record52 死傷者
午前三時ごろピッタリに耳元で電子音が響く。
さすがに起きる時間が早過ぎたせいか、意識はまだ朦朧としていた。
重い体を無理やり起こすと目覚まし時計を止め、顔を洗うために洗面所へと向かう。
冷たい水が顔に当たると少しずつだが意識がはっきりとしていくのが分かる。
「ふーっ、これで風間くんに会えれば俺の考えも上手くいくと思うんだけどな」
タオルで顔を拭きながらも、昨日自分が予測した考えをもう一度整理しておく。
敦司がたてた推測はこうだった。
まず、あのとき樹が話してくれた初めの四人が怪しいという考え、あれは本当に樹自身が考えたのかと敦司には疑問に思えてしょうがなかったのだ。
もし本当に考えていたとしても、それはおそらく後の方だけ。
初めの土台を考えたのは、樹ではない他の誰かではないかと敦司は考えたのだ。
一人であそこまでの考えをたてられるのなら、最初から知恵を貸してほしいと自分に訪ねてくるのはおかしいと思ったからだった。
それにこの推論が正しいとなると昨日の夜、突然帰りたいと言ったことにも納得がいく。
前の日か、当日に急に協力をしていた相手に帰れる方法が見つかったと言われればすぐに行動に移してもおかしくはないだろう。
そしてもしこの敦司の考えがあっているのなら、樹に協力している相手をどうにか突き止めることが出来ればこの館から帰れるのではないかと敦司は考えたのだ。
――やっぱり一度、風間くんとはしっかり話した方がいいよな。
簡単に髪を整えてから、普段着に着替えると廊下へと出る。
そして目的の扉の前まで行くと、出来るだけ小さい音でノックをする。
「あの、少しいいですか……風間くん、館から帰ることに関してお話が合ってきました」
何度かノックを含めて声をかけてみるが扉が開く気配がない。
中でぐっすり眠ってしまっていて声が届いていないのだろうか?
失礼を承知の上でノブを捻ってみるがやはり回らない。
鍵は中から閉められている。
となると、やっぱり朝方もう一度出直すしかない。
敦司は仕方なく部屋に戻ろうと自分の部屋に足を向けた時だった。
「ん?」
エントランスホールの方から、何か生臭い臭いが漂ってくる。
食べ物が腐っているとか、料理を失敗したとかそういう匂いではない。
それにこんな朝早くから食堂を使う人もいないだろう。
――こんな時間にエントランスホールの方で一体何があったんだ?
一階へと降りるための階段に近付いていくたびに、だんだんと匂いがきつくなっていく。
そしてこれ上近付いて見てはいけないと身体が警告を出し始める。
――なんだかすごく嫌な予感がする。けど、見ないといけない様な気がする。
敦司は階段の手前までくると二階から一階を見渡すために顔を出した。
「っ! 風間くん!?」
暗くてよく見えないが、燭台のぼんやりとした明かりがうっすらと顔を照らしていた。
こんな時間に自分が探していた相手がなぜあんなところに居るのだろうか?
訝し気に思いながらも敦司は急いで階段を駆け下りて樹へと駆け寄る。
その時、床を走るたびにぴちゃぴちゃと何かがはじける音が聞こえてくる。
何かと思い床に目を凝らすと、正体は夥しい量の血だった。
「う、うわっ! な、なんでこんなに血が!?」
目を凝らしてよく見てみると、血痕が点々と続いており最後は樹へと続いていた。
「これ、全部風間くんの……ってことは……」
自然に敦司の視線が樹の方へと向いていく。
そこには血を流した張本人、樹が壁際でぐったりとしていた。
左胸には矢が突き刺さっており、おそらくそれが致命傷になって失血性ショックを起こしたのだろう。
樹のそばには既に使われたクロスボウと血に染まって真っ赤になった紙が落ちていた。
「う、うそだろ……風間くん……返事を、してくだ、さいよ」
目の前で人が死んでいる。
しかも昨日までは普通に歩いて、普通に自分と会話をしていて、生きていたのに……それなのに――。
敦司にはすぐには理解できなかった。
それから数十分くらい経っただろうか。
ようやく状況が段々と読み込めてきて頭が回転し始める。
――そうだ、他の人達にも知らせなきゃ!
そう思い来た道を戻ろうと足を踏み出したが、そこで踏みとどまる。
考えてみれば樹を殺した犯人はこの館内に居るのだ。
ということは、これを知らせに行くのは危険ではないだろうか?
もしかしたら自分が犯人と疑われかねない。
そう考えるとみんなに知らせることが出来なくなってしまう。
「それに考えてみれば風間さんを殺した人って……」
考えられる犯人は二人だ。
一人目は浩介だ。
昨日あれだけ言い合ったのだから殺しに来てもおかしくない。
早く帰りたくないから早く帰ろうとするものを殺す。
浩介の場合はこれだけでも十分同機になる。
見ていれば分かるが、元の世界に帰るという話題になると性格が変わるほどだ。
そして考えられる二人目は河西。
ルールを破ろうとした樹を危険視して殺した。
じゃあ次に殺されるのは……?
「……俺だ」
その瞬間、背筋にぞっとするものを覚える。
いや、でも自分の場合は話を聞いていただけだしルールを破ったことにはならないじゃないか?
でも一緒に居ただけでもルールに反したことになるのだろうか?
いろんな考えが頭の中を交錯する。
そして敦司はとりあえず周りを調べてみることに決めた。
「ん? そういえば何か右手に持ってるな」
そっと樹に近付くと、手を合わせてからその何かを自分の方へと引き寄せる。
「これは……」
画面を見ただけで樹の隣に映っているのは彼女だとなんとなく分かった。
敦司はその携帯を自分のポケットにしまうと、樹に向き直る。
「この携帯、少しの間預かりますね。きっと彼女の元へ届けますから」
せめても遺品として元の世界に持ち帰れれば、少しは樹の心が安らぐかと考えた敦司なりの配慮だった。
「ん、まだ何か持ってるな……」
それは白い紙だった。
そこには始めの四人が怪しいから気を付けろと促す言葉と、地下へと続く扉の暗号が記されていた。
そして最後のところには『二枚目へ続く』と記されていた。
「これって……ってことは、こっちの紙はもしかして!」
血だまりに浮いている紙を急いで拾い上げると敦司は破らないようにそっと広げる。
「地下……それを……時間で……変える?」
ところどころ読めるところはあるが、長い間血につかりすぎたせいか文字はほとんど読めなかった。
ただこれで分かったことが何個かある。
それはやっぱり敦司の推測通り、樹の後ろには協力者がいたということだ。
そしてその協力者はこの館内に居て、既に全ての謎を解き明かしている。
もしくは、自分たちを捕まえてきた連中の仕業とも考えられた。
――いや、でもそう考えるとあの開かない部屋の持ち主、十二人目という可能性もあるわけか。
考えれば考えるほど色々な可能性が出てくる。
わけがわからなくなりそうになり、敦司は一旦考えるのをやめて扉の方へと向かってみる。
思えば、この扉は自分が一階に降りてきたときには既に開いていた。
そう考えるとここの謎が解けているわけだが……。
「なんで、『0・5・2・9・2』になるんだ? この『2』はどこから出てきたんだ?」
紙を見てみても答えしか記載されていなかった。
要するに、この扉に書いてあった『仲間外れにされたものは、その仲間に入れてもらうために姿を変えて、その後ろをついていく』という問題がこの『2』になるってことなのだろう。
そこまでは分かるのだが、後のことに関しては敦司にとってはさっぱりだった。
「それにしても、これからどうしようか」
後ろを振り向きながらも敦司は唸る。
他の人に言うことが出来ないとなるとこのまま大人しく部屋に戻るのがベストだろうか?
そう考えながらも歩いていると足に何かが当たる。
「ん? ボウガンか……」
さっきまではそこまで気が回らず自然と見過ごしていたが、改めて見るとこのクロスボウの量の異常さがよく分かる。
一つでもあってはいけないものなのに、この光景を見ているとあって当たり前だとでも言われているかのようだった。
「それにしても、これって本物なんだよな?」
床に落ちているクロスボウを手に取ると、試しに持ち上げてみる。
矢は装填されていなかったが、腕にずしりと重さがかかるところから見ておそらく本物だろう。
「でも、一体こんなものをどこから……」
正直敦司には想像もつかなかった。
こんな危険なものをどこから出してきたのか……。
――待てよ、出してきた? もしかしてこんなものまで部屋で出せるっていうのか?
そう考えると次に頭に連想されるものは飛び道具の中でも一番想像しやすいもの、拳銃などが連想できた。
だとしたら今自分が立っているこの場所が一番危ない気がする。
事件が起きた現場であり、そして飛び道具が出せると分かった今、ひらけた場所に居るのは危険だ。
そう思うと突然身体に寒気が走り、敦司は部屋に戻るために階段を駆け上った。
その途中で敦司はある違和感に気付いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。




