record38 相談
彼女の部屋はどこにでもありそうな普通の部屋だった。
机があり、椅子があり、タンスがある。
よくある、アニメとかで見る女の子の部屋とはかけ離れていた。
そのせいかあまり緊張せずにいられた。
「飲み物は? 紅茶? コーヒー?」
「あ、じゃあ紅茶で」
佳奈は頷くと、マグカップを取り出しそこに紅茶を注いでいく。
そして敦司の前に置くと、佳奈は手前に置いてある椅子に腰を掛ける。
「突然で悪いんだけど、あなたって相原くんの親友よね?」
「えっ?」
本当に突然だった。
まさか彼女の口からそんなことが出てくるなんて思いもよらなかった。
でも言われてみれば、自分が来る前から佳奈と浩介はこの館に居たのだ。
ある程度、仲が良くてもおかしくはないはずだ。
「まあ、向こうがどう思っているかは知りませんが、俺にとっては大切な親友です」
浩介は、自分が中学に入学したときの初めてできた友達だった。
それから高校まで、喧嘩をすることもあったがいつもお互い楽しく笑いあっていた仲だ。
正直、親友かはわからないが和奏を除けば自分の中では一番信頼のおける存在だった。
「そう、なら助けてあげなさいよ。あなたの親友、すごく追い詰められているわよ」
「追い詰められている? 何に?」
そんなはずはないと否定しようと思った。
あいつとは長い付き合いなのだから、お互い遠慮などしない仲だ。
それに浩介はいつも笑っていた。
だからそんなことはありえないと思った。
一度もつらそうな顔など、自分には見せたことがなかったのだから――。
――ん? 一度も?
そこである違和感に気付く。
考えてみれば相談に乗ってもらったことはあったが、乗ったことは一度もない。
いくら浩介であっても辛いことが一つもないとは考えにくい。
じゃあ考えられるのは我慢して隠していた?
「その感じだと、あなたは気付いていないみたいね。相原くん、実は今日あなたに相談事があって訪ねに来てたのよ」
「なっ!? いつだ!」
「確か十八時頃だったわ。いつもの明るい表情ではなく、何か助けを求めるような、そんな表情だったわ」
「…………」
――あいつが……あの浩介が……?
このとき、なんて自分は無力なんだと敦司は痛感させられた。
自分はいつも助けてもらっているのに、相談一つ乗ってやれない。
そして肝心な時に自分は寝ていた。
確かに運が悪かったといえばそれで終わりかもしれない。
だが、そんな言葉では片付けられないような気がした。
敦司は顔を上げると、佳奈の瞳をじっと見据えた。
「青樹さん、そんなに詳しいってことはその場にいて、しかも浩介と話したってことですよね?」
「そうね、話したと言っても核心に迫るような話をしたわけじゃないけれど」
「でも、青樹さんは俺が見たこともない浩介と顔を合わせて話をしたってことですよね?」
「それはどういう意味?」
今まで普通にしていた佳奈の表情がここにきて、初めて崩れる。
本当に意味が分からないのか、眉を寄せていた。
敦司は分かりやすいように重要な要点だけを抑えながらも説明をしていく。
「あいつはそんなつらそうな表情なんてしないんです。学校でも、俺の前でも一度もそんな表情を見せなかった。とにかくあいつは、いつも笑顔だった。だから俺は悩みなんてないのかと勘違いをしていた」
(だから浩介がどんな辛いことを抱えているかなんて俺は知らない)
悲しいがこれは事実だ。
長い間浩介と一緒に居て、そんな簡単なことにも気付けなかった。
敦司は一度俯くと、もう一度佳奈へと視線を戻す。
「それにあいつは女子と深く関係を持つことを拒んでいるんです。それなのに青樹さんとは話をした。しかも自分が見たこともない浩介を前にして」
本当は自分がやるべきことだと分かっている。
今から浩介のところに行って、相談に乗ってやると声をかけなくてはいけないことくらい。
だけど今の自分では核心に迫ることはできても、浩介の心を開くことは難しいと思った。
相談に乗ってあげたとしてもそれは、表面上だけ。
それでは浩介を救うことはできない。
だから――。
「青樹さん、あなたが浩介を救ってやってください。自分が気付くことすらできなかったことにあなたは気付けた。それにあいつはあなたに心を開きかけている。そんな気がするんです」
「でも……」
「分かってます。本当は自分がやらなきゃいけないことくらい。自分勝手な願いだってことも十分承知しています。だけど今浩介を救えるのは青樹さん、あなたしかいないんです」
敦司の心からの言葉だった。
嘘偽りのない心からの言葉。
その思いが届いたのか佳奈の瞳が揺らぐ。
――俺がしてやれることはこれぐらいかもしれない……頼りなくてごめんな、浩介。
敦司は席を立つと、そのまま扉へと向かった。
そして廊下へ出る前に、佳奈へ最後の言葉をかける。
「今から俺は部屋に戻る前に、一応浩介に声をかけようかと思っています。結果が気になるなら見届けてみてください」
それだけを言うと、廊下へと出ていく。
佳奈にかけた言葉通り敦司は浩介の部屋の前まで足を運んだ。
「おい、浩介! 俺だ、佐久間だ! 居るなら開けてくれないか?」
さっき解散したばかりなのだから部屋にいるとは思うが、中に居るか一応有無を確認する。
「お前に話があってきたんだ。ここを開けてくれ」
何度かノックを含め、挑戦をしてみるが中から人が出てくる気配はない。
佳奈の部屋の方へ目をやると扉から顔を出し、こちらを見ていた。
そして敦司がもう何度か呼びかけてからもう一度そちらに目線をやると、佳奈は既に居なかった。
――俺じゃあやっぱりだめか……あとは青樹さん、あなたに託すしかない。
そう思いながらも敦司は佳奈の部屋を見つめるほかなかった。




