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追憶のラビリンス~館の占星術師~  作者: 遠山 龍
第三章 まだ見ぬ住人達
14/86

record14 クッキー

それを見かねた河西がやれやれというといった表情で言い放つ。


「困ったよ、ほんとに……この時点で食堂にみんなが集まっているはずだったのに。いくら久遠に頼まれたからといっても食堂から勝手に出てはだめだよ、柚唯ちゃん」

「すみません……でも、今回のはすごくうまくいったんですよ! きっと誰にでも売れちゃうくらいです!!」

「そうかい……それはよかったね……」


嬉しそうな笑顔で言われると、さすがの河西もあまり強く言えないのか深く追求はしなかった。

話から察するに、螺旋階段を下りてくる眼鏡をかけている彼女の名前は柚唯というのだろう。

久遠も可愛い人だと思ったが、より柔らかいイメージを持った可愛さが柚唯にはあった。

ボディラインの目立たない服を着ているせいでわかりづらいが、スタイルがいいのもわかる。


「河西さんも一つどうですか?」

「僕は後でもらうことにするよ。それより早く敦司くんをみんなに紹介したいんだけど……早くしてくるかな?」

「はい、今すぐ、ひゃっ!?」


河西にせかされた柚唯は急いで螺旋階段を下りようとして、足を絡ませてそのまま転んでしまう。

皿は柚唯の手を離れ、宙を舞い、柚唯自身は階段の手前の床でうつ伏せに倒れた。

かなり派手に転んだものだから心配になり、敦司は柚唯に駆け寄る。


「え、えーと……大丈夫ですか?」

「う、うん。平気だよ。ありがと」

「それならよかったです」

「全然よくないよ……」


敦司が柚唯の無事を良かったと言った瞬間、間髪いれず河西が肩をわなわなと震わせながら会話に割って入ってくる。

その河西はというと、頭から皿をかぶっており、クッキーの破片が肩や服に飛び散っていた。


「確かにあそこまで派手に転んだのに柚唯ちゃんに怪我がなかったし、僕の頭に皿が当たっても頭蓋骨が割れなかったからよかったかもしれないね」

「すみません、河西さん……でも別に狙ってやったわけじゃないですよ」

「君という人は……これが初めてなら僕も頷くことはできるけどね」

「し、信じてもらえないかもしれないですけど、本当にわざとじゃないんです!」


河西と柚唯のやりとりをみていて、今までどのくらい当ててきたんだろうかと興味本位程度で気になっていると、河西が柚唯の説明をし始める。


「この子は高宮柚唯タカミヤ ユイちゃん。別に誰彼構わずぶちまけるようなことをしているわけじゃないんだ。もちろん、それを遊びでやっているわけでもないらしいから仲良くしてやってくれ」


なかなかの冴木なりの、嫌味がたっぷりな紹介だった。

誰が聞いたってそんなのを遊びにするわけがないのはわかっている。

ただ河西もそれだけ今まで柚唯にやられてきたということなんだろうが……。


「えっと、高校三年、佐久間敦司です。よろしくお願いします」


とりあえず敦司は自分も自己紹介をすることにする。

河西が嫌味を言った後だと喋りづらいと思ったからだ。

すると柚唯はにっこりと笑ってくれる。


「お名前は和奏ちゃんから聞いてるよ。私は大学一年生だよ。名前は高宮柚唯っていうよ。お菓子を作るのは好きだけど、人にお菓子をぶつけたりするのを遊びにしたりはしてないからね。よろしくね」

「そういいつつ、僕には今までもう3回ほど当てているけどね」

「で、でも、河西さん以外の人には当てたことないよ!それにわざとじゃないし……」

「どうだろうね」

「……ごめんなさい」


このことに関しては余程河西も傷付いているのかへそを曲げる。

そして服についているクッキーを払うと食堂の方へと一人で行ってしまう。

敦司の背後では柚唯が残念そうに床に散らばったクッキーを見つめていた。


「せっかくうまくできたのになぁ」

「また作ればもっといいのがきっとできますよ。でも、たしかに勿体ないですよね」


柚唯としては独り言で言ったのだろうが、敦司が返してきた言葉に対して彼女は再び笑顔で反応してくれる。


「あ……うん、そうだよね!  今度はもっと美味しく焼けるようにがんばる」


あの河西の嫌味ももろともしない笑顔、か。

確かにこんな笑顔を見せられては、何か言い返すつもりでも攻撃的な言葉を言えなくなるのは敦司も同感だった。


「あ、そうだ」


何かを思いついたかのように、柚唯は腕から下げていたポーチの中から綺麗に包装されたクッキーを取り出す。


「これ、敦司くんの分だよ。せっかくプレゼントするなら久遠ちゃんが包装しようっていってくれてね。だからしてみたんだけど……よかったら後で食べてほしいな」


小さい袋に何個かクッキーが入っており、袋の上はリボンで丁寧にとめられていた。

見た感じは普通の店で売っているものと区別がつかないほどだった。


「最初はお皿にのせてみんなに食べてもらおうと思ってたんだけど、それだと敦司くんが食べる前になくなっちゃうって、久遠ちゃんが言ったんだ……私はそこまでおいしいと思わないし、そんなに人気もないと思ったんだけど……でもこんなことになっちゃったし、分けておいて良かった」

「え、あ、ありがとう……ございます」


真っ直ぐな笑顔に思わず戸惑ってしまう。

――わざわざ俺のために分けておいてくれたのか。

学校で女子とはあまり接しない敦司にとっては、女の子から何かもらえることはかなりうれしいことだった。

まあ和奏に毎年プレゼントやバレンタインなど、特別な日にもらっていたのを除いてのことだが。


「せっかくだし、少しだけ食べてみてもいいですか?」

「えっ、えっ?」


リボンをほどき、クッキーを一つ口に運ぶ。

柚唯はそれを心配そうに見ていたが、素人が作ったと思えないほどにすごくおいしかった。


「どうかな……? 美味しくなかったらごめんね」

「いや、そんなことないです。すごくおいしいですよ。お店に出せるくらいに! 高宮さんすごいですね!」

「そ、そうかな? 喜んでもらえたのならうれしいな。また作るから、よかったら食べてね」


柚唯は頬を赤く染め、恥ずかしそうにはにかむ。


「それと……柚唯でいいよ。なんか高宮さんなんて呼ばれ慣れてないし、他のみんなも下の名前で呼んでるから……」

「そ、そうなんですか……じゃあまた作ったら声をかけてね……柚唯。……な、なんかやっぱり呼び捨てはさすがに気恥ずかしいですね」

「あっ、そ、そうだよね。ごめんね、馴れ馴れしくて……」

「別にそういう意味じゃなくって……じゃあ柚唯さんって呼ばさせてもらいますね」

「う、うん……」


二人とも恥ずかしくなってしまい、やきもきしていると先に食堂に向かった河西から呼びかけられる。


「二人とも何をやっているんだい? 早くしてくれないか?」

「あ、はーい。いこ……敦司くん」

「そ、そうですね」


食堂へと向かう柚唯についていこうと歩き出した時に、足元に散らばっているクッキーに敦司は気付く。


「これって片付けなくてもいいんですか? よければ自分が掃除しておきますけど……」

「それは片付けなくても平気だよ。なんでかは知らないけど、誰もいなくなると勝手に片付いてるんだ。誰かがやってくれてるのかな?」

「そうなんですか? なんか不思議な気持ちになりますね……」


このままにしておくのはなんだか悪いな、という気持ちにかられながらも敦司はその場を後にした。


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