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追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
第四章 安らぎのひととき
25/86

record25 楽園

――はぁ、少し疲れたな……。

あれから数十分後。

椅子に座りながらも敦司は呼吸を落ち着かせる。

他のみんなも同様、元々座っていた場所に腰を落ち着かせていた。

あの散らばったガラスをすべて拾うにはかなりの労力が必要だった。

敦司一人で拾ったわけではなかったが、量が量だけにそれなりの時間がかかった。

そしてもちろん河西の誘いにのってやってみるという人は出てこなかった。

逆に出てきたら出てきたで、全力で他の人達が止めに入ると思うが……。

――そういえば、風間くんに聞きそびれちゃったな。

そんなことを敦司はふと思う。

あの後何度か聞けるチャンスはあったが、後片付けやなんやらで結局聞きそびれてしまっていた。

――まあそんなに焦ることでもないか。


「…………」


……ぐう。急にお腹が鳴った。

なにしろパーティーが始まってから敦司が食べたものと言えばサンドイッチ二、三個と蕎麦を一口しか食べていないのだ。

だが、今の状況で何かを食べるわけにもいかない。

そのまま食事のことを考えていると余計にお腹が減ってくる。


「嫌な連鎖だな……」


敦司がぼそっと呟いたちょうどそのとき、河西が前に立った。

ガラスを散乱させた件もあるせいか、気まずそうな表情をしているように見える。


「グラスの処理を手伝ってくれたみんな、ありがとう。でも、僕は誰にでもミスはつきものだと思っているからね、失敗を恐れずにみんなもいろいろなことに挑戦してくれ」


どうしても謝りたくないのだろうか、さりげなく自分から他人の話題へと替えてくる。

当の本人は平静を装っているが、本当に悪くないとは思っていないだろう。

だから他の人たちを見ても、笑いをこらえている感じはあるが怒っている雰囲気は見られない。

――偉そうにしているように見えるけど、こういうところがあるから憎めないのかな。

この館での河西の印象が敦司にはなんとなくつかめてきたような気がしてきた。

河西は一度軽く咳払いをすると、今後のカリキュラムに関して説明し始める。


「それとこれからのことだけど、今日の夕食だけは特別各自にしようと思うんだけどいいかな? 朝食をみんなでとれたから、その分自由にしようと考えたんだけど誰か意見はあるかな?」


河西が提案した意見に賛成したり反対したりする者は出ず、みんな周りを窺っている。

するとその雰囲気を了承したと受け取った河西が話を進め始める。


「じゃあ今日の夕食だけは各自とってもらうことにするよ。もちろん、明日からはまたいつも通り十九時に食堂に集まってもらうからね。まあ明日も居たらの話だけどね」


確かに元々の約束だからと敦司は頷こうとしたが、最後の言葉を聞いた瞬間にぴたっととまる。

『明日も居たら』とはどういう意味なのだろうか。

そう不安に思ったが、河西の次の言葉で納得することになる。


「みんなの知っての通り、今日敦司くんが来たことにより全員が揃ったことになる。だから当初僕が決めていた通り、食堂の脇にある扉の謎を今日の夜、解こうかと思う」


河西の表情がいつもの表情ではなく、深刻な面持ちに変わる。


「何が起こるかわからないし、どうなるのかも定かではないからね。でも帰れる可能性もゼロではないってことは忘れないでほしい。僕たちを捕まえた連中が約束を守ってくれるかもしれないからね。現に今まで向こうからの接触もないわけだから」


そう喋っているときの河西の表情はどこか少し儚げだった。

帰りたくないようにも敦司には見えたのだ。

――でもそうか……みんながみんな、帰りたいってわけじゃないのか。

なんでも望めば提供してくれるシステムに、学校や仕事、何かに追いつめられるということもない。

言わばつらいことがある人にとっては、ここは楽園みたいなものなのだ。


「だからやり残したことがあるならいろいろやっておくといいよ。今日の二十時、あの扉の前にみんなに集まってもらう。そして謎を解こうと思う。今話したことに関して何か質問がある人はいるかな?」


河西が問いかけると、みんながまたざわつき始める。

確かに無理もないと敦司は思った。

みんな思い思い考えがあるのだろう。

でも河西の言った通り、元の世界に帰ることを優先することが普通だ。

いつまでもここにいるわけにもいかないのだから――。

そのまままた誰も言わないままで終わるのかと思った時、亮太がすっと手を挙げる。


「あの、あくまでも提案ですが、帰るのはもう少し落ち着いてからでもいいんじゃないですか? こんなことを言うのは不謹慎かもしれませんが……」


亮太の質問で周りが余計にざわつき始める。

やっぱり帰りたくないと思っていた人もいたのか、と敦司は心の中で思った。

河西がすぐに返答せず、黙っていると亮太がまた口を開く。


「それに敦司くんも来たばかりじゃないですか。せっかく歓迎会までしたのに、意味がないじゃないですか?」


亮太の言葉を聞きながらも目を伏せていた河西はふうっと息を吐きだしてからこう続けた。


「亮太君、君の気持ちもわからなくはないよ。僕だってせっかく会えた敦司くんともっと話したいと思うし、まだみんなと居たいとも思うよ。けど、ずっとここにいるわけにはいかないんだよ。分かってもらえるかな……?」

「ん……そうかもしれませんね……」


河西は怒った様子もなく、やはりどこか悲しそうな表情だった。

亮太を見ているようにも見えるが、彼の少し上、虚空を眺めているようにも見える。

対して亮太は納得いったようにも見えないが、仕方なしに椅子に座った。

他のみんなは特に異論はないのか、黙ったままだ。

そのことを確認するといつもの面持ちに戻った河西がまた話し始める。


「亮太くんの言う通り、なんで歓迎パーティーまでやったのかと思う人もいたかと思うけど、それはみんなの心を団結させるためだよ。敦司くんが来たのに何もしないってわけにもいかないからね……まあ、これで僕からの話は以上だよ。二十時に集合することはくれぐれも忘れないようにね」


もう一度念を押すように言うと「これで解散」と河西一言発し、席を立ち上がった。

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