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 榊先輩のことが気掛かりで、一時間目の授業の内容が頭に入らなかった。折角先生が直々に教えてくれているのに、なんてこったい。

 悶々と悩んでいるうちにあっという間にお昼。今日は久しぶりに田中くんと真由ちゃん達と一緒に、お昼ご飯を食べる約束をしたからすごく楽しみにしていた。


「なんだか久しぶりだね、一緒に食べるの」

「はい! すごく嬉しいです」

「っ、俺も、俺も嬉しいよ」


 大勢で食べるとご飯がグッと美味しく感じるよね。その中に田中くんが居てくれると、もっともっと美味しくご飯が食べれちゃう。

 食堂に着く前に真由ちゃん達と合流して、食券の自販機でひと悩み。うーん、今日は何を食べようか。

 あ、これデザートにわらびもちが付いてる! 食べたことないわらびもち! あのぷるんぷるんとしてるわらびもちを是非とも味わいたい。今日のお昼ご飯はざる蕎麦だ!


「あー、早くテスト終わんないかな。部活したい」

「私も早く先輩に会いたーい。今年の夏で引退だし、受験勉強で忙しくなるから会える時間減っちゃうもん」


 佳奈ちゃんの彼氏は3年生だから部活を引退後、即受験勉強に専念しなくちゃならない。それも吹奏楽部が全国大会へ勝ち進めなきゃ即引退なんだって。シビアだ。少しでも一緒にいられる時間が長くなるよう、必死に練習してる佳奈ちゃん。恋する女の子は可愛い! 応援します。

 談話しながらつるつるんとお蕎麦を堪能していると、トレーを持った関さんがやって来た。


「あー、田中せんぱーい! 私もご一緒してもいいですか?」

「あ、えっと……」


 チラリと私の方を見て困ったように眉毛を下げる。私は全然構わないし、賑やかになると嬉しいから「いいですよ」と答える。真由ちゃん達も承諾するかのように頷き、田中くんに笑顔を向けるとホッとした表情をした。


「どうぞ」

「ありがとうございまぁす。篠塚先輩達もご一緒なんですね。いつ見てもお二人は仲良しで羨ましいです。私ももっと田中先輩と仲良くなりたいなー」


 さっきの田中くんと同じように何故か私を見てくる。挨拶を込めて微笑んだら、関さんは何故か笑顔のまま固まったような気がした。


「昨日は遅くまで電話しちゃってごめんなさい。寝不足じゃないですか?」

「大丈夫だよ。あの後大丈夫だった?」

「はい! 先輩のおかげで無事解決しました。やっぱり田中先輩は頼りになります」

「そんなことないけど、でも役に立ててよかったよ」


 田中くん達の会話に入れない。いつの間にかすごく仲良しさんになってる。皆仲良しなんて素敵なことだけど……だけどどうしてかな。胸がモヤモヤする。


「私、先輩のそういう優しい所好きです」

「あ、えっ!? ……ありがとう」


 ズキッ


「もちろん、先輩としてですよー?」

「わかってるよ」

「あはは、先輩照れます? 可愛い」

「先輩をからかわない」


 ズキッ


「………………」


 お蕎麦が美味しくない。さっきまで美味しかったのに。それにあんなにキラキラと輝いて美味しそうだったデザートのみたらし団子が、色褪せて見えてる。

 胸がなにかに突き刺さったかのように痛い。

 田中くんの笑顔が大好きなのに、今は見てるのが辛い。なんで? なんでなんだろう。


「な、なにこの雰囲気。なんなのこいつら」

「……へぇ〜ぇ? なるほどねぇ」

「佳奈?」


 理由はわからないけど、気分がしょんぼりと凹んでいると、佳奈ちゃんが不敵の笑みを浮かべている。いつもの穏やかな笑顔じゃなく、こうなんていうか……怖い感じの笑顔だ。あの真由ちゃんが怯えるぐらいに。


「そういえば愛花ちゃん、今度のプールの為に水着買ったんだって?」

「え、あ、はい。以前持っていたのはちょっと勇気がいるので、新しいのを買って貰いました。花柄の可愛いのです」


 いきなり話を向けられ困惑するも答えると、真由ちゃんがニヤニヤしだした。


「だってさー田中。当日鼻血出すなよー」

「だ、出さないよ!」


 どうして鼻血の話に?

 2人のやり取りに首を傾げていると、関さんがずいっと身を乗り出した。


「先輩、もしかして皆でプールに行くんですか?」

「はい、そうです」

「えー、いーなー。私も行きたーい」


 唇を尖らせ少し拗ねた様に「先輩達だけ狡い」と呟く姿がすごく可愛かった。関さんも試験を前に、毎日勉強漬けで遊びに行きたいらしい。


「田中先輩、私も一緒に行っちゃダメですか?」

「えっ。あ、えっと」


 子犬の垂れた耳が見えるのは幻覚? 今回のプールは佳奈ちゃんの彼氏さんが無料チケットを貰った事が切っ掛けで、田中くんはどう答えたらいいか困っている感じ。関さんと佳奈ちゃんにキョロキョロと視線を動かしている。


「いいわよぉ。皆で行った方が楽しいもんね。先輩からチケット貰ってあげるから一緒に行きましょう」

「わあっ、本当ですか!? ありがとうございまーす。田中先輩、すっごく可愛い水着着ていきますからね」

「あ、うん……」


 皆で行った方が楽しいのは私も同感だから大賛成、のはずなんだけど……

 またさっきと同じように、胸の中がモヤモヤしてくる。みたらし団子が美味しくない。

 もしかして病気なんじゃ……


「それじゃ私達は先に行くから。行こう、真由、愛花ちゃん」


 先に食べ終えた私達はトレーを持って席を立つ。2人はまだ楽しそうに話していて、後ろ髪を引かれる感じで気になってしまう。うーん、私いったいどうしたんだろう。

 食堂から出て、先頭を歩いていた佳奈ちゃんがピタリと足を止める。真由ちゃんと顔を見合せ首を傾げてると、振り返った佳奈ちゃんがものすごく真剣な表情をしていた。


「あれは敵よ愛花ちゃん」

「え?」

「どう見てもあの子は愛花ちゃんを挑発していたわ。あれは宣戦布告なのよ!」


 敵? 宣戦布告? 誰が?

 佳奈ちゃんの口から出た言葉に混乱してきた。


「まるで見せつけるかのように田中君へのアプローチ。狙ってるわ、絶対に」

「あー、成る程ね。だからあの子。ふーん、田中もやるなぁ」


 どうやら話の糸が全く見えないのは私だけみたい。佳奈ちゃんに肩を掴まれ、食い入るように見つめられる。なんか怖いような。


「愛花ちゃんはあの2人の雰囲気を見てもなんとも思わなかった? 正直に話して」


 あの2人とは田中くんと関さんのこと。2人が仲良くしていると嬉しいはずが、胸が苦しくなってモヤモヤしてズキズキしてしまう。なんでこんな風になるんだろう。やっぱり病気?

 佳奈ちゃんはこの胸の苦しみがわかるのかな。正直に自分が感じた事を伝えると、微笑ましげな眼差しを向けられた。


「んふふ、蕾だわ。蕾が出来たのよ。いいわいいわ、後は切っ掛けさえあれば……」

「もう言っちゃえばいいじゃん」

「ダメよ! こういうのは自分で気付いてこそ。一ノ瀬先輩の時は記憶喪失の前からだったから教えちゃったけど、今回は今の愛花ちゃんの気持ちなのよ。自分で気付くべき。しかも敵がいるんだから好都合。これぞ試練なのよ!」

「あんたがたまに怖いわ」


 佳奈ちゃんが異様なまでに燃えているような。2人して盛り上がっていて話に入り込めない。この胸が痛くなる症状は病気じゃないらしく、そのうち原因がわかるそうだ。

 病気じゃないのならよかったけど、どうもスッキリしないや。




 放課後お母さんからメールが届いた。下りる駅の近くにあるクリーニング屋さんに、悠哉くんのユニフォームを出しているそうで取りに行って欲しいそうだ。

 喜んで!

 ウキウキで下駄箱に向かうと、廊下で空を眺めている榊先輩がいた。近付いても私に気付かず、ぼんやりと空を見詰めている。だけど、その目には空どころか何も映ってないように思えた。

 何も見てない。見えてない。横からでもわかる虚ろな目と虚無感の雰囲気。いつも明るく場を盛り上げていた榊先輩とは思えないほど別人に見えた。


「さ、榊、先輩」

「……………」


 呼んでも答えない。耳に届いていないんだと思う。いったい何があったの?

 もう一度呼び掛けようと、1歩前に踏み出したと同時に、ゆっくりと榊先輩の首が動き、私の方へと顔を向ける。何も映していない虚ろな目で。


「あ、あの」

「…………………なんでかなぁ」


 ポツリと呟いた言葉は誰もいない廊下によく響き、言い様のない恐怖感に全身鳥肌がたった。思い出すのは階段の踊り場で、笑顔のまま髪の毛を引っ張られ、ブチブチと抜かれた痛み。

 怖い。今の榊先輩はあの時より危ない感じかする。傍に居ちゃいけない、此処からは逃げなきゃ。それなのに、足が震えて動けなくて。

 逃げる事も出来ず、声も出せないまま、榊先輩が目の前に立つ。


「………………」

「せ、ぱい」

「桜子がさぁ、言ったんだよね。愛花ちゃんに謝ったって。自分が傷付けてしまった事は背負っていくんだってさ。だからもう大丈夫なんだって」


 間宮先輩話したんだ。愛花ちゃんに言ってしまった事を。話さなかったら誰にも知られなかったはずの、自分の弱い所を自分から。

 前に進もうとしている。やっぱり間宮先輩は強くてカッコいい人だよ。

 張り詰めていた緊張感が少し緩み、口元が緩んだ。


「何笑ってんの?」


 榊先輩の言葉に反応するよりも強い衝撃を受けた。肩を押されその場で尻餅。身構える事も出来なかったから、強く打ち付けてしまった。


「いった……」

「なんで笑ってんの? 全部計算通りに行って嬉しくて笑ってんの?」

「ちがっ」


 そんな事思ってない。

 反論しようとして見上げれば、虚ろだった目に憎しみが宿っていた。

 怖くて怖くて、その目から逃げたくて。後退りながら窓側の壁へと追い込まれる。


「おかしいでしょ。傷付いてきたのは桜子だ。謝る必要があるのも、背負っていくのも愛花ちゃんだよね? それがなんで桜子が謝る必要があるの? ねぇ? ねぇっ!?」

「ぐうっ!」


 右肩に鈍い痛みが走る。榊先輩の足が右肩を押し潰すかのような勢いで、グリグリと壁に押し付けられた。


「痛っ、榊先輩、やめ」


「周りに散々迷惑掛けまくったくせに、記憶喪失になって素直になったから今までの事チャラとか、人生舐めてんの? あんたみたいのがやり直せて、なんで、なんでなんでっ、……………あの子が見捨てられなきゃならないんだ」


 最後の方はあまりにも小さな呟きで、何を言っているのかわからなかった。でも顔を歪ませて今にも泣きそうで、どうして榊先輩がそんな表情をするのかわからない。何をそんなに苦しんでいるの?

 だけどそれよりも右肩が痛い。グリグリ押し付けられるだけじゃなく、何回も同じ場所を蹴られる。これ以上愛花ちゃんの体を傷付けられる訳にはいかない。

 そう思って榊先輩の足を掴んだ時、


「けぇぇすけぇえええええっ!!!!」


 廊下の端からものすごい足音と共に叫び声が。その声の方に振り向く間もなく、榊先輩の体に鞄が当たった。


「なっ」

「あんたなにやってんのぉおおおお!!」


 鞄をぶつられてバランスを崩した榊先輩の顔に、突進してきた人の拳が捻り込まれる。


「がはっ!」


 走ってきた勢いもあったからなのか、殴られた榊先輩はふっ飛んでしまった。人って殴られたらあんなに飛ぶんだ。

 痛みから解放されたのはよかったけど、ふき飛ばされた榊先輩に目が点になり、そして殴った人にも驚き口がぽかんと開く。


「ま、間宮、先輩」

「啓介ぇ……あんた自分が何したかわかってんでしょうねぇ?」


 ポキポキと指を鳴らす動作と、普段聞くことがなかった間宮先輩の獣が唸るような低い声。青筋が見えるのは気のせいだと思いたい。


「歯ぁ、食いしばんな」


 倒れている榊先輩の襟を掴み、手を握りしめる。

 ええぇっ!? ちょ、まだ殴るの? 榊先輩の頬っぺた真っ赤だよ!? 絶対に腫れる!

 助けてくれたのは嬉しいけど、それ以上したら榊先輩死んじゃうよ。


「間宮先輩っ、待ってください!」

「ああ、大丈夫だよ愛花。後で殴らせてあげるから」


 誰もそんなお願いしてない! こんな時だけ大和撫子の微笑みを向けないで。

 口では止められそうになくて、慌てて間宮先輩の腰にしがみついた。






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[気になる点] 誤記:わらび餅 それにあんなにキラキラと輝いて美味しそうだったデザートのみたらし団子が、色褪せて見えてる。
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