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 榊先輩の事を考えながら電車に揺られ、じわじわと痛む肩を撫でながらお家に着いた。間宮先輩に言われた通り、濡らしたタオルで肩を冷やし薬箱の中から湿布を探す。

 愛花ちゃんの体を傷付けてしまった。痕が残らないといいけど。

 湿布を見つけ肩に貼ろうとした時、ガチャリとリビングのドアが開いた。


「………………」

「あ、おかえりなさい」


 帰ってきたのは制服姿の悠哉くん。私と目が合った途端、固まったかのように目を見開いている。かと思ったらリビングから出て勢いよくドアが閉められた。

 どうかしたのかな? と思いつつ、肩に湿布を貼って服を着た。うん、さっきより痛みが和らいだ気がする。


「………おい」


 薬箱を片付けていると、廊下から悠哉くんの声が。返事をするものの、リビングに入って来る気配はない。


「服着たのかよ」

「え、はい着ましたよ」


 そこで漸く悠哉くんがリビングに入って来た。眉間に皺を寄せて。

 あれ、なんだか機嫌が悪そう。お腹でも空いたのかな?


「………肩、どうした」

「え……えーとですね、教室で転けてしまって運悪く机の角に当たったんです」


 心配を掛けてしまうから本当の事は言えない。だから誤魔化そうと咄嗟に出た言葉だけど、上手い誤魔化し方じゃないかな? 実際、靴紐を踏んでしまって教室で転けた事あるし。


「ふーん」


 信じてくれたのかいないのか。表情からは読み取れないけど、声のニュアンスからして納得はしていない様子。

 気付いていても気付かない振りをして薬箱を片付けた。視線が背中に突き刺さるのは気のせい気のせい。冷や汗が流れる中、廊下の方から物音が聞こえた。


「ただいま。2人とも早かったのね」

「おかえりなさい」


 仕事から帰ってきたお母さんがスーパーの袋をキッチンに置く。悠哉くんの視線から逃げるように、お母さんのお手伝いをしようと私もキッチンへ。


「愛花、クリーニング屋さんの場所わかった?」


 スーパーの袋から野菜を取り出し冷蔵庫に入れると、お母さんの呼び掛けに首を傾げる。

 クリーニング屋さんの場所?

 そこでハッとした。そういえば私、お母さんからお使いを頼まれてたんだっ!

 みるみる血の気が引き青ざめる私に察したのか、苦笑いで「しょうがないわね、後で行ってくるわ」と言った。そんな事させられない!


「お母さんは夕飯の支度をお願いします。元々私が頼まれたものですし、私が行ってきます!」

「でもそれだと帰りは暗くなって危ないわ」

「行かせてください! 私にもう一度チャンスを!」

「こえーよ」


 熱心に頼む私に呆れた悠哉くんは、制服を脱ぎTシャツ姿で時計を見る。


「ランニングついでに俺が行ってくる」

「私も行きます」

「俺に付いて来れるのかよ」


 根性で付いていきます。

 直ぐ様制服からジャージに着替え、玄関で待っている悠哉くんの下へ。私の姿を見て眉をしかめため息ひとつ。


「それでいくのか」


 お気に入りのピンクのジャージだけど、なにか変かな? ランニングするなら動きやすい格好じゃないと。

 準備運動も忘れずに行う。走っている途中で、過って肉離れしちゃったら大変だ。毎日ラジオ体操は欠かしていないけど、悠哉くんのように運動慣れしている訳じゃない。此処から駅まで悠哉くんの走るスピードに合わせるなら、入念に準備運動はしておいた方がいいはず。


「お待たせしました」

「ホントにな」


 走る前から疲れた様子。今日の学校は大変だったのかな?


「いくぞ」

「はい!」


 悠哉くんの後ろに付いて走る。こうして走っていると、体育祭の時に走るコツを教えてもらった事を思い出すなぁ。

 最初の頃はあまり話してくれなかったけど、今ではこうして一緒にお使いしてくれるまでに……嬉しい!


「感動です悠哉くん!」

「はぁ? なに言ってんだお前」


 若干呆れたような声だったけど気にしない。姉弟愛は確実に深まっている。この調子なら、嫌がっていた野球部の試合の応援に行っても怒られないかも。

 普段では見られない姿を見たいし応援したい。段幕やはちまきなんかも作りたいけど、針に糸を通した事がないどころか、針を持った事も実物を見たこともないんだよね。だけど諦めない。壁は高いけどやる気があればなんとかなるよね、きっと!


 駅前は人通りが多く、走るのをやめてクリーニング屋さんまで歩く。いつもの通学路から外れ、裏道と言われている通りにはまだ知らないお店がいくつもあった。

 最初に惹き付けられたのは、私の身長ぐらいある大きな壺がお店の前に飾られた、木の看板に骨董屋と書かれているお店。骨董屋さんなんてあるんだ。どんな物があるか覗いてみたいけど我慢。

 その隣の隣には古い本屋さん。難しそうな本がたくさんありそうだなと思いながらお店の前を歩くと、店内の入り口に置かれた絵本が目に止まる。

 それは昔、病院で何度も読んだ絵本。病弱なお母さんの為に女の子が万能薬の葉を取りに行く冒険物。最初は1人きりだったけど、途中で出会った仲間(動物)達と一緒に旅をする。

 万能薬の葉を狙う悪者に襲われそうになった時現れる王子様。なんとか万能薬の葉を手に入れた女の子は、無事お母さんを治す事が出来て大喜び。最後はあの王子様がお家に来て、女の子にプロポーズ。

 ハッピーエンドで終わるこのお話が大好きだった。診察に来ていた子達にも読んであげていたぐらいに。

 懐かしい思い出に頬を緩ませていた時、肩に何かがぶつかって衝撃でよろめいた。


「っ!」

「てぇなっ!! て、お前どっかで……?」


 痛そうに顔を歪めたのは他校の男の子。2人組で肩がぶつかったのはのは茶髪の方だ。

 何処かで見たことがあるような……?


「可愛い子じゃん。知り合いかよ」

「いや、どっかで見たことがあるけど、まあいいや。彼女暇? 今から俺らと遊ばね?」


 ぶつかった事に謝る前に肩に手を置かれ、断るより先に逆方向に連れて行かれそうになる。慌てて足を止め逃げようとすると肩に置かれた手に力が入った。

 怖い。そういえば前にもこんな事があったような。逃げ出せないのなら声を出そうとした時、


「その手離せ」


 掴まれていた肩の痛みがなくなり、代わりに男の子から引き離され、庇うように背後に隠される。


「悠哉くん!」

「なに絡まれてんだよ、アホか」


 逞しい背中の持ち主は悠哉くんだった。付いて来ていると思っていた私が、後ろを振り向けば男の子達に絡まれているのを見て慌てて戻って来てくれたそうだ。


「なんだテメェ? 彼氏かよ」

「彼氏じゃねぇよ」


 『彼氏』の単語に悠哉くんの声のトーンが下がり、相手を睨み付ける。

 そうだよね、私達は姉弟だもんね。ちゃんとお姉ちゃんだって思ってくれてるんだと思ったら涙が出そう!


「悠哉くんは弟です!」


 勘違いをされ否定すると、男の子達は一瞬キョトンとした表情を見せ、吹き出すように笑い出した。


「あはははは、姉弟かよ! お姉ちゃんに手を出す奴は許しませんってか? シスコンかよ気持ち悪りぃ」

「それともあれか。近親相姦ってやつ。姉弟でいちゃつくとかマジであんのな」

「ああ゛?」

「私はブラコンです」

「………お前は黙ってろ」


 怒られてしまった。

 シスコン大歓迎だけど悠哉くんが笑われるのは癪に触るんだもん。近親なんとかっていうのはよくわからないけど、シスコンはそんなにダメなものなの? 私は嬉しいのに。

 そんな事を考えている間に、不穏な空気が広がりつつあった。


「弟くんに用はねぇんだよ。失せろ」

「テメーが失せろ」

「やんのかああ゛?」


 長身の悠哉くんに動じる事もなく、男の子は悠哉くんの胸ぐらを掴み威嚇する。

 え、ちょっと待って。これ喧嘩になっちゃうんじゃ。ダメだよ喧嘩なんて。もし怪我でもしたら……

 私は慌てて悠哉くんの腕を掴み、止めさせようと叫んだ。


「喧嘩はダメですー!」

「ああ? こいつらが絡んで来てんだろうが」

「それでも喧嘩はダメです。もし怪我でもしたら野球が、部活が出来なくなってしまいます」

「っ!?」


 一瞬で顔色が変わる。

 此処で喧嘩になって騒ぎになってしまえば、夏の大会に向けて練習を頑張っていたのが無駄になっちゃう。守ってくれようとしてくれるのはすごく嬉しい。けれど、後で辛い思いをするのは悠哉くんだ。

 そんなの絶対に嫌!


「なんだお前、スポーツマンかよ。いいのか〜喧嘩しちゃって。バレたら退部させられんじゃねぇの?」

「ほら、さっきまでの威勢はどうした」


 ゲラゲラと嘲笑う2人の姿に腹が立ってきた。


「やめてください! お巡りさん呼びますよ!」

「はぁ? んだようるせぇな!」

「きゃっ!?」

「姉貴っ、ぐあっ!」


 突き飛ばされ尻餅をつくと、男の子は悠哉くんにまで手を上げた。悠哉くんが何も出来ない事を知って更に追い討ちを掛けようとする。

 目の前で起こる暴力を目の当たりにして、肩の痛みが甦る。怖い。手が、足が、体が震える。

 それでも、それでも私はっ、


「やめて!!」


 強引に間に入り、手を広げて悠哉くんの前に立った。


「なっ、バカ! そこ退け!」

「退かないっ!」


 怖いけど逃げたりしない。記憶喪失だって嘘をついたあの日、約束したんだから。

 愛花ちゃんが幼かった頃、悠哉くんにたくさん迷惑をかけてきた。だから今度は私が悠哉くんを守るんだって。


「私が悠哉くんの盾になるんだって約束したんです。私は悠哉くんのお姉ちゃんだから。大切な弟を守るのは、お姉ちゃんの役目です!」


 嫌われていて当然なのに、私が困っていると迷惑そうにしつつも助けてくれる優しい悠哉くん。しょうがねぇなって言って、差し伸べてくれるその手にいつも甘えていたと思う。

 学校から帰ってきた後も休日の日も、ランニングをしたり庭でバットを振って野球の練習をしている姿を見て、悠哉くんは野球が大好きなんだとわかった。

 こんな騒ぎを起こして、大好きな野球が出来なくなっちゃうなんて絶対にあっちゃいけない。

 守りたい。悠哉くんが大好きなものを。大切にしているものを。悠哉くん自身を。

 その為なら恐怖なんてへっちゃらです。


「……お前」

「なっかす〜。いいお姉ちゃんじゃん。なら弟君の為に俺らに付き合ってよ」


 男の子が近付き、首に腕を回される。ニヤニヤと笑う表情に嫌悪感と鳥肌が止まらない。だけど逃げるわけにはいかないんだ。ここは我慢をして、隙を見て逃げよう。

 大人しく付いて行こうとした時、背後で悠哉くんが立つ気配がした。


「そいつに、………そいつに触るんじゃねぇっ!!」


 叫び声に振り返ると、悠哉くんが首に腕を回した男の子に殴り掛かろうとしていた。

 いけないっ!

 暴力沙汰にだけは絶対にしちゃいけない。咄嗟に男の子を突き飛ばそうとした時、


「………なーにやってんの?」


 緊迫した空気の中、突如第三者の声が響く。

 左頬を赤く腫らせた痛々しい顔。気怠そうに、だけどどこか面白そうに口元に弧を描いている。現れたのは……榊先輩だった。




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