record19 自己紹介
「名前は佐久間敦司です。高校三年で、丘海崎高校に通ってます。誕生日は二月二十六日で、趣味とかは、その、えーっと……」
喋ることはほとんど決まっていなかったが、沈黙に耐えられない一心で思いついたことを考えるより先に口走っていた。
そのせいで話している内容もあまり自分ではわかっておらず、文章的には支離滅裂になってしまう。
――あー、俺は何を言っているんだろう……みんなに変な人だって思われてないかな。
みんなの視線を感じれば感じるほど焦ってしまい、なにを話せばいいか余計に分からなる。
「そんなに硬くならないでもっとリラックスしてくれていいんだよ。思ったことをそのまま話してくれるだけでいいから」
河西としては緊張をほぐそうとしているのかもしれないが、それがかえって敦司の焦りを煽ってしまう。
「え、あ、趣味はその、本を書くこと……いや、本っていうかなんて言うか……」
「もしかして漫画を描いたりしているのかな?」
「あ、はい。漫画って言っても自分の手作りなのであんまりうまくはないですけど」
「どんなジャンルなんだい?」
そこまで河西に聞かれると、敦司の頭の中で話すことがある程度絞られていく。
そして話題が決まってくるとどんなジャンルか、どんなものを舞台にして描いているかなど話す話題が頭の中でどんどん増えていく。
「えっと、ジャンルは色々でコメディとか恋愛系をよく描いたりしてます。でもあんまりうまく描けなくて、絵とかも結構ひどくて」
「えっ、でもすごいよ! あたしは敦司くんの描いた漫画、読んでみたいけどなぁ」
「別にいいですけど、そんな期待するほどのものでもないですよ。趣味で描いてる程度なので」
「それでもいいよ! あたし、漫画とか読むの好きだから!」
突然話題に入ってくる久遠に驚いたが、その反面自分の描いているものを読みたいと言ってくれるその気持ちが嬉しくもあった。
だから「じゃああとで時間があれば」と久遠に返事をする。
だんだんと落ち着きを取り戻してきた敦司は一度頭の中で話す話題を決めてからはっきりとした口調で話す。
「漫画を描いたりするのも好きですけど、読んだりするのも好きです。小説とかもよく読んだりします。あとは人と話したりするのも好きなのでよければ話しかけてください! これから、よろしくお願いします」
敦司がお辞儀をすると、他のみんなからぱちぱちと拍手が起こる。
その中でふうっと一息つくと、そっと席に座った。
「どうもありがとう、敦司くん。素晴らしい紹介だったと思うよ。これからもよろしく頼むよ……じゃあ、みんな待ちくたびれていると思うし乾杯の準備でもしようか」
「本当ですよ、河西さん。さすがの僕もお腹が減りましたよ」
やれやれといった表情を見せながらも、亮太の口元は笑っていた。
「本当はもう少し早く終わるはずだったんだけど、なんでここまで遅くなってしまったんだか……」
なぜだかわからないという表情で河西は不思議そうにしていたが、敦司としてはただ単に河西自身の話が長いからだと思っていた。
そして他のみんなも言わないだけでそう思っていると考えると笑いがこみ上げてくる。
この人たちの中では、河西という人はこういう立場なんだろうなということが、なんとなくだが敦司もつかめてきた気がした。
「ユキ様~! これ、飲み物です」
「ありがとう、久遠。ほかのみんなも各自用意して、乾杯の準備をしてくれ。あとは食べる物とかも用意しないとね」
そういう河西のグラスには既に飲み物が注がれており、食べ物を準備しようとしているところだった。
他の人たちも個々でグラスに飲み物を注いだり、食べ物などを用意したりしている。
言わばホームパーティーの準備中といったところだろうか。
自分も何かしようと立ち上がろうとしたとき、時計回りに飲み物を配っていた和奏から突然声がかかる。
みんなに飲み物を注いでいて、順番的に敦司のところまで回ってきていたのだ。
「あっくん、なに飲む?」
「え?……なんだ、和奏か。誰かと思ったよ」
「えへへ、驚かしちゃってごめんね。お茶とかジュースとかあるんだけど何がいい?」
「うーん……種類が多くて迷うな」
「あ、そういえばあっくん、昔牛乳が好きだったよね」
「ん? あぁ、そんなこともあったな……よく覚えてるな」
「あっくんのことなんだから忘れたりしないよ」
そういいながらも和奏は小さくクスクスと笑う。
多分当時のことでも思い出して笑っているのだろう。
確かあれは俺がまだそれなりに小さかった頃、八歳くらいの時の話だ。
家で和奏と遊んでいたとき、祖母がちょうど買い物から家に帰ってきて牛乳を買いすぎてしまったと悩んでいる時だった。
それがたまたま敦司の好きな飲み物だったわけで、残したら勿体ないと無理に飲んだ記憶がある。
そして次の日気持ち悪くなるという苦い経験があったのだ。
――たしかあの時は好きってのもあったけど、背も伸ばしたいとも思ってたもんな。
よく先生からは、牛乳を飲む子はよく育つと聞かされていたものだ。
今となっては、あれも懐かしい思い出の一つだ。
「あの時はほんと吐きそうなくらい気持ち悪かったなぁ」
「あれだけ飲んだらあっくんに限らず、誰だって気持ち悪くなっちゃうよ」
「ははは、たしかにそうだな」
思い出してみると、和奏だけは必死に止めようとしてくれていた記憶が敦司の頭の中を過る。
――ほんと、昔は俺が何か危ないことをやろうとする度に和奏が止めようとしてくれてたな。
でもそこで敦司はある違和感を覚える。
それは和奏と一緒になってもう一人止めに入っていた人がいたような気がするのだ。
はっきりとまでは覚えてなくおぼろげだが、一度気になるとなかなか頭から離れなくなる。
――んー、ばあちゃんだったかな……いや、でももっと若かったような気もするし……。
敦司が難しい顔をしていると和奏が心配そうな表情で声をかけてくる。
「あっくん……どうかした?」
「あぁ、少し気になったことがあったから考え事をしてただけだ」
「気になったこと?私でよければ聞くけど……」
そこまで言われて初めて、最初から和奏に聞けばよかったのだと敦司の頭の中で合点がいく。
あの場に和奏だって一緒にいたのだから覚えている可能性だってあるのだ。
そうなるとさっきまで悩んでいた自分が少し馬鹿らしく思えてくる。
「あのさ、俺が飲みすぎて具合が悪くなる前日、和奏がたしか俺のことを止めようとしてくれたよな?」
「う、うん。あっくんが一気にたくさん飲もうとしたからお腹壊しちゃうよって言って止めたけど」
「そうそう、それでたしか俺の記憶だともう一人和奏と一緒に止めに入った人がいたよな気がするんだよ。あれ、ばあちゃんだっけ?ちょっと気になっちゃってさ」
「えっ…………」
一瞬だが明らかに和奏の目に迷いが生じる。
まるで何か隠しているような、そんな雰囲気だ。
それを訝しげに思った敦司が口を開きかけた時、横からくいっと服の端のほうを誰かに引っ張られる。
「あの……早くしないと、河西さんが乾杯を始めちゃいますよ?」
消え入りそうな声だが、聞き取れるような声でそう知らせてくれる。
誰かと思い振り向く前に、和奏がその相手に対して先に対応をしていた。
「教えてくれてありがとね、真夜ちゃん。ええっと……私だったら無難にジュースとかがいいと思うからここに置いていくね。じゃあまたあとでね、あっくん」
「ちょっ、おい、和奏!」
近くのテーブルの上にジュースの瓶を置くと、和奏は小走りで自分の席へと戻っていく。
――いったい何があるっていうんだ……。
自分で答えを出そうとしても分かるわけがなく、今の敦司にはただ茫然と立ちつくことしかできなかった。