record50 反撃
この話はサイドストーリーです。
読まなくても本編に直接の影響はありません。
そして利き腕の右腕を大きく振りかぶった。
「顔を見せやがれっ!」
向こうもまさか左腕を犠牲に距離を詰めてくることは想定していなかったのか、樹の本気の殴りを顔に直接叩き込まれる。
そのまま勢いよく吹っ飛び壁にぶつかると、ずるずると床に背中を預けながらもへたり込んだ。
それと同時に仮面も地面に転がった。
「さあ、俺の勝ちだ。観念して顔をこっちに向けな」
そう問いかけるが、相手は下を向いたままで一向にこちらを向こうとしない。
樹としてはこんなところから早く出ていき元の世界に戻りたいわけで、指示に応じようとしない相手に対して軽く苛立つ。
「おい、いい加減に……」
「お前の負けだ」
「は?」
「お前の負けだよ。でもここまで頑張ったところは認める。正直、君が一番要注意人物だった。みんなの輪から離れてくれて嬉しかったよ」
「何を言って――」
そう樹が口にしたとき、目の前でへたり込んでいた相手が少しずつ黒ずんでいくのが目に映った。
これに関しては樹もどう対処すればいいのかわからず、とりあえず距離をとろうと一歩ずつ後退をしていく。
そして階段の付近まで戻ったときには、既に相手はその場所にはおらず代わりに目の前に変な黒い靄みたいなものが浮いていた。
「君は僕には勝てない。でも追い詰めたところまでは褒めてあげるよ。いやー、惜しかったね。さすが、樹くんだよ」
「ふっ、そう思うなら姿を見せろよ。それとも負けるのが怖いから黒い霧のままなのか」
「おっと、挑発にはのらないよ。それにしても全然驚かないんだね。普通ならなんで黒い霧になれるの?とかそういう疑問が浮かぶんじゃないの?」
「はっ、驚いたところでどうにかなるのか? 実際目の前で起きてるわけだしな」
「本当に君には驚かされるばかりだよ……って、おっと危ない! 喋ってる時くらい静かに話を聞いてよ」
相手が喋っている途中で、樹が右フックを黒い靄に向けて放ったのだ。
だがそれをいとも簡単にさっと避けると、わざとらしくおどけて見せる。
そして今までそこにあった黒い靄が段々と薄れていく。
「君はやっぱり生かしておけないね。前々から思っていたけど、君がいるとなんだか生きている心地がしないんだ。悪いけど消えてもらうよ」
「何が生きた心地がしないだ。まず、お前がちゃんとした人間かもわからねーのによ」
「僕は人間だよ。だってほら、人間の言葉が喋れてるし。それにほら――」
ガシャッ! 声とともに後ろの方で何かを構える音がする。
何かと思い樹が振り返った時だった。
ドスッ! 突然矢が現れて樹の左胸を貫いた。
「うう……く……っ!!」
「あはは、はっずれ~! 一撃で仕留めてあげようかと思ったのに下手に動くから……だけどこれで分かったでしょ? 物に触れることが出来るってことは僕は人間だよ」
「お前が人間だ? はっ、笑わせてくれるな。ちゃんとした人なら姿を消したりはできないはずだ」
「でも僕にはそれができるんだ。だから言ったんだよ。僕には勝てないってね。どう? もうギブアップでしょ?」
「俺は今まで一度も負けたことがなくてな。このくらい余裕だよ」
薄笑いとともに声がする方向に向かって樹は、せせらと笑ってみせる。
それが相手にとってあまり面白くなかったのか、それとも焦っているのか急に次の矢を装填する音が聞こえてくる。
でも本当はこの時、樹はその場に立っているだけでもかなりきつかった。
左腕に受けた矢はまだどうにかなるにしても、左胸を貫いた矢に関しては正直致命傷だった。
先ほどから血が止まらず、身体を伝って床に血だまりを作るほどだった。
「え、嘘! これだけ喰らって笑ってられるとかそっちこそ人間じゃないでしょ! でもまあ、次で最後だよ」
「ちょっと待て!」
「なんだよ、この期に及んでまさかの命乞い? そういうのテンション下がるからやめてよ」
「ちげーよ。一つだけ聞きたいことがあるんだよ」
「え? なにを聞きたいの?」
「お前、そんなたくさんの武器をどこで調達してきたんだよ。まさかこんなもん元々持ってたとは言わねーだろ」
樹はさっきまで相手が隠れていた柱の後ろを見ながらも声がする方へと問いかける。
そこには矢が継がれていないクロスボウが何個か転がっていた。
それを一つ拾い上げると軽く持ち上げて見せる。
「それは言えないなぁ……って言いたいところだけど、どうせ君は死ぬんだし教えてあげるよ。これはね、この館で出したんだよ」
「館で? 確かに何でも出せるがそれは食べ物や家具、それに衣服だけじゃないのか? 初め部屋に置いてあった紙にそう書かれていたが……」
「言われてみれば確かにそう書いてあったような、書いてなかったような……でもあくまでもそれは僕たちを捕まえてきた奴らが出した例でしょ? 最終的にはなんでも望むものを提供するって書いてあったじゃん」
「ちっ、ただの言葉遊びかよ。くだらないな」
確かに思い出してみればこの声の主の言う通りそうだったかもしれない。
現に相手は飛び道具を持っているわけだ。
疑う理由もないだろう。
まあそれが分かったところで今の状況を打開できるわけでもないのだが……。
相手は姿をくらますことが出来て、その上にクロウボウまで武装している。
対してこっちは既に多量出血のせいで意識が朦朧とし始めている。
足元を見てみると自分でも信じられないくらいの夥しい血の量が滴っていた。
――この出血の量じゃどうやっても助からないな。だからといって簡単に死ぬのか、風間 樹。
心の中でそう自分に問いかける。
答えはもちろんノーだ。
やすやすと死んでたまるものか。
そう結論を出した時、後ろから声が聞こえてくる。
「さっ、じゃあ分かったところで質問タイム終了! じゃあ樹くん、さようなら」
そう声が聞こえたかと思うと、後ろの方で再びクロウボウを構える音がする。
その音に瞬時に反応した樹は後ろに振り返りながらも、さっき拾ったクロスボウを音がした方へと構える。
そのクロスボウには既に矢が装填されており、あとは引き金を引くだけで撃てるところまできていた。
「なっ! なんで矢が!? 一体どこから!」
「最初は持ってなかったさ。だけどお前が俺にくれたのさ。この左腕にな」
「っ! お前!」
樹の左腕にはさっきまで刺さっていた矢がなくなっており、クロスボウに装填されている矢には血がついていた。
質問をしたのはただの時間稼ぎでその間に矢を引き抜き、既に使われたクロスボウに装填をしていたのだ。
ヒュッ! 風を切る静かな音が同時にエントランスホールに響いた。
ようやく話に展開が出てきたと思います!
次回もお楽しみに!




