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追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
第六章 終わりの始まり
36/86

record36 夢

その子は初め、幸せに暮らしていた。

お父さんとお母さんとその子供を含めて三人で――。

いつものように夜になると、お母さんが傍に来て眠り歌を歌ってくれた。

その子がぐっすり眠れるようにと。

そして次に目が覚めたら真っ白な部屋で寝かされていた。

一緒に遊んでくれるお父さんも、優しく自分の名前を呼んでくれるお母さんもそこには居なかった。

どこに行ったのかと死に物狂いで探したが、どこにも居なかった。

そしてようやく気付いた、自分は一人なんだと。

今までの幸せを全て一気に奪われたような、そんな気持ちに襲われた。

そしてその日から、その子は死んだように眠り続けた。

何日も何週間も何か月も……。

唯一の願いはそのままずっと眠ってしまうことだった。

起きてもそこにはもう誰も待っていないから。

自分を必要としてくれる人はいないから。

だけど夢の中だったら大好きなお父さんとお母さんが居てくれる。

自分を必要としてくれる。

触れることはできなくても一緒に居られるような気がした。

けれどある日、自分を夢の世界から引き戻す人が現れた。

その人はその子に言った。

もう怖がらなくていいよと。

あなたを必要とする人はここに居るじゃないかと。

それでもその子は拒んだ。

現実の世界で生きていくことを。

辛さや苦しさ、そして残酷さを学んだから――。

だからその人は言ってくれた。

今までのことを全て忘れて生きればいいと。

過去を全て捨ててなかったことにしてしまえばいいと。

そう言われて初めてその子は心を開いた。

そして過去の記憶を捨てる代わりに生きていくことを決意した。

けれどその時はまだ知らなかった。

記憶を捨てるということがどんなに大きな代償を払うことになるかということを――。




目覚めると敦司は机に突っ伏して眠っていた。

身体を起こすと自分が描いていた漫画を下敷きにして寝ていたことが分かる。

眠い目を擦りながらも大きく背伸びをする。

体中に血液がいきわたり、すっきりした気分になる。

そのまま重い体を持ち上げ、立ち上がるとトイレへと直行。

考えてみるとこの館に来てからというもの、使うのは初めてかもしれない。

自分の部屋の扉の脇にドアがあり、そこを開けるとトイレと風呂が一緒になっている空間がある。

それから次いでに、眠気覚ましにシャワーも一緒に浴びる。

そこでようやく頭が回転し始める。

今日がこの館から帰る日であって、そしてもう時間もないのだと。

――こんなことをしてる暇なんてないんじゃないか!?

頭を洗い、身体をざっと洗い流すとすぐにシャワー室から飛び出す。

そして時計を確認する。

――十九時過ぎ!? 残り一時間もないじゃないか!

新しい服をタンスから引き出し、手当たり次第にバッグの中に必要なものを放り込むと、扉へと走る。

――なんで誰も起こしに来てくれないんだよ!

そう思いながらもノブを捻り、廊下に出ようと力を入れるが開かない。

何かと思い手元を見ると、鍵が閉まっていた。

――あれ? 俺、鍵なんて掛けたっけ?

首を傾げながらも鍵を開け、すぐに廊下へと飛び出す。


「えっ?」

「ひゃ!?」


ドンッ! 勢いを殺せず誰かに思い切りぶつかる。

扉を開けた瞬間に誰かが居ることは敦司も気付いたのだが、まさかそこに人が居るとは思ってなかったため、止まることは出来なかった。


「いてて、大丈夫ですか?」

「うん……敦司くんこそ平気?」


床に手をつきながらも相手の顔へと焦点を合わせる。

お互いの顔と顔がすごく近いおかげで顔がドアップで映る。

相手の正体は、柚唯だった。

不可抗力だが周りから見たら、敦司が堂々と廊下で柚唯を押し倒しているようにしか見えない。

――ん? そう考えるとまさか久遠さんも居るのか!?

柚唯が居るということは久遠も居るのではないかと思い、首だけを動かし周りを見回すが自分たち以外の人影は見られない。

すると、下からクスクスと笑う声が聞こえてくる。


「心配しなくても平気だよ。私だっていつも久遠ちゃんと一緒に居るわけじゃないんだよ?」


床に寝たまま、小さく笑う柚唯。

その仕草を見て敦司は可愛らしいなと思う。

柚唯のことを見ていて気付いたが、いつもかけている眼鏡をしていなかった。

そのせいか、いつもより可愛く見えたのだ。

敦司がぼーっと柚唯のことを見つめたままで居ると、返事が返ってこないことに不安を覚えたのか、おずおずと話しかけてくる。


「あの……今更だけど敦司くんだよね? 眼鏡がなくて、実はよく見えてなくて」

「あ、はい! そうですよ。佐久間です」

「良かった。他の人だったらどうしようかと思ったよ」


敦司と分かると安心したのか、柚唯はにっこりと微笑む。

――ん? それって俺だからいいってことなのか?

深く考えてみるとそういうことになるよな、と心の中で思いながらも柚唯の上から退こうと足をずらす。

パキッ! 何かが割れた様な音が聞こえてくる。

――これってもしかして……。

嫌な予感がしながらも、もう片方の足に力を入れて、まず柚唯から退く。

それから音がした方を見ると、柚唯が掛けていた眼鏡が無残な姿になって床に潰れていた。

どうしようかと思い柚唯の方へ目を向けると、いつの間に立ち上がったのかこちらを心配そうに見ていた。


「敦司くん、どうかした?」

「あー、その……柚唯さんから退くときに眼鏡を踏んでしまったみたいで……すみません」


謝りながらも拾い上げた眼鏡を柚唯の方へと差し出す。

柚唯はそれを受け取ると怒った表情一つ見せず、胸をなで下ろすだけだった。


「敦司くんに怪我がなくて良かった。急に黙っちゃうから何かあったのかと思ったよ」

「いえ、俺の方は平気ですが……それより」


怒るよりかも自分のことを心配してくれるのは嬉しかったが、敦司としては柚唯の方が心配だった。

だから、つい柚唯の手の上で壊れている眼鏡に目線がいってしまう。

視線に気付いた彼女は、ポーチの中を探るとコンタクトを出してくる。


「一応、眼鏡だけじゃ不便かなって思って持っておいたんだ。だから平気だよ」

「それなら良かったですけど……」


柚唯がコンタクトをつけ終わってから、食堂へと向かうために一緒に階段を下りる。

その間、敦司はもう一度謝ったが「本当に平気だよ」と柚唯は笑顔で返してくる。

そこで敦司はふと思ったことを口にする。


「そういえば柚唯さん、なんでいつも眼鏡をかけてるんですか? コンタクトの方が似合っているのに」

「えっ、そんなことないよ。私なんて可愛くないし、地味だし……」

「それこそありえないですって! 柚唯さん、すごく可愛いじゃないですか!」

「えっ……え、ええっ……」


敦司の言葉に対して柚唯は照れているのか、もしくはそういう言葉に慣れていないのか、俯きながらもおろおろし始める。

そんな彼女を見ているとなんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。

自分が言ってみた言葉を思い返すだけでも十分に恥ずかしいというのに……。

そのまま二人は食堂まで言葉を交わさず、無言で歩いていった。


次回はとうとう扉の謎を解いていきます。

お楽しみに!

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