彼女を忘れたのは君なのに 壱
榊視点。
3部構成になっています。次回は10/9に予定しています。
長らくお待たせ致しました。たくさんのコメントとレビュー、本当に嬉しいです。
ありがとうございます。
「大切な弟を守るのは、お姉ちゃんの役目です」
『大切な友達を守るのは当たり前です』
なんでかな。
君は忘れているはずなのに。
俺の事も、『彼女』の事も。全部忘れているはずなに。
どうして君の姿が『彼女』と重なっちゃうんだろう。
□■□■□■
幼少の頃はあまり体が丈夫な方じゃなかった。喘息持ちで激しい運動が出来なくて、家にいる事の方が多く、今の俺からは想像も出来ないであろう引っ込み思案。内気な性格では友達もなかなか出来ず、幼稚園では1人で過ごしていた。
そんな幼稚園生活を強引に変えたのは、幼なじみの桜子。活発で逞しく、女とは思えないがさつさ。男相手でも怯えることなく拳(足込み)で語るとんでもない奴だった。
だけど明るく真っ直ぐな桜子は人を惹き付ける。喧嘩や騒動は起こすが、いつだって輪の中心にいた。皆が桜子を好きだった。
そんな桜子に、俺は初恋にも似た憧れを抱いた。本人には絶対言わないけどね。弄られるのが目に見えているから。
貧弱で女顔。母さんの趣味だったのか、中性っぽい服を着せられていたせいでよく女の子と間違われていた。新をつい弄ってしまうのは、そんな昔の自分を思い出してしまうからかもしれない。
幼稚園で猿山の大将をやっていた桜子と一緒にいたおかげで、少しずつ人見知りが治り始めた頃、公園で和樹と出会った。
桜子にしたら運命の、いや和樹にもか。2人が惹かれ合ってるのはすぐにわかった。
いつも桜子と遊んでいたのは俺なのに、桜子を取られてしまったような気分になり、つまらなく感じる時間が増えていく。桜子の隣は俺の居場所だったのに。ようは、幼い子供の嫉妬だ。
そんな時だった。父さんの知り合いから、気管専門の腕のいい医者がいると聞き、その医者がいる病院へ行くことになった。
そこで『彼女』と出会ったんだ。
診察後、両親と医者が話している間、小児科の待合室で待っているように言われそこに行くと彼女がいた。
真っ黒な黒髪は肩より長く他の子供逹より小柄。窓際で子供逹に絵本を読んであげている姿に目を奪われた。その場に佇む俺に気付いた彼女が顔を上げ、黒髪と同じ真っ黒な目で見つめられる。
桜子の影響か、彼女は取り分け美人でもなく普通の、どちらかといえば可愛い感じの子だった。
でも俺は彼女を『綺麗』だと思ったんだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちはっ」
初めて聞いた彼女の声を今でも覚えている。
一緒に本を読もうと誘われ傍に行くと、真っ白な肌に細い手足が儚さを感じさせ、子供達に本を読んであげている姿はまるで聖母マリアのようで。本を読み聞かせてくれるけど内容は頭に入らず、ずっと彼女を見つめていた。
「私、××××。あなたのお名前は何て言うの?」
「あ、僕は……けい……」
いつの間にか本は読み終わり、ずっと見つめていた彼女と視線が合い、戸惑いから名前を最後まで言えなかった。
「けいちゃんって言うんだ、よろしくね」
ふわりと笑う彼女はとても綺麗で、息が出来なくなるぐらい心臓がドキドキしていたのを覚えている。
あの時、確かに俺は彼女に恋をしたんだ。
両親が医者と話している間、彼女と病院の外での事を話をした。彼女は生まれながら病弱で、今までずっと病院生活だったらしい。そのせいか、外の世界が気になるようで楽しそうに話を聞いてくれる。
俺が入学したばかりの小学校の話をすると、目をキラキラさせて「いつか私も学校に通いたいな」と笑い、その後少し寂しそうな表情を見せた。だからきっともうすぐ行けるようになると励ます。彼女に曇った顔は似合わない。
当時の俺はお気楽なもので、彼女の病気はすぐ治るものだと思っていた。彼女は何時だって笑顔で明るかったから。その笑顔の裏に、どれ程の悲しみと苦しみを抱えていたのかも知らずに。
「うん、私頑張る。お外に出られたらまた私と遊んでね」
「もちろん!」
医者と話を終えた両親が戻り、暫く通院する事になると申し訳なさそうに言う。病院が好きな子供なんていない。だけど俺は嬉しかった。
検査は嫌いだし、薬も苦い。それでも病院に行けば彼女に会える。それが何より嬉しかったんだ。
彼女と出会って数ヶ月。月に二回の通院日は、一番の楽しみな日。変わらず彼女は小児科の遊び場に居て、俺が来る日が楽しみだと言ってくれた。
一緒に本を読んだり、玩具で遊んだりと穏やかな一時。普段俺の周りには騒がしい桜子の影響か、賑やかな友達ばかりで彼女が纏うふんわりした雰囲気は、俺の心を夢中にさせていた。
桜子や和樹には彼女の事は秘密にしている。彼女の事を知られたくなかったからだ。恥ずかしいとかじゃなくて、誰にも教えたくない。俺だけの特別な女の子でいて欲しかったから。
だけどそんな幸せな日々も、とある一人の女の子によって壊される。
そう―――
あいつがやって来たんだ。
いつも通り診察の前に彼女がいる小児科の遊び場へ行く。その日も変わらず彼女が小さな子と一緒につみきでお城を作って遊んでいた。
俺も手伝っていると、頭上から影が落ちる。振り返れば、
「そこどいて」
ひらひらした赤いワンピースを着た、幼いながらも派手な顔立ちをした女の子が仁王立ちしていた。見たこともない新顔。変なぬいぐるみを抱き締めて、ちょっとつり目の大きな瞳が生意気そうで。
どいてと言われ立ち上がろうとしたが、それより先にその子は真っ直ぐに歩き出す。
つみきの城へ真っ直ぐに。
「え」
「あっ!」
躊躇なく堂々とつみきの城を壊して歩き、そのままソファに座る。言っておくが此処の小児科の遊び場は結構広かった。遊び場の中央で遊んでいたので、ちょっと回り込めばソファに座れるはず。なのにこの女の子はつみきの城を避けようとせず、真っ直ぐにソファへ座ったんだ。
なんだこいつ。
「……………」
「………うぇぇぇん、おちろがぁぁあっ!」
呆気に捕らわれていた俺と彼女の横で、泣き出す小さな子。当たり前だ。もう少しで完成する所だったんだから。
慌てて慰め、もう一度作り直し最初より大きな城が出来上がれば、泣き顔も笑顔に変わる。ほっと安心するも、チラリと横目であの女の子を見れば無反応。壊れた事など自分は関係ないと本気で思っているのか、絵本を見ていた。
なんだこいつ。
「こんにちは。私××××。つみきを壊した時はきちんと謝ろうね。あっちで一緒に遊ぼうよ」
人懐っこい子供もその子には近寄ろうとせず遠巻きで見ていたのに、彼女はちょっと困った顔を見せるが笑顔で話し掛けた。普通なら怒る所だ。一人でいる子を放って置けないのは彼女の性分なのだろう。なのに、
「なんで? 謝る必要なんてないでしょ」
彼女をチラリと見ただけで、再び絵本を見る。周囲にどよめきが起きるも気にする素振りもない。
「でも、壊したら謝らないと」
「私が歩く道にそんな物を作っている方が悪いの。だから私は悪くないわ」
マジでなんだこいつ。
流石の彼女も固まってしまった。
これが、俺と『彼女』と―――
「あなたのお名前教えて欲しいな」
「……………篠塚愛花」
篠塚愛花の出会い。




