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追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
第一章 いつもの朝
4/86

record4 本物

車道と歩道の区別すらつかないアスファルトの上に固い靴音が響き渡る。

まだ午後6時だというのに、空が厚い雲で覆われているせいであたりは薄暗い。

動きやすい私服に袖を通した敦司は、公園の茂みに身を潜め、その靴音に耳を澄ませていた。

――ようやくお出ましってわけか。

敦司の視線の先には白いワンピースに身を包んだ和奏の姿があった。

公園の真ん中ぐらいまで歩いていき、そこで足を止めると和奏はキョロキョロとあたりを見回す。

周りから見ればだれかを探しているようにも見えるが、不穏な動きをとろうとしているようにも見える。

だが敦司には、和奏が誰かを探すためにここに来たのを知っていたし、探している相手が誰かまでをも知っていた。

なぜなら和奏をこの公園に呼んだのはほかの誰でもない、自分なのだから……。

敦司は携帯のディスプレイの光がもれないように気をつけながらも通話履歴を見る。

そこには二十分前に敦司から和奏へ通話した履歴が映し出されていた。

――和奏の家からこの公園までは約五分ほど……残りの十五分はいったい何をしていたんだ?

いつもの敦司なら服を着替えるのに時間がかかったか、あるいはほかに用事でもあったのかと考えただろう。

下手をしたら、そんなことすら気にも留めなかったかもしれない。

けれど今の敦司は、そんな些細なことでも見逃せなかった。

前とは状況が違うのだ。

だからほかの誰かと連絡を取り、自分から着信が来たことを知らせていたのではないかと考えていた。

敦司がこんなにも疑い深くなったのには、ある理由があった。

それは彼がストーカーを逃がしてしまった後の和奏との通話の時に感じた違和感だった。

そこで明らかにおかしいと感じたのだ。

いつも和奏はこんなことは言わないと……。

――これで本物か偽物かはっきりわかる。

敦司は一息ついた後、手の中にあるねずみ花火に火をつけて、反対側の茂みに向かって複数投げ込む。

ねずみ花火は地面に落ちると同時に、バチバチと大きな音をたてる。


「なにっ!?」


背後からの突然の音に驚いた和奏は振り返る。

おそらく敦司の存在にまだ気づいていないのだろう。

和奏は敦司に背を向けるような状態になった。

――本物なら当たるよな?

敦司は用意していたゴムボールをバッグから取り出す。

和奏はもともと、運動はあまり得意な方ではなかったからこの状況を作り出せば必ず当たると敦司は考えたのだ。

ただもし偽物なら、訓練を受けているから当たらないだろうと推測をした。

そしてボールを握る手に力を込めると、和奏めがけて投げつける。

ボールは敦司の手から離れると、和奏に吸い込まれるようにして飛んでいく。

そしてポコッと音を立てて和奏に当たる。


「ううっ……だ、だれ……?」


どこから飛んできたのか予想もつかないのか、和奏は不安そうにあたりを見回す。

その一連を見ていた敦司は唖然とする。

何者かが和奏のふりをしていると敦司はふんでいたからだ。

だからボールは和奏には当たらずとられると思っていたし、すくなくとも飛んできた方向くらいは予測されると思っていた。

けれど結果は全く違った。

――本物、なのか……?

でも、これがもしブラフだったら……?

敦司の頭の中をいろいろな可能性が駆け巡る。

だがこれ以上考えても無駄だと冷静に判断し、直接本人を問いただすことにする。


「……和奏」


立ち上がると、和奏の方へと歩み寄りながら声をかける。


「えっ、あっくん!? 良かった、心配してたんだよ。元気そうでよかった」

「……今更俺の心配か、嬉しいね」

「どういうこと? 私本当にしんぱ……あっ、ぐっ!?」


心配して近寄ろうとした和奏の喉に向かって、敦司は木刀を突き出す。


「これ以上近寄るな!」


そしてできるだけ大きな声を出して相手を威嚇する。

そうすることによって、相手の動揺を誘おうと考えたのだ。


「あっ……くん……?」


けれど状況がつかめていないのか、和奏はきょとんとする。


「お前は本物の和奏じゃないだろ! 俺がストーカーを追って和奏を一人にしたとき、入れ違ったんじゃないのか!? お前はいったい何者なんだ!!」

「えっ……どういうこと?」

「っ!」


質問を質問で返してくる和奏に対して、敦司は舌打ちをする。

――どこまでしらをきるつもりなんだ!

ならその化けの皮をはがしてやる。

敦司は自分の記憶をたどりながらも和奏に質問を続ける。


「俺が初めに電話をしたとき、ストーカーを追い詰めたといったが、なぜ一度も俺のことを心配しなかった?」


別に敦司は、自分にうぬぼれていたわけではない。

本当に疑問に思ったのだ。

今まであれほど自分を心配してくれていた和奏がここまで変わってしまうのかと――


「そして俺が電話をしてから、電話口に出るまでの遅さ。その間何か準備でもしていたのか?」


最初は気にも留めなかったが、電話に出るまで五コールは遅いと感じた。

――まあ、これでもまだ言い逃れはできるよな。

敦司は心の中で自嘲気味に笑う。

忙しかったから出るのが遅れた、たまたま心配をしなかっただけだ、と言われたらどうしようもなかった。

だが、敦司には他に和奏を偽物だと決定づけるある理由があった。


「最後に、俺が一番不審に感じた事……それは俺の呼び方だ」

「えっ……」

「和奏は今まで一度も、俺の事を敦司くんと呼んだことはない。だから俺は、その時に初めて違和感を覚えたんだよ」


もしあの時、あっくんと呼ばれていたら何も不審に感じることはなかっただろう。

けれど敦司くんと呼ばれた。

そのことをきっかけに他の異変にも気付いたのだ。

敦司は木刀を握る手に力を籠めると、白々しい口調で話しながらも目は真っ直ぐに和奏を見据える。

すると和奏は予想だにしなかったことを口にした。


「あっくん待ってよ! なんの話をしているの?」

「は?」

「だから……私にはあっくんが何の話をしているのかわからないの……。だって私は言われた通りに家でおとなしく待ってたんだよ?それで、さっきあっくんから電話が来たからこの公園に来ただけなのに……」


今までのことを伝えようと和奏は必死に言葉をつなぐ。

その姿を見て敦司の心の中に迷いが生じる。

今、自分の目の前にいる彼女は昔から知っている和奏そのものではないかと。

顔も、声も、仕草も、そして喋り方までもそっくりだったからだ。

そもそも最後のブラフと決め、ボールを投げて当たった時点で敦司の予想とは遥かに違っていた。

だから信じてもいいのではないかと思い始めていた。

だが、もし彼女が和奏だと仮定すると矛盾が起きる。

一番最初に電話した時に出てきた人は誰かということだ。

敦司の中で信じたいと思う気持ちとそのせいで起こる矛盾とが頭の中で交錯する。


「あっくん……」


黙りこくってしまった敦司に和奏は優しく声をかける。

そして一息おいてから、もう一度口を開く。


「わたしにはね、あっくんが何をしたいのかわからない。だから……あっくんが望むなら好きにしていいよ」


肩から力を抜き、無防備な状態になる。

敦司がここで木刀を振るえば、和奏の意識を奪うことなどたやすいだろう。

しかし敦司は、突き付けていた木刀を下ろした。


「わか……な……、本当に和奏なのか? 無事だったんだよな?」


すがるような思いで和奏に問いかける。

決して頭の中で矛盾が消えたわけではない。

ブラフだという可能性が捨て切れたわけでもない。

ただ敦司の思い、もし目の前にいる彼女が和奏ならよかったという思いのほうが勝ったのだ。

感性の赴くままに、自然と口が動いていたにすぎない。

和奏としては気になるところもあったはずだが、敦司のことを気遣ってのことか返事は簡潔だった。


「信じてくれてありがとう」


この時の彼女の瞳はまっすぐで、嘘偽りのない言葉だった。


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