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追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
第七章 序章
42/86

record42 後悔

「あぁ! 何度考えてもありえない!」


食堂から部屋に戻ってきた敦司は、樹が言っていたことをずっと考えていた。

やはり敦司には信じられなかった。

和奏が4人の共犯者の中に入っているなんて……。

いや、どちらかというと信じたくなかったのかもしれない。

和奏とは幼いころからの長い付き合いだ。

そして誰よりも自分が一番知っていると思っているし、理解していると思っている。

だからこそ、そんなことをしないと信じていた。

――だけど……余りにも風間くんの推理は筋が通っている。


『逆らった一人が殺された』


この言葉が頭から離れないのだ。

そして樹の推論が正しいと思わせる理由はもう一つあった。

それは和奏からの敦司への態度だ。

この館に来てからというもの、和奏の行動は一変した。

正直、別人に見えるくらいだった。

そこである、一つの推論に辿り着く。

やはり偽物なのではないかと――。


「ああぁ……あの時俺が……あの時俺が選択を間違わなければ……和奏にちゃんとついていてやれば……後を追わないで、傍にいてやればよかったんだ!」


ドンッ!! 感情に任せて、思い切り机を殴る。

ここに来る前、元の世界にいた時のことを敦司は悔やんでいた。

あの時ストーカーを追わなければ良かったと。

そうすれば、まずこの館に来ること自体なかったのではないかと。

――でも……でもまだ風間くんの考えが合っているという確証はどこにもない。

敦司はやはり、和奏のことを信じたかった。

いや、出来ればみんなのことも疑いたくなかった。

もしかしたらルールを作っただけで、河西も、翔も、久遠も、みんな悪い人ではないかもしれない。

たまたま運悪く、そういうことが積み重なってしまって最悪の推理が成り立っただけかもしれない。

そうとしか考えたくなかった。

――でも……。

ポケットの中に手を突っ込むと、敦司はくしゃくしゃになった紙を取り出した。

これは樹から、別れる直前にポケットに押し込まれたものだった。

そこにはこう書かれていた。


『もし敦司さんが自分に協力する気になったときは声をかけてください』


それ以外に余計なことは書かれてはいなかった。

敦司はその紙を綺麗に折りたたむと、またポケットに閉まった。

樹には悪いが、やはり急にそんなことを言われても乗る気にはなれなかった。

確かにどちらかと言えば帰りたいが、今すぐに帰りたいとまでは思っていない。

だからみんなとゆっくりしながらも少しずつ謎を解いていけばいいと思った。

けれどあんな推論を言われて、今まで通りに暮らすという考えもしっくりこない。

だから自分でも周りの人のことを少し調べようと考えた。

――だとしたら、今自分が向かうべきところは……。

椅子から立ち上がると、敦司は扉を開けて廊下へと出ていくのだった。





ある扉の前まで行くと、敦司はそこで足を止めた。

そしてノックをしながらも「佐久間ですが、少しいいですか?」と中の人に向かって問いかける。

そして少し経った後、扉がそっと開いた。


「どうかしたのかい? 君から訪ねてくるなんて」

「それが、少し話したいことがあって」

「話したいこと?」

「はい、河西さんについて伺いたいことがあって」


敦司がそこまで言うと、翔の表情が一気に強張る。


「とりあえずここじゃ喋りづらいだろうし、部屋の中で話そうか」


そう言うと敦司が部屋に入りやすいように、扉を大きく開いてくれる。

中に入ると本棚に入りきらない本などが山積みになって置かれていた。

奥の方はそれなりに広く、何人かが座れそうなスペースがあった。


「すまいないね、少し調べ物をしているところで……好きなところに座ってくれ」

「はぁ……」


周りを見回し、自分の近くにあった椅子に腰を掛ける。


「それで、具体的に何を聞きに来たんだい?」


敦司の前に飲み物を置きながらも、翔も椅子に座った。

何から聞こうか迷ったが、とりあえずこれからのことを聞いてみることにする。


「あの、河西さんにはこの館から出る気があると思いますか? 俺にはあるようには見えないんです……このままじゃ元の世界に帰れないんじゃないかって」

「ふむ、そうか……」


翔は、少しの間考えているような素振りを見せる。

それから落ち着を払って話し始めた。


「君の言いたいことは分からなくもないよ。僕も河西さんが帰りたくないような表情をしているところをたまに見かけたりしているからね。でも帰る気がないというのは語弊があるんじゃないかい? 実際に今もこうして謎を解いているじゃないか」

「たしかにそうですけど、帰る気があるならなんで自分一人で解決しようとするんですか……俺にはよく分からないです」


みんなで解いた方が元の世界に早く帰れる。

別にすぐに帰りたいというわけじゃなかったが、いつかは帰らなくてはいけない。

河西に任せていたらいつまでたっても帰れないような気がしたのだ。


「それは僕にもわからない。ただ、あの人は何かを後悔しているんじゃないかな?」

「河西さんが何かを悔やんでいるってことですか?」

「うん、僕にはそう思えた。初めにこの館に来たとき、河西さんは死んだような目をしていた。いや、僕が最初見たときは本当に死んでいるのかと思ったよ。それくらいに衰弱していたし、酷く傷付いていたんだ」

「あの河西さんがそこまで……」


正直、想像できなかった。

自信家の河西がそこまでになるなんて……。

でも思い返してみると自分も一度だけだが、河西が悔やんでいるところを見かけたことがあった。

それは、初めてこの館に来た時のことだった。

部屋に案内されているとき、河西が何かを呟いていたことを思い出したのだ。


「僕も今の河西さんを見ていると、正直信じられない気持ちでいっぱいだよ……おそらくだけど、あの人はこれ以上後悔をしたくないだけじゃないかな。だから君たちには館の探索はさせない。危険だと思っているから」

「待ってください。その言い方じゃ、前に河西さんがすごく深い後悔をしてたことになりますよね? 例えば……」


敦司は口にしなかったが、翔は言いたいことが分かったのか怪訝そうな表情をする。

そう、例えば何かの不手際で一人を止めることが出来なくなって殺してしまったとか。

河西がルールを作らなかったせいで……。

ここで敦司は重大なミスに気付いた。

今ここでこんなことを言ってしまっては、自分の立場が危うくなることに。

それだけで済めばまだいい方だ。

殺されたりしていないのだから……。

敦司は知らず知らずのうちに身構えていたが、翔は何のことかさっぱりという感じだった。


「河西さんが後悔していると言ったのは、あくまでも僕の推測だよ。だから君が考えているようなことはない。それとも信用していないのかい?」

「そんなことはないですけど……」

「だったら今は、河西さんが謎を解くまで大人しくしているのが一番だね」

「そう、ですね……」


これ以上詮索しては危険かと思い、翔の話に合わせておくことにする。

それに樹が言っていた通りなら四人の中に翔も入っているのだ。

真実を包み隠さず話しているという保証はどこにもない。

それに、やはりどこかはぐらかされているような気がする。

この館に来たのが河西の次ならば、もっと何か他のことを知っていてもおかしくないような気がするのだ。

――まあ、とりあえず今は大人しく帰ることにするか。

翔に対して「ありがとうございました」と軽く一礼してから、踵を返し扉へと歩いていく。

そして敦司が部屋を出ようと扉を開けたとき、背後から翔が声をかけてくる。


「佐久間くん……詳しいことを言えなくてすまないね。けど、河西さんは悪い人じゃない。それだけは信じてほしい」


この時の翔の言葉にどんな意味がこもっているのか敦司にはよく分からなかった。

誰かを殺してしまったけれど、それは仕方なかったという意味があるのか。

それとも本当に何もなかったと言いたいのか。

どのみち今の敦司には答えは分からなかった。

だからそのまま振り返らずに翔の部屋を後にした。

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