record21 呼び方
それから何を食べようか迷っていると、視界の端の方で真夜が何かをとりたそうにおろおろしているのが目に入る。
どうやら周りのペースについていけないのか、食べ物がとりづらく困っているようだ。
和奏を呼んでやろうかとも考えたが、さっきの今なので少し気が引けた。
――んー、これを機に少し声をかけてみるか。
このまま話しかけないままってのも、これから一緒に過ごしていく仲間としてもどうかと思うしな。
そう思い、敦司は考えたことを行動に移すために真夜に近付く。
「あー、えーと、もし俺で良ければとってあげようか?」
できるだけ怖がらせないように努力をしながらも、そっと真夜に声をかけてみる。
だが声をかけられた真夜は体をびくっと震わせる。
「ご、ごめん、恐がらせちゃったかな……その、別に変なことしようとか、そんなやましい気持ちはないからね」
両手を横に振りながらも、わたわたと焦る敦司。
自分でもなぜこんなこと言っているか分からなかったが、とにかく真夜を安心させようという一心からの言葉だった。
すると思いが届いたのか、声を絞り出すようにして真夜が口を開く。
「あ……あの……そこのサンドイッチ、とってもらえますか……?」
「えっ、あ、うん。いいよ。俺もちょうど食べたいと思ってたところなんだ!」
もちろんそんなことを思ってもいなかったが、別に嫌いなわけでもないし、ついでといったほうが真夜も気負いせずに済むと思ったからだ。
真夜から皿を受け取ると二、三個とって皿の上にのせてから自分の皿にも同じ分だけのせる。
「これぐらいでいいかな?」
敦司の問いかけに真夜は首をこくりと縦に動かす。
――ほんとに喋らないんだな……この子。
皿を渡すときに改めて見てみたが、そこそこ可愛らしいことが分かる。
何がこの子の可愛らしさを落としているんだろうか、ちょっとおしゃれをすればもっと可愛くなれるような気もするのだが……。
そんなことを考えていると、ぼそっと呟くように真夜がまた口を開く。
「ありがとう……ございます」
「いやいや、どういたしまして」
それから何も話すことがなくなり沈黙が続く。
そうなると、周りで話している人たちの声がやけに大きく聞こえ始める。
――こういう時なんて切り出せばいいんだ……。
真夜の方を見てみると、敦司がとったサンドイッチを小さな口でもぐもぐと食べている。
じっと見ていると、小動物みたいで可愛らしくも見えてくる。
それから自分が真夜のことをじっと見ていることに気付くと、慌てて明後日の方向を向く。
――と、とりあえずこの場を離れよう!
少し喋れたし、それに助けてあげたんだからもういいよな。
そのまま敦司がその場を離れようと足を踏み出した時、意外にも真夜の方から声をかけてくる。
「その……乾杯……」
「えっ、え……?」
すっと手を伸ばすと、真夜はグラスを差し出してくる。
思いもよらない行動に敦司は少しの間あっけにとられたが、断る理由もないのでこちらも同じくグラスを真夜の方へと近付ける。
「乾杯、真夜ちゃ……」
そこまで言ってからしまったと思い、反射的にグラスがぶつける前に手を止めてしまう。
和奏や久遠が呼んでいたから、つられて呼んでしまったがさすがに名前で呼ぶのは慣れ慣れすぎると思ったからだ。
ちなみに河西も呼んでいたが、あの人はもちろん別だ。
「真夜でいいです……佐久間さん、乾杯……」
いろいろと試行錯誤しているうちに、真夜の方からグラスを当ててくれる。
カチンと響きのいい音が響く。
それから真夜はぺこりと小さくお辞儀をすると、自分の席へと戻っていく。
何が起こったのか処理が追い付かない敦司は真夜を引き止めるわけでもなく、その場に棒立ちになっていた。
逆にすぐに動けたとしても、今の真夜を引き止めることはしないだろう。
今の一件で十分に敦司としては進歩したと満足をしていたし、少しずづ仲良くしていければいいと思っていたからだ。
我ながら上手くいったな、と一人頷いていると脇から誰かに声をかけられる。
「よくあの子に声をかけられたね。自分もどうしようか悩んではいたんだけど、敦司くんが話しかけてくれて助かったよ」
視線を少し動かしてみると、そこには亮太と和奏が一緒にいた。
あの子とはおそらく真夜のことを指しているのだろう。
敦司と乾杯をするためにこの人もまた来てくれたのか、グラスを片手に持っていた。
「随分と女の子慣れしているようだね。なー、和奏?」
「え……う、うん……」
亮太はにやっと笑うと和奏に向かって話題を振り、和奏はそれに対し小声で返事をする。
どこから見ても嫌味がこもっている台詞だ。
敦司がなにも言わないでいると、亮太は「ははは」と笑いだす。
「冗談だよ、敦司くん? 僕としては君と仲良くしていきたいと思ってるし、さっきも言った通り気が合うと思ってるからね?それにこれから僕のことも思い出してもらわないといけないしね」
口を吊り上げると、にたっと笑う。
その時の亮太の瞳は人をぞっとさせるような、鋭い何かを感じさせたのだった。




