record33 本性
この話はサイドストーリーです。
読まなくても本編に直接の影響はありません。
「ああー、もう! さっきからうるさいんだけど! それに私は敦司じゃないし、佳奈だから! 佐久間くんの部屋なら私の隣よ」
すごい剣幕で扉をあけながらも、右隣にある扉を指で指しながら出てくる。
敦司の部屋だと思ってノックをしたはずなのに、佳奈が出てくるということはやはり自分が間違えていたのだろう。
佳奈は未だに「普通ノックは一回だけでしょ」とブツブツ呟いていた。
――これは悪いことしちゃったな……。
何をしていたかは知らないが、自分が迷惑をかけたことに変わりはない。
だから謝ることにする。
「ごめん、部屋を間違えて」
「えっ……う、うん。今度から気を付けてよね」
一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐにむすっとした表情へと戻る。
いつもの浩介なら笑ってごまかすところを素直に謝ってきたので調子が狂ったのだろう。
だが今の浩介には、そんなことにいちいち構っている余裕などない。
それほど焦っていた。
そのまま浩介は敦司の部屋の前まで行くとノックをする。
けれど扉は開かず、誰も出てこなかった。
「はぁ、だめか……」
周りを気にする気力もない浩介はあからさまに大きなため息をつく。
それを見ていた佳奈は、扉から顔を出したまま目を細めて尋ねてくる。
「ちょっと、平気なの? 何か用事があるならまた訪ねて来ればいいじゃない」
「……もう時間がないんだよ」
低いトーンで呟きながらも、感情に任せてぐっとこぶしを握る。
さっき部屋でガラスを殴って怪我をした傷口が開いて、血が滴る。
痛い。でも姉ちゃんはこの痛さの何倍の痛みを心に受けただろうか。
どれだけ自分を恨んでいるのだろうか。
そう思うとこれ以上打つ手がない自分が情けなくなってくる。
「っ! 血が出てるけど、本当に平気!?」
床に滴る血に気付いた佳奈はさすがにおかしいと感じたのか、扉を開けて部屋から出てくる。
その佳奈の声が聞こえたのか、河西も部屋から出てきた。
「一体何があったんだ? 誰か怪我をしたのか?」
「あっ、その――」
「何もありませんよ。部屋の整理をしていて、紙で手を切っただけで佳奈ちゃんが大袈裟に騒いでいるだけで……迷惑かけちゃってすみません。さっ、早く部屋に戻って整理の続きをしようぜ」
「えっ、ちょっと!」
「ほらほら、早くしなきゃもう帰る時間になっちゃうよ~」
説明をしようとする佳奈を遮るようにして邪魔をしながらも河西に笑顔を向け、大丈夫だとジェスチャーを送る。
今はまだ河西しか気付いていないから誤魔化せるが、廊下で話していたらみんなが集まってきてしまう可能性がある。
そんな事になったら、収拾がつかなくなるのでこの場を早く立ち去りたかった。
「そうかい? それならいいんだが……」
河西は怪訝そうな表情をこちらに向けるが、これ以上は問い詰めてはこなかった。
それを好機と見た浩介は、佳奈を部屋に押し込むと自分も部屋に入り扉を閉める。
「ねぇ、なんで――」
扉が閉まったのを確認すると、浩介を問いただそうと佳奈が迫ってくる。
それに対して浩介は一言も返さず、佳奈の口元に人差し指を立てると、静かにと合図を送る。
佳奈は納得している様子ではなかったが、それで一旦は黙ってくれた。
それから浩介はそっと扉に耳を当てると外の様子を窺った。
廊下では河西が他の人達に大事には至っていないと説明をしてくれていた。
これでおそらくは収まるだろう。
そう思うと一気に緊張が体から抜けていき、今度は疲労感に襲われる。
今まで感情の赴くままに動いていたせいか自分の体をうまく制御しきれていないのだ。
扉に寄りかかるために背をあずけようと後ろを振り向くと、胸の前で腕を組んでいる佳奈が文句を言いたげな顔をしていた。
「それで、私に説明をさせなかった理由はなんとなく分かるわ。どうせ周りに勘付かれるのが嫌だったんでしょ」
「…………」
合っている。さすが勘が冴えるやつだ。
おめでとうの一言でもかけてやろうかとも思ったが、今は喋ることすら億劫だ。
だから代わりに無言で返す。
「だとしてもその手の怪我はなによ。まさか本当に紙で切ったとは言わないわよね? もし紙で切ったのならそこまでの出血はしないわよ」
きっぱりと言い切る佳奈。
この子はどこまで頭の回転が速いのだろうか。
その上に多彩な知識と推理力もある。
もしかしたらこの館の中では一番頭がいいのかもしれない。
――なら嘘をつくのは賢明じゃない、か……。
降参とばかりに浩介は笑みを零す。
それを佳奈は馬鹿にされたと捉えたのか、眉をキッと吊り上げる。
「な、なによ。私の考えが間違ってるっていうの? だってその切り傷はどう見ても――」
「あぁ、合ってるよ。これは紙じゃなくてガラスで切ったんだよ。さすがだよ、青樹さん」
佳奈がまだ喋っている上から浩介が言葉を被せながらも本当のことを口にする。
対して佳奈は言葉を失っていた。
意外にも早く浩介が答えてくれたことに加え、いつもと雰囲気が違うことに戸惑いを感じているのだろう。
――まあ無理もないか。普段の俺なら、もっと絡んだりしてるもんな。
薄く笑いながらも佳奈に背を向けて、血の付いていない方の手でドアノブを握る。
「なんか変に巻き込んで悪かったな。それともし良ければこのことは忘れてほしい。他の人に知られても困るしな」
それだけを言うとノブを握る手に力を入れる。
「待って!」
後ろからそう声が聞こえたかと思うと、右腕をぎゅっと捕まれる。
「勝手に私の部屋に入ってきて、しかも血で汚しておいてさっさと帰ろうなんて虫が良すぎ! しっかり責任を取ってもらうからね!」
振り向くと、目が合った瞬間にふいっとそっぽを向く佳奈がいた。




