怪我をしたところは見当たらなかった。
――血は……止まっているみたいだな。
けれど完璧に治っているわけでもないのでシャワーを浴びるのは良くない。
そう思い洗面所においてあるタオルを手に取ると、水で濡らしてから念入りに身体を拭いていく。
水を浴びるほどではないが、自分の身体についている血が落ちることで少しは気が楽になる。
けれど頭の中で繰り返される場面だけは、拭いきれずにいた。
今でも鮮明に樹がエントランスホールでぐったりとしていた光景が思い出せた。
――風間くん、本当に死んじゃたんだよな……。
ふとそんなことが頭の中を過った。
今更になってもまだ信じられない自分がどこかにいた。
今日起きた出来事は、あまりにも非日常的過ぎたのだ。
それに敦司は、樹が負けるなど信じられなかった。
おそらく館の中では一番反射神経がよく、喧嘩に関してならだれにも負けないくらいに強いと思っていた。
あの現場を見ても血の飛び散り方からいって、やすやすとやられたわけではないのは分かる。
だからあの感じだと接近戦までには持ち込めたはずなのだ。
けれど樹は負けた。
何らかの理由で――。
ズキン。続きを考えようとすると頭が痛む。
これ以上は無理して考えない方がいいのだろう。
それじゃなくても状況がつかめずにいるのに余計なことを考えようとすると頭痛が起きるのだ。
――とりあえず、また明日考えることにしよう……。
あらかじめ用意しておいた新しい服に着替えると、敦司はシャワー室を出た。
するとベッドの脇の椅子にちょこんと座っている真夜の姿が一番最初に目に入った。
まだ起きていたのかと、声をかけようとしてそこでようやく敦司はあることに気付いた。
ここは、元々は自分の部屋だ。
そしてその部屋には自分と真夜の二人だけ。
先に寝てもいいといわれても寝られるはずもないし、男性が苦手な真夜なら尚更だろう。
でも今の敦司にとってはそこまで頭が回らないほどに疲れていたし、考えることが多すぎた。
――さぁて、どう説得をするかな。
普段なら真夜に自分の部屋に戻ってもらえばいいのだが、今の時点で部屋の外に出るのは危険だ。
だからどうにかしてこの部屋に真夜を留めておきたかった。
けれど敦司の心配は無駄だったのか、近付くにつれて様子がおかしいことに気付く。
さっきは遠巻きで気付かなかったが、よく見ると頭をうなだれているのだ。
近くに寄って真夜の様子を見てみると、小さい寝息をたてながらも寝ていることが分かった。
やはり疲れているのだろう。
真夜の場合は直接死体を見たわけではないが、あれだけの血を見たら女の子にしては十分ショックが大きかったのではないかと予測ができた。
――こんなところで寝たら風邪をひいちゃうだろ……。
起こさないようにしながらも、そっと真夜を持ち上げるとベッドまで連れていく。
そしてゆっくりとベッドの上に下ろすと、布団をかけてあげる。
そのときに一時的に眠りが浅くなったのか、真夜は軽く寝返りをうちながらも小声でぼそっと呟いた。
「……んぅ……お父、さん……」
「…………」
夢の中で父親にでも会っているのだろうか?
真夜の表情が少しだけだが、緩くなったように見えたのだ。
その時ふと、敦司の頭の中に祖母のことがよぎった。
――家族か……そうだよな、真夜ちゃんにだって元の世界で待っている人達がいるんだよな。
もちろん真夜に限らず、館の住人達一人一人にだって待っている人たちはいる。
もしかしたら今頃、元の世界では自分たちを心配して必死になって探してくれているかもしれない。
そう考えると、なんだか気持ちが少しだけ軽くなった気がした。
自分たちがこの館から出たいと望めば、手を伸ばせばきっと誰かが引き上げてくれる。
そう思えたのだ。
――さて、明日に備えて俺もそろそろ寝るか。
鍵が閉まっているかもう一度確認してから、扉の付近にあったスイッチを操作して部屋の明かりを消す。
その代わりに敦司は小さいライトの明かりをつけると、それを頼りにソファーまでやってきて横になった。
それからゆっくりと目を瞑ると、闇に落ちるかのように深い眠りに落ちた。
なんか前の回をよく見たら話しの区切り方が変だったような...なんて今更思っている作者です。
今回はあまり話が進まず、なんだよ!って思う方も居ると思いますが、次回はまた話が進むのでお許しを!




