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 朝は6時起きです。健康の為にラジオ体操は欠かせません。

 昨日あれから悠哉くんとは話せず、朝ご飯を一緒に食べれるかなと思ったら、


「悠哉は朝練よ」


 おふ。会えなかった。


「悠哉は悠哉なりに思う所もあるだろうから、今はそっとしておきなさい」

「お母さん……」


 そうだよね。いきなり記憶喪失なんて言われたら混乱しちゃうもん。少しずつ距離が縮まればいいな。

 よーし、今日も一日頑張ろう!


「ご飯食べたら仕度しなさい。一緒に学校に行くから」

「え、お母さんも学校に行くの?」

「当たり前でしょ。愛花の事を説明しに行かなきゃならないんだから」


 成る程! 確かにお母さんから話してくれた方が信憑性がある。それに上手く説明出来るかもわからないし、此処はお母さんにお願いしよう。


 学校二日目は、電車ではなく車で登校。しくしく、電車に乗りたかったな。地図なしで行けるよう、道を覚えたかったし、なにより、駅の近くにあったパン屋さんの匂いが素敵だった。匂いでご飯食べれます。

 お母さんの車で学校に着き、職員室へと向かう。前もって連絡を入れていたらしく、職員室から出てきた担任の先生が会議室へと案内をしてくれた。


「さて、御用件は何でしょうか?」

「いつも娘がお世話になっております。実はお話しなければならない事がありまして。こちらを」


 鞄から取り出した一枚の診断書。なんかすごくドキドキしてきた。先生にもあまり良い印象は持たれてないと思うから、悠哉くんの時みたいに怒られたらどうしよう。

 診断書を見るなり、先生の眉間の皺が深くなる一方。ひえぇ……


「これは……なにかの間違いでは? いつものように彼女の悪戯なのではないですか?」


 愛花ちゃーん。いつもなにやってるの!?


「先生には大変ご迷惑をお掛けしております。ですがその診断書は本物です。昨日私と一緒に病院に行き、医者から渡された物。娘は【全生活史健忘】、即ち、記憶喪失になってしまったんです。」

「いや、しかし……」


 ちらりと私に視線を向けられたけど、その目には疑惑の一色。うん、信じてもらえてない。


「昨日の娘におかしな事はなかったですか?」

「確かにいつもとは違いましたが。俄には信じられませんね」

「ですがそれが真実なんです。なにかとご迷惑をお掛けしますが、どうぞ娘をよろしくお願いします」


 お母さんが頭を下げたのを見て、私も深く頭を下げた。もしかしたら先生も愛花ちゃんに何かされたのかもしれない。あんまり疑いたくはないんだけど。


「わかりました。此方も出来る限りの事をさせてて頂きます」


 その後お母さんは帰って行き、私と先生は無言のまま教室へと向かっている。

 はっきり言って気まずい……なんでもいいから明るい話題を! 何か話題はないかと必死に出てきた言葉は、


「私は先生に嫌われるようなことしませんでしたか?」


 のぉおおおおっ!

 なんでよりによってその言葉が出てきたの!?

 立ち止まり振り返った先生の目は、不機嫌でも怒りでもない、蔑むような冷めたい氷のような目だった。

 そんな目で見られたことない。悠哉くんでもそんな目をしなかった。怖い、先生が何を考えているかわからなくて。

 生唾を呑み、1歩後ろに下がった私に、先生はゆっくり近付いて来た。

「覚えないのか、忘れた振りをしているのか。俺にとってはどうでもいい。ただ、お前が俺の未来を壊したことに変わりはない」

「え……」


 固まった私を置いて、先生は教室へと続く廊下を歩いて行く。

 愛花ちゃんが先生の未来を壊した? 即ちそれは私が背負う罪であって……愛花ちゃーん、いったいなにをしたの!?


 ふらふらな足取りで教室に入り自分の席に着くと、心配そうに田中くんが話し掛けてきた。ああ、田中くんの優しさが胸に染みるよ。


「大丈夫? 顔色悪いよ」


 返事を返そうとした時、先生からあの事を皆に話し始めた。


「最後に話しておくことがある。今朝、篠塚のお母さんから篠塚が記憶喪失だと聞かされた。いきなりのことで戸惑うだろうが、力になれることがあれば助けてやってくれ」


 え……。なんかさっきと全然声も表情も違うんだけど。

 戸惑う私を余所にホームルームは終わり、先生は教室を出ていく。そして周りからの視線が。ヒソヒソと小声で話ながら私を見ている。こうなるんだろうなって思っていたから視線は気にしない。

 私が今一番気になっているのは先生のことだ。私個人と話している先生と、教室での先生の態度が全く違っててビックリした。あんなに冷たそうだったのに、教室では気遣ってくれる。どっちが本当の先生なの?


「大丈夫だよ。最初は皆戸惑うだろうけど、きっと仲良く出来るから」

「田中くん……」


 私がクラスの皆と仲良くなれるかどうか、悩んでいたと勘違いしたのかな。励ましてくれる。優しいな。

 そうだ! 田中くんからなにか先生のことを聞けないかな? 詳しくはわからなくても、普段愛花ちゃんとどんな感じなのか、とか。


「あの、田中くんに聞きたいことがあるんだけど」

「俺に? なにかな?」

「あのね、私と先生って仲悪かった?」

「え、先生って須藤先生のこと?」

「うん、担任の先生」


 確かそんな名前で呼ばれていたような……覚えなきゃならない名前がたくさんあって大変。


「そうだな。普通、だったんじゃないかな? あんまり二人でいた所見たことないし」


 普通。そんな訳ない。もしかしたら、周りには気付かれないようにしていたのかも。教師が冷たい態度を取って、周りに影響を与えちゃうかもしれないから。


「あ、でも……」

「なに?」


 何かを思い出したのか、少し気まずげで言いにくそうに口を開く。


「一度だけ、先生が篠塚さんのことを睨んでいたことがあったんだ。なんか、親の敵でも見る感じで怖かったの覚えてる。俺の気のせいかもしれないけどね」

「………」


 それ気のせいじゃないです。

 やっぱり先生に何かしたんだね愛花ちゃん。いったい何をしたんだろう? きーにーなーるー。

先生の未来を壊したっていうことは、教師としての未来を壊したってことなのかな? 減俸とか? それとも出世出来なくなってしまったとか!

 もしそうだとしたら、私はどうすればいいんだろう。やれることが全然思い付かないよ、さすがに。


「あんまり気を落とさないで。今の篠塚さんなら、きっと先生と仲良くなれるよ。今の篠塚さんはとても話しやすいから」


 今の私。私を見てくれてる。愛花ちゃんの体だけど中身は私。愛花ちゃんとしてではく、今の私を見てくれてるんだ。


「ありがとう! 田中くん。私頑張るよ!」

「わっ、あ、うん。俺も力になりたいから、なんでも言って」

「本当にありがとう! 田中くんは優しいね」

「いや、そんなことないよ。……下心有るし」


 前のめりになって田中くんに近付き、たくさん感謝の言葉を伝えた。嬉しかったから、私を見てくれることが。最後の方がよく聞こえなかったけど。



「くそ、田中が羨ましい」

「記憶喪失って彼処まで変わるもんなのか。全然別人にしか見えねー」

「……嘘なんじゃない? 都合良すぎでしょ」

「だよねー。男子の気を惹きたくて嘘ついてる決まってるよ」




 クラスの皆からは遠巻きに見られ、声を掛けられることはなかった。うん、そんなもんです人生って。負けません!

 6時間目の学活で、体育祭で行われる種目について話し合うことになった。いったいどんな種目があるんだろう。ドキドキが止まりません。

 昨日渡されたしおりの種目の頁を開き、私が出れそうな種目があったらいいなと思い、見てみた。


【二年競技種目】

1.50M走

2.借り物競争

3.障害物競走

4.私を食べて

5.騎馬戦

6.綱引き

7.あなたと一緒に

8.学年別リレー


 うわー、体育祭って感じ! 意味がわからないものが2つあるんだけどね。これはいったいなんの競技なの?

 私と同じことを思った人は多く、ざわめきが広がる。学級委員の人が黒板に種目を書き、注目するよう呼び掛ける。


「静かに。競技はこの6種目。ひとり最低2つは出てもらいます。『私を食べて』は女子のみ、『騎馬戦』は男子のみです。質問ある人は手を上げてください」

「はーい。『私を食べて』と『あなたと一緒に』ってどんな競技?」


 なんてことだろう。2つも出ていいなんて! やったね、やる気出る。寝たきりだったし、運動したことないから練習しなきゃ。


「『私を食べて』はパン食い競走よ。『あなたと一緒に』は二人三脚。これは男女一組ずつの決まりだから」

「えー、パン食い? やだーカッコ悪」

「ないよねー」


 パ、パン食い!?

 体育祭の種目において、定番であり尚且つ王道のあのパン食いがあるなんて。今じゃ漫画や小説でもあまり見掛けないのに、この学校素敵すぎるー!

 やりたい、絶対にやりたい!


「それじゃまず『あなたと一緒に』のペアを決めます。この中にクジが入ってるから数字が同じ人と組んで」


 委員長が用意した箱に、順番にクジを1枚引いていく。私は誰となるんだろう。クジの中身を見ると【16】と書かれていた。


「3番の奴ー」

「えー、あんたと一緒とか最悪」

「それはこっちの台詞だ、バーカ。足引っ張るなよ」


 皆相手を見つけていく。どうしよう、私も声を出すべきなのかな。


「篠塚さんは何番だったの?」

「え、私は【16】」

「本当に!? 俺と同じだ。よろしくね」


 そう言って見せてくれたクジには、確かに私と同じ【16】と書かれていた。おー、田中くんとペアだ。友達の田中くんと一緒なら安心。


「よろしく、田中くん!」


 田中くんの手を握って頑張ろうね、と笑うと何故か顔を逸らされた。心なしか耳が赤い。風邪なのかな?


「次に今から種目を言っていくから、出たいと思ったら手を上げてください」


 50M走には、やっぱり足の速さに自信がある人が手を上げた。陸上部の人とか運動部の人が多い。私も運動部に入りたいな。青春を味わいたいのです。

 借り物競争なら足の速さより、いかに早く誰かから物を借りてくればいいんだよね。よし、此処は手を上げよう。

 そしていよいよ、パン食い競走の番だ。勢い良く手を上げたのは私だけだった。


「えっと……篠塚さん本当にパン食い競走に出たいの?」

「はい! パン食い競走に出たいです」

「……それじゃあ、篠塚さんは出場っと。後はじゃんけんで決めるわよ」


 他の皆は嫌々って感じ。楽しそうなうえに、パンまで食べられるお得な競技なのに。


「嬉しそうだね。そんなにパン食い競走に出たかったの?」

「うん! すごく楽しみ。全力でパンにかじりつきます」

「はは、頑張ってね」


 私が出る競技は、借り物競争とパン食い競走。そして手を上げる人が少なかった綱引きにも出場することになった。全部で4種目。やるぞー!

 因みに、田中くんは50M走と騎馬戦、綱引きに学年別リレーと、合わせて5種目。なんと、サッカー部に入ってるから走るのが好きなんだって。今度是非、見学しに行かせてください。


 学活が終わり、下校時間になって皆バラバラに行動していく中、先生が話し掛けてきた。


「放課後、生徒会室で体育祭の話し合いがあるらしい。生徒会室に行くように」

「あ、はい! 教えてくださってありがとうございます」


 あれから先生と接触出来ないまま、放課後まで来てしまったけど、これはチャンス。少しでも歩み寄らなければ……と思ったんだけど、先生は用が済んだとばかりにさっさと教室から出ていってしまった。足速いよ、先生!


 生徒会室の場所を確認した後、廊下を歩いていると周りからの視線がビシビシ感じる。うーん、どうも私が記憶喪失だってことが広まったのかな? 内緒話せずに話し掛けてくれたらいいのに。

 生徒会室の前まで来たけど、あることを思い出して中に入るのに躊躇してしまう。

 この中には上履きに書かれていた、あの一ノ瀬先輩がいるんだよね。いったいどういう人なんだろう。会っちゃっていいんだろうか。

 ええい、女は度胸だ!


「失礼します」


 ドアを叩き中に入ると、そこには……


「よう、噂の記憶喪失少女。注目の的になった気分はどうだ?」

「記憶があってもなくても、仕事の邪魔にしかならないんで帰ってくださって結構ですよ」

「篠塚か。迷わず来れたか?」


 おふ。ま、眩しい! イケメンしかいないんですけど。

 最初に声を掛けてくれた人は、髪が肩まで長く、後ろに纏めた明るい雰囲気の人。

 次に声を掛けてくれたのは小柄で可愛らしい、ノートパソコンで仕事をしてる人。はっきり言って愛花ちゃんより可愛い! 背中にお花が見えるぐらい可愛い!

 最後は友達の御子柴くん。席から立ち上がり、生徒会の二人を紹介してくれた。


「こいつが会計の榊」

「どーも。記憶がないってどんな感じ?」

「榊っ! そしてこいつが書記の千葉」

「……」


 会計の榊さんは挨拶してくれたけど、書記の千葉さんは目を合わそうとせず、ずっとパソコンを弄ってる。真面目さんなのかもしれない。私も見習わなくちゃ。


「なにかとご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」

「へー……」


 あれ? 会計さんと書記さんはいたけど、会長さんは? 副会長が御子柴くんだから、一ノ瀬先輩が会長なんだろうけどいない。

 キョロキョロ辺りを見回しても見つからなく、首を傾げていると、


「どうした?」

「いえ、会長さんはいないんですね」

「ああ、それは……」


 なんだろう。すごく言いにくそうな顔をしている。


「会長は君に会いたくないから此処には来ないよ」

「榊っ!」


 御子柴くんの代わりに榊さんが答えてくれた。私に会いたくないから生徒会室に来ないなんて、二人は仲が悪いのかな? 上履きにも近付くなって書いてあるし、調度良いけどこれじゃあ生徒会の仕事にならないんじゃ。

 大問題だよ!


「私は会長に会わなくても良いんですけど、皆さんは会長に会えなくて大丈夫ですか? 生徒会の仕事に支障が出たりしませんか?」

「………」


 あれ、沈黙。

 皆からの視線が集まるけど、変なこと言ったかな?


「あはははっ、記憶がないって本当なんだ。仮にも恋人に向かって会いたくないなんてさ」

「仕事に支障があるに決まっているでしょう。先輩がいない方が効率が良いんで、帰ってくださって結構ですよ」


 私を先輩と呼ぶってことは、千葉さんは一年生なのか。千葉くんと呼ぼう。て、あれ? なんか聞き捨てならない言葉があったような……


「えっと……どういうことでしょう?」

「んー? だから、恋人の和樹のことを忘れたんなら、二人は別れて、和樹は本当に好きな子と付き合えるってことだよ。わかった?」


 ごめんなさい。ちょっとわかんないです。

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