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追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
第一章 いつもの朝
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record5 スタンガン

二人は並んで帰路をたどっていた。

もちろん、その二人とは敦司と和奏のことだ。

お互い公園を出てからは一度も言葉を交わしていない。

敦司としてはまだ頭の中が整理できていなかったし、和奏にかける言葉も見当たらなかった。

きっと和奏のほうも同じ気持ちだろう。

だからこのまま沈黙が続くと思った矢先、和奏から話しかけてくる。


「ねぇ、あっくん……もしね、もし私が偽物で悪い人だったらどうしてたの? また危ないことをするつもりだったの……?」


他人の心配。

和奏はいつもそういう人だった。

自分よりも先に相手の心配だ。

敦司が何も考えずに、無我夢中で助けに来たと思っているのだろう。


「それで、あっくんになにかあったら……」


和奏は俯いたまま、顔をこちらに向けずに呟いた。

声が少し震えていたので泣いているのだと容易に予測ができた。

そのうえで、敦司は考えていたことをそのまま包み隠さず和奏に話すことにする。


「俺だって怪我なんてしたくないし、ましてや死ぬのなんてごめんだ……だからある程度の考えの上で安全とみたから行動にでたんだ」


和奏がもし偽物であったら一人ではやられる不安が敦司にはあった。

だからあえて、気を引くものをねずみ花火にしたのだ。

冬の時期に花火をやろうとする妙な行動、そして住民への騒音、この二つの理由で周りの気を引こうと考えたのだ。

そうすることで、相手が行動をとりづらくさせようとしたのだ。


「それでも負けるような事態が起こりえるなら、それはそれでいいと思った」

「え……?」

「和奏がもし偽物であっても、本物の和奏は生きているという確信があった。それは和奏に似せた、本物そっくりな人間が用意されているからだよ」

「どういうこと? それがあっくんがやられてもいい理由とどう関係するの?」

「あぁ、するさ」


敦司は自信ありげに即答する。

だが、ここから話すことはただの予測に過ぎなかった。

もしかしたら間違っている可能性もあるかもしれない。

けれど今の彼にとってこれ以外の方法は思いつかなかったし、和奏が死んでいると思いたくなかった。


「普通なら、和奏は死んだ。この事実を作ればいい。もしくは行方不明って方法もある。けど、わざわざそっくりな人間を用意した。そこまでする理由は、和奏がまだ生きていて、そして戻ってくるときに事を穏便に済ませたいからと俺は考えたんだ。だから――」


敦司は言葉に詰まる。

ここからはほぼ賭けに等しかった。

根拠も何もない。

でも、そこに可能性をかけるしかなかった。


「だから、捕まったとしても和奏のところにたどり着けると思ったんだ」

「っ!」


あまりに無謀な賭けだと思ったのか、和奏は言葉を失っていた。

――危険で、無謀なのは自分が一番わかってる。

けど、間違ったことをしたとは思ってない。

自分に言い聞かせるように心の中で思った瞬間、まるでそれが伝わったかのように和奏が何かをボソッと呟く。


「どぉ……し……て……」

「ん?」

「どうして、わたしのために、そこまで、するの?」


それは、敦司の行動に対する疑問だった。

さっき泣いていたせいか、目は赤く腫れていた。

その目はまるで、敦司に何かを期待するかのように、答えを待っているかのように見えた。

だが、この時の彼には和奏が望むような答えを言うことはできない。


「それは、大切な幼馴染みだからに決まってるだろ」

「ははは……幼馴染み、か……」

「それに、結果は何も起こらなかったんだしそれでいいんじゃないか? まあストーカーは逃がしちまったけどさ」

「…………」


和奏の返事はなく、それどころか急に立ち止まってしまう。

驚いた敦司は後ろを振り返り、和奏に声をかける。


「おい、どうしたんだよ」

「わたし、帰り道こっちだから。いつもここで別れてるのに忘れちゃったの、あっくん?」

「あ、あぁ、そういえばそうだったな」


――話に夢中になりすぎていたのは俺のほうじゃないか。

自嘲気味に笑い、敦司は気持ちを切り替える。


「今日は疑って悪かったな。また明日、これからどうするかとか含めてゆっくり話そう」

「うん、そうだね…………バイバイ、あっくん」


敦司は和奏に向かって大きく手を振った後、踵を返し帰路をたどる。

お互い疲れていたせいか、別れ方はあっさりとしていた。

――結局、俺が電話口で話したのは誰なんだ……?

歩きながらも敦司は考え込んでいた。

だから後ろからつけられていても気付くはずもなかった。

首元に突然、何かひんやりとするものを押し当てられる。

――金属か何かか?

咄嗟に後ろを振り向こうとするが、突然の激痛のせいで対応しきれない。


「ぐあぁ!」


体中に電気のようなものが流れ、身体が一瞬にして痙攣し始める。

そしてそのまま糸が切れたかのように地面に崩れ落ちる。

使われたのはおそらくスタンガンだろう。

ただ、その時に敦司の頬に冷たいものが落ちる。

――誰かの涙?

俺を襲ったやつが泣いているのか……?

薄れゆく意識の中、頭を働かせるがそう長くはもたない。

そのまま、敦司の意識は深い闇の中へと落ちていった。


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