record37 開錠
時計が示す時間は二十時。
とうとうこの時が来たのだ。
元の世界に帰るときが――。
「さっき僕がみんなに言った通り、これから元の世界に戻るための謎解きを始めるよ。しっかり全員集まっているね?」
扉を背にして、みんなに問いかけてくる河西。
敦司がざっと見た感じでは全員この場に揃っていた。
けれど大抵の人が嫌そうな顔をしているのが敦司の目に入る。
やはり帰ることに関して快くは思っていないのだろうか。
「全員集まっているみたいだね。では、次の段階に移させてもらうよ」
河西は扉の近くまで歩いていくと、数字のパネルがあるところまで歩いていく。
そこには0から9までの数字があり、すべてが点灯していた。
おそらくあそこに触れて、正しい数字を入れることが出来れば扉が開く仕掛けになっているのだろう。
「館に来た時に説明をしたかと思うけど、おおよその答えは予測ができている。ただ僕の答えが必ずしも合っているとも限らないからね。もし間違っていたら指摘してほしい」
敦司としてはここからはお手上げだった。
答えの用意はできてはいるが、真夜から教えてもらったものだ。
自分一人では到底出せる答えではない。
他のみんなはできているのかと思い、周りを見回してみると真夜は当然のこと、和奏や佳奈、それに翔などが真剣に聞きながらも頷いていた。
どうやらあそこら辺の連中は自力で解けたのだろう。
「じゃあ答え合わせといくよ。僕が辿り着いた答えは『0・5・2・9』の四桁だ。何か意見がある人や異論がある人はいるかな?」
河西が問いかけると、その答えを肯定するように何人かが頷く。
その中で浩介が一瞬だけ驚きに目を見開いているのが、敦司の目に映る。
けれどそれは、ほんの一瞬ですぐに元の表情へと戻った。
――まさかあいつも解けているのか? いや、だとしてもあんな表情はしないよな?
敦司の考えをよそに話はどんどん進んでいく。
河西は既に見間違えの無いよう、注意深くパネルを操作し入力を始めていた。
そして最後の数字を入れるとき、みんなの視線が扉へと集まる。
この後は何が起こるのかと――。
誰もがそんな不安を抱く中、河西が四桁の数字を全て入れ終わる。
けれど何かが起こるわけでもなく、扉は元のままだった。
開錠の音や正解だと知らせる機械音すら聞こえてない。
河西ですら訝しげに扉をじっと見つめていた。
「なにも……起こらない? 答えが間違っていたの?」
沈黙の中、一番初めに口を開いたのは久遠だった。
いつもの元気な口調ではなく、周りを手探りしながら喋っているように敦司には見えた。
すると、久遠の質問に答えるように佳奈が口を開く。
「それはないわ。おそらく、その答えで間違いはない。他のやり方でも試してみたけど、しっくりくるのはその答えくらいだもの」
自信ありげにきっぱりと佳奈は言い切ったが、やはりどこか不安げだ。
けれど敦司としても佳奈の意見には頷けた。
自分には分からないが、頭のいい人達の解けた答えがみんな同じなのだから否定する理由もない。
一人が出した答えなら間違っている可能性もあるが、大多数の人が同じ答えなのだ。
間違っている可能性の方が低いだろう。
敦司にはそう思えた。
「青樹さんの言う通り、私も合っていると思いますよ? その答えが間違っていることはないかと思います」
「じゃあなんで何も起こらないんですかね? もうそろそろ何か起きてもいいと思いますけど」
「そ、それは……」
樹の指摘に対して、口ごもる和奏。
確かにこの状況では答えが分かっている人にとっては納得がいっていると思うが、分からない人にとってはかなりの不安があるのだろう。
だから樹の気持ちも分からなくはなかった。
もし自分が真夜の説明を受けておらず、この問題が全く解けていない状態ならおそらく樹のように思っていただろう。
「あの、みんな、答えが合っているか間違っているかっていうより、これからどうするか決めたらどうかな?」
声がした方を向くと、柚唯がみんなに対して提案をしていた。
確かにこのままの雰囲気では、この問題が解けた人と解けない人で口論が起きてもおかしくない状況だった。
それを見かねて場を和まそうとしているのだろう。
「そうだね、柚唯ちゃんの言う通りまずこれからどうするか方針を決めよう。ずっとここに居ても仕方がないしね」
「みんなを一度、部屋に戻した方がいいんじゃないですか? 個々にいろいろと考えたいこともあると思いますし」
「そうした方がいいかもしれないね。僕も見落としている部分があるかもしれないし、一度部屋に戻って見直してみるよ。みんなも翔くんの言う通り、一度部屋に戻ろう」
河西の言葉にざわめきが起きる。
やはりみんな不足な事態に戸惑いを感じているのだろう。
空気が重い。そして同時に頭の中にある言葉が浮かぶ。
元の世界に帰れないのではないかと。
けれどこの場にとどまっていても仕方がないので、指示通り自分の部屋に戻ろうと足を動かしかけたとき「あの!」と亮太が手を上げる。
「どうしたんだい? 何か質問かな?」
「はい、今日はこれで一旦解散ってことは分かったんですが、明日からはどうするんですか?」
これからどう行動するのかという質問だろう。
確かに言われてみると気にならなくもない。
他のみんなも自分と同じことを思ったのか、足を止めていた。
「確かにそれは決めておかなくてはいけないね」
亮太に対して頷くと、河西はみんなに向けて説明を始めた。
「これからは何か問題がない限り、前と変わらずハウスルールは厳守してもらうよ。僕は引き続き館に関して調べ続けるから、みんなは今までと変わらず普通に生活を送ってほしい。何か進展があればすぐに報告をするようにする。だからみんなも何か気付いたことがあったら僕に知らせてほしい」
淡々と決定事項をみんなに告げていく河西。
そして河西の話が終わると沈黙が続く。
初めにその場から立ち去ったのは浩介だった。
それから続くようにして真夜、柚唯、久遠、そしてほとんどの人達が部屋に戻っていった。
その場に残ったのは、河西と佳奈と自分の三人だけになる。
河西は扉の近くで見落としなどがないか、入念に調べていた。
佳奈の方は、何もせず二階へと上がっていく人たちの背を眺めているだけだった。
――俺も部屋に戻るか。
自分が今、ここに残ったとしても元の世界へ帰れるわけでもないし、自分に得があるわけでもない。
食堂に背を向けると、二階へ上がるための階段へと向かう。
そして今までの状況を頭の中で整理していく。
おそらくだが、河西が入力したあの四桁の数字が間違っていることは考えにくい。
そうなると自分たちをここに連れてきた連中の不手際か、何かの意図がありやったことなのか。
そうとしか敦司には考えられなかった。
――じゃあここから一生出ることはできないのだろうか?
そんな疑問が頭の中に浮かんでくる。
今までは帰りたくないという気持ちがあったが、そう考えると帰りたいという気持ちが強まる。
気付くと敦司は自分の部屋の前まで来ていた。
ノブを捻ろうと手をかけたとき、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「佐久間くん、ちょっと時間をもらえるかしら?」
声がした方を向くと、そこには佳奈が立っていた。
この状況の中でも変わらず、いつもと同じく表情一つ崩していなかった。
――こんな時に何の用なんだ? それに青樹さんからなんて。
特に用事もないので「別に構いませんよ」と返事をする。
「ここじゃ周りに聞こえてしまうし、別のところで話しましょう」




