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番外編 バレンタイン戦線 後半

「おはようございます悠哉くん」

「んー」


 怠そうに首を回し食卓につく。低血圧なのか、朝は不機嫌なことが多いけど、ご飯を食べたら元気になる悠哉くんはとっても可愛い。お腹を満たした時は誰もが幸せな気分になるもんね。

 そこでふと思った。悠哉くんは私から見てもイケメンの部類。一ノ瀬先輩達みたくたくさんのチョコレートを貰うんじゃ。自信作だけど、色んな人から受け取って疲れて帰った来た所に、最後に待ってるのが私のチョコレート。

 いらないって言われそう……

 此処は朝一番にあげよう。一番最初なら受け取ってくれるかも。


「悠哉くん、これあげます!」


 朝食を食べ終え、お茶を飲んで一息ついた隙を狙う。ラッピングされたチョコレートを受け取ると、みるみる悠哉くんの眉間に皺が。


「食えんのかこれ?つか分厚過ぎだろ」


 クルッとラッピングされたチョコレートを回して、不可解な物でも見るような眼差し。

 変な物は入れてないし、板チョコと市販のデコレーション用の食べられる飾りしか使ってないから、安心して食べて欲しい。


「甘いもん好きじゃねーんだけど。……まあ、貰っといてやるよ」

「ありがとうございます!」


 甘いものが苦手なのに貰ってくれた。私のチョコレートを持った悠哉くんは、制服に着替えるため自分の部屋に戻っていく。

 やった。やったやった! 悠哉くんが受け取ってくれたよ。学校から帰ったら感想聞こう。因みに悠哉くんにあげたチョコレートの形はハートです。家族分は全部ハートにしました。




 なにかおかしいと気付いたのはホームで電車を待っている時。

 頬をほんのりと赤くさせた女の子を見掛けて、チョコレートを渡すのかなと微笑ましく思っていた。だけど徐々にホームに人が集まりだしてその空気に違和感を覚える。

 確かに頬を染めているけど目が違う。ギラついた餓えた獣のような目付き。これが御子柴くんが言ってた猛獣のような目。ホームにいるほとんどの女の子がそんな目をしていた。

 まさかこれ皆一ノ瀬先輩達に? いくらなんでも全員ではないよね。ないであって欲しい。そう願いたい。

 電車に揺られながら聞こえてくる会話。盗み聞きするつもりはないけど、密集された空間の中では耳に届いてしまう。その会話の内容があまりにも衝撃的で、目を剥いてしまったのは仕方がないと思う。だって、だって……


「榊先輩にチョコ渡す時にどさくさに紛れて抱きついちゃおっかなー」

「えー、大胆! 私も御子柴君にしよっかな。今日ぐらいいいよね?」

「バレンタインだもん。それぐらい許してくれるって。なんなら押し倒しちゃおっか?」

「あははは、いいかもー」


 ……笑えない。

 なんて恐ろしい相談をしてるんだろう、こんな場所で。

 榊先輩の顔が虚ろいでいた理由わけは聞いていたけど、こうはっきり女の子達から聞くと青ざめるしかない。冗談で言ってるのかなって思ってチラ見したら、目が本気だった。絶対に本気だった。

 どうしよう。これは今から心構えをしておいた方がいいかもしれない。合意ならいいけど、もし無理矢理押し倒されてたら助けに行こう。女の子達を敵に回しても、生徒会の皆の安全が第一優先。

 悠哉くんは大丈夫かな。中学生だからそんなに大胆なことはしないと思うけど心配です。メールしてみよう。

 携帯から『悠哉くん大丈夫ですか? 女の子に襲われていませんか?』とメールを送ると、


『アホか。女に襲われるほど柔じゃねーよ』


 さすがです。たくましい悠哉くんにホッとします。

 御子柴くんなら兎も角、千葉くんは抵抗させて貰えないかもしれない。3年生の先輩に圧されてしまう光景が目に浮かんじゃうもん。最優先で助けに行こう。一ノ瀬先輩や榊先輩はするりと躱しそうだし、そこまで警戒する必要はないかも。男の人だもんね。


 電車を下りて学校に向かう途中も、同じ学校の女の子達が楽しそうにバレンタインの話してるのを見掛ける。好きな人に想いを告げる絶好のチャンス。是非とも頑張ってください。物理的ではなく平和的に。

 校門はすごい状態になってるんじゃ、と危惧していたけど、実際はいつもと変わらない。少し他校の生徒がいるだけで、ドキドキしてた分肩透かしを貰った感じ。

 先輩の話から、結構な人数がいると思ったんだけど。今年は皆控えめなのかも。


 それが勘違いだと知ったのは生徒玄関でのこと。

 同じ学年の御子柴くんの下駄箱には溢れるほどのチョコレートが。しかも下駄箱の周りにはソワソワしながら待ち構えてる女の子も。

 おふ、すごい熱気だ。


「やっぱりもう校内にいるみたい。上履きないもん」

「えー、靴がないからまだ来てないと思ったのに。片方でもいいから靴欲しかったな」

「まだ時間あるから探しにいこう!」


 ちょっと待って。なんかおかしなこと言ってた人が? 靴が欲しいとかなんとか……聞き間違えだよね、うん。それただの盗難ですから。

 校門での肩透かしから一転。緊張感が私の体を駆け巡る。

 これは、危ないかも……?


 校内の廊下がいつも以上に熱気が溢れるものに変わっていて、皆生徒会の人達を探しているよう。あっちだ、こっちだと情報を駆使する姿は、まるで犯人を追い掛ける刑事さんみたいだ。


「おはようございます」

「おはよう篠塚さん」


 田中くんにも当然用意したチョコレート。すぐにでも渡したいけど、クラス全員分を作ったわけじゃないので、皆が見てる前で田中くんにだけあげるのは忍びない。来年はクラス用のチョコレートも用意しよかな。呼び出して渡すには不自然だし、お昼休みか放課後にあげよう。

 

 休み時間の合間も、廊下で走り去る女の子を目撃。一ノ瀬先輩達は逃げ回っているのか、なかなか見つからないらしい。

 休み時間なのに休めないとか、皆大丈夫かな?

 私もいつ渡そうか考えていた時気付く。皆逃げ回っているなら私も見つけられないんじゃ、と。今日は生徒会の仕事はお休みで、いつもなら遊びに来てくれる榊先輩とも会えない。

 当日限りの限定チョコレート。今日渡せなかったら折角のチョコレートが……

 こうなったら私も生徒会の皆を探しにいこう!



 休み時間を利用しない手はない。最初は友達の真由ちゃん達に渡しに行こうと席を立つ。一番最初に渡そうと決めていたから。

 初めは佳奈ちゃんに、次に真由ちゃんにと順番にクラスを回り手渡す。2人とも嬉しそうに笑って受け取ってくれて、佳奈ちゃんから特製手作りトリュフを、真由ちゃんからはお気に入りのチョコレートを貰った。

 友チョコゲットー! やっほい!

 

「しかし随分分厚いわね。顎外れそう」

「あははは、もしかしてクッキーの型に全部入れちゃった?」


 私のチョコレートを見て驚き笑う。そんなに分厚いかな?

 真由ちゃんのクラスには御子柴くんがいるからチョコレートを渡そうと教室の中を覗くと、1番後ろの真ん中の席に座って俯せになっていた。てっきり休み時間の間は姿を眩ませているのかと思ったけど寝てるみたい。

 起こすのは悪いと思いつつ、渡せる時に渡しておこうと教室の中にお邪魔。クラスの女の子からの視線をヒシヒシと感じるけど今だけ許して。

 俯せになっている御子柴くんに近寄ると、何故か腕や首の隙間にラッピングされた包みが。これチョコレートだよね?


「あの、御子柴くん」

「…………」

「ひっ」


 声を掛けた瞬間、凍てつくような眼差しが私を捕らえる。どう見ても不機嫌度MAX。その気迫に圧され1歩後退り、此処は出直した方がいいと考えた時、


「………ん、篠塚。どうした?」


 最初見上げた時は私だと気付いていなかったようで、大きく背伸びをすればバサバサッと落ちるチョコレート。その数10個以上はある。隙間に入れた物だけじゃなくポケットにまで。まるで手品だよ。

 落ちたチョコレートを拾い、紙袋に入れようとしたけど既にいっぱいで。深いため息が聞こえた。

 あんまり甘いもの好きじゃないのかも。私のチョコレートも食べてくれるって言ってくれたけど、大丈夫かなこれ。


「これ、御子柴くんに。友チョコです」

「……友チョコ」


 一瞬眉間に皺寄せたように見えたけど、すぐに顔はいつもの無表情に戻る。そして、


「ありがとな」


 輝き度限界突破。

 キラキラと輝いた微笑みと魅惑のフェロモンが私を直撃。直ぐ様近くにいた女の子達から悲鳴が上がった。それと共に腰が抜けたように座り込む姿も。

 御子柴くんの笑顔に慣れているはずの私も心臓がやばい。目が合わせられないよ!


「じゃあまた」


 居ても立ってもいられなくて、慌てて教室から逃げ出した。真由ちゃんにまたねと言って。


 休み時間が終わってもまだドキドキしてる。頬が熱い。色んな意味で御子柴くんがすごいと思った。

 他の生徒会の人達は休み時間の間には見つからず、神代くんにチョコレートを渡した。喜んでくれてよかった。最近は表情はわからなくても雰囲気で感情が読み取れるようになったから。仲良くなれてますよね、これ?

 担任の須藤先生に渡そうとしたら断られてしまった。教師は生徒から貰わないのが規則らしい。代わりに「いつもありがとうございます」とお礼を言えば、「ありがたいならクラスの皆のノートを運んでくれ」と頼まれた。

 喜んで!


 お昼休みの時間。いつもなら食堂だけど今日は違う。時間が惜しいから購買でおにぎりを買い、近くの階段の隅っこで完食。明太子おにぎり万歳!

 人気のない所にいるのかも、と考えたけどそれは皆も同じで。茂みにも普段使われていない教室にも、あちこちに女の子達がいる。

 いったい何処に? 小走りになりながら周囲を見回していると、窓から女の子の歓声が聞こえた。


「いたー!」

「待って新くーん!」


 新くんって……千葉くん!?

 2階の窓から顔を出し、校舎から体育館に行ける渡り廊下から千葉くんが走ってくるのが見えた。背後から数人の女の子達が追い掛けるのを必死に振り切ろうと。

 女の子達の声に反応するかのように、他の女の子も1階へと降りていく。これじゃあ挟み撃ちだ。そうなったら千葉くんがどうなってしまうのか、想像するだけで恐ろしい。今朝聞いた笑えない女の子達の会話を思い出し、ぶるりと体が震えた。


「なんとかしなきゃ!」


 なにか、なにかあの騒ぎの中から千葉くんを逃がす方法はないかと振り替えると、台車に大きな段ボールを乗せて運ぶ先生が。

 これだ!


「その台車貸してください!」

「はぁ?」


 先生に事情を説明すれば苦笑いされ、空いている台車と空っぽの大きな段ボールを貸してくれた。

 毎年恒例の景色でも、今年は一ノ瀬先輩や御子柴くん千葉くんと、イケメンの男の子で溢れている。例年以上の賑わいで先生方も対処に困っていたらしい。下手に規制すれば、その反動が生徒会の皆に向くかもしれないと。そういう事件が昔あったらしく、バレンタイン禁止は取り止め。1日限定のみとなったらしい。

 事件に発展とか漫画だよ、それ。女の子がバレンタインにかける情熱のすごさを知った。


 台車を借りて職員室に行き鍵を借りる。今校舎の中で最も安全なのは職員室だけど、台車を引いたまま2階に上がるのは無理。そこで私が知るもう1つの安全な場所に、千葉くんを連れていこうと思う。


「どこにいるんだろ……あっ、千葉くん」

「はぁ、はぁ、せん、ぱい」


 1階に下りてすぐ横の廊下から千葉くんが飛び出してきた。運動が苦手だと言っていた千葉くんはもうフラフラで、顔色は青ではなく白に近い。


「この中に入って!」

「え?」

「はやく!」


 戸惑う暇もなく半ば強引に千葉くんを段ボールの中に押し込み、すぐに見つからないよう階段の影に台車を置く。するとタイミングよく、千葉くんを追い掛けてきた女の子達と遭遇し、私を見て顔をしかめる。


「此処に新くん来なかった?」

「2階に上がって行きましたけど?」

「本当?」


 嘘です。ごめんなさい。

 疑いの目を向けられたけど知らぬ存ぜぬで貫き、職員室に行ったんじゃ? と誰かが呟き皆目の色を変えて2階へと走っていった。

 すごい顔だったなぁ……興奮に満ちた目で息も荒くした女の子の集団に追い掛けられた、反射的に逃げたくもなるよ。

 段ボールに入ったままの千葉くんに少しの間我慢して欲しいと伝え、台車を押し向かうはボランティア部の部室。あそこなら滅多に人は来ないし、来たとしても神代くんぐらいだ。悲しいことだけど。

 なるべく人に見つかりたくないから急いで部室へ。たどり着いた時には千葉くんはぐったりしていた。乗り心地は良くなかったらしい。ごめんね。


「ありがとう、ございます。おかげで助かりました」


 よろよろになりながらも段ボールから出て椅子に座り俯せに。お茶を煎れてあげたいけど、生徒会室のようにポットなどは設備されていない。自販機で買って来ようかと思い扉に手をかけた時、部室の前を通る女の子の声が聞こえた。


「さっき千葉くんにチョコ渡す時、思いっきり後ろから抱きついちゃった。なんの香水だろ? すっごくいい匂いした」

「顔を真っ赤にして抵抗して可愛かったよねー」

「照れてるの丸わかりだもんねー。色々触れちゃったしラッキー!」


 バッと後ろを振り返れば、千葉くんにも女の子の声が聞こえていたんだろう、苦笑いしていた。否定しないってことは真実であり、「もう疲れました」と呟く千葉くんの目は虚ろで。どう見ても同意の上には思えない。つまり、それセクハラだから!?

 このままじゃ女性恐怖症に陥っても可笑しくない。私が壁役になって守ってあげたいけど、多勢に無勢。私だけじゃ限界があるし、女の子に刺激を与えて千葉くんを連れ去られたら元も子もない。それに、純粋にただ千葉くんにチョコレートを渡したいと思ってる女の子も絶対にいるはず。

 安全かつ円満にチョコレートを受け取る方法はないかな?


「うーん、うーん……あっ、そうだ。これなら。千葉くん、提案があるのですが」


 考え込んで思い付いたひとつの提案。上手くいけば安全に皆からチョコレートを受け取れると思う。それには先生の力も必要で、何より千葉くんの同意が必要で。


「……逃げ回るよりずっといいですそれ。皆と一緒なら安心ですし。かなり恥ずかしいですけど」

空白

「早速御子柴くんにも伝えて見ましょう」


 背に腹は変えられないと言いまして。恥ずかしいかもしれないけど、危険な目に合うよりはいいと思う。

 御子柴くんにも提案のメールを送ると、『頼む』と了承してくれた。それからすぐに御子柴くんから話を伝えられた一ノ瀬先輩達からも連絡が。ずっと携帯の電源切ってて、連絡が取れなかったのにどうやって伝わったんだろう?

 兎に角、後は先生の許可を取るだけ。お昼休みの時間が終わるまで後15分。急がなきゃ!


「私は今から職員室に行くので、中から鍵を掛けて待っていてください。誰が来ても開けないで下さいね」


 1人部室に残すのは不安だけど、連れていくわけにはいかない。駆け足で職員室へと向かい、中にいた須藤先生に頼む。


「……なるほどな。話はわかった。先生方の方も手を尽くしてはいるんだが、毎回止めに入る先生が骨を折るんだよ。物理的にな。バレンタインを禁止にした年はデモ運動されて近隣の人に迷惑掛けるわ、ホントなんであんなに女はバレンタインが好きなのかわからないな」


 骨って。その折られてしまった先生にご冥福をお祈りします。

 今でも生徒会の皆がいる教室には先生が必ずいるらしい。そういえば真由ちゃんのクラスにもいたようないなかったような。覚えてない。


「ただあまりあいつらばかりを保護すると、他の生徒の親御さんがうるせぇんだよ。あいつらの安全を確保出来るのならそれに越したことはない。放課後は焦って躍起になる奴がいるからな」


 先生達も頑張ってくれてるんだ。そしてそれよりももっと頑張りを見せる女の子達。私も微力ながらお手伝いしよう。

 決戦は放課後。今はなんとかお昼休みを凌いで欲しい。願わくば怪我人が出ませんように。

 先生の許可を貰い、もしかしたらまともにお昼ご飯を食べてないかもしれない千葉くんに、購買でおにぎりやお茶を買って持っていく。もうお昼休みが終わる時間も迫って来てるけど、急いで食べたら間に合うと思う。お腹が空いてたら授業に集中できないから。

 部室に戻って鍵を開けると、生まれたての小鹿みたいにプルプル震えている千葉くん。バレンタインがトラウマにならないといいな。


 午後からの授業の休み時間の合間に、間宮先輩と西嶋さんにもチョコレートを渡しに行く。間宮先輩は喜んで受け取ってくれたけど、西嶋さんはチョコレートを見た途端毒舌が飛んでくる。


「なにこれ。毒でも入ってんじゃないでしょうね? しかもなにこの分厚さ。嫌がらせのつもり?顎外れたらあんた責任取れるわけ?人にあげるならせめてこれぐらい作りなさいよ下手クソ!」


 言うや否や、顔に投げつけられた紙袋。中には透明の箱に斜めにリボンが付けられ、6つに分けられた正方形のチョコレートが。高級そうだけど、これまさか西嶋さんが?


「あんたには勿体ないけどそれでも食べて勉強したら? 無駄だと思うけど。いい、来年も今日みたいな分厚いチョコレート持ってきたら許さないから。まあ……食べてはあげるから感謝しなさいよね」


 眉をひそめ下唇だけを尖らせたら、西嶋さん特有の照れた顔。チョコレートを受け取ってくれた西嶋さんは、プリプリ怒りながら自分の教室へと戻って行った。

 口では怒っていたけど、顔は照れてたしチョコレート受け取ってくれたから、そんなに怒ってないかも。それに、来年も作ったら食べてくれるみたい。西嶋さんのチョコレートを参考にしてみよう。食べたいけど、楽しみはお家まで我慢だ。


 そしてとうとうやって来た放課後。無事に皆体育館まで来れるといいけど。帰りの挨拶の時に須藤先生と目が合い、「用意はいいか?」と聞かれているような気がして頷く。チャイムが鳴ったらダッシュだ。


「今日は此処まで。解散」


 腕時計を見た須藤先生が解散の言葉を発すると同時にチャイムが鳴り、私は鞄も持たずに教室を飛び出す。


「篠塚さん!?」


 驚く田中くんの声を背に、体育館まで必死に走った。それは同じ学年の御子柴くんも一緒で、前方に猛ダッシュする背の大きな男の人が。速い! 追い付けないよ!

 体育館へと通じる渡り廊下に出ると、既に一ノ瀬先輩と榊先輩がいて手を振ってくれる。


「お疲れー。提案してくれてありがとね愛花ちゃん。もう走り疲れて体力限界だったんだよねー」

「確かに個別で逃げるよりかは、こうして皆で集まった方が危険は少ないだろうし、何よりちゃんと受け取れるからな」


 集団で強引に渡されるより、1人1人顔を見て受け取った方が相手を覚えやすいと一ノ瀬先輩は言う。

 私の提案は逃げるんじゃなく、体育館という広い場所に皆が集まりチョコレートを受け取るというもの。1人になると危ない目に合うかもしれないのなら、いっそのこと皆で纏まった方がいいんじゃないかと思ったんだ。トラブルにならないように、ということで須藤先生に来て貰えるようお願いしたので、もしもの事態にも大丈夫だと思う。

 バラバラに動いてたら先生の目も届かないもんね。

 話しているうちに、千葉くんを抱えた御子柴くんがやって来て後は待つだけ。すると2人組の女の子が体育館に入ってきた。多分走ってる所を見ていたんだろう、御子柴くんを見て「いた!」と声をあげる。


「あの、御子柴先輩!バレンタインのチョコ、受け取ってください!」

「ああ、ありがとな」

「――――っ! ありがとうございました!」


 顔を真っ赤にさせて目を潤ませた女の子は、それはもう感無量と言わんばかりに興奮して、何度もお辞儀して帰って行く。憧れの人にチョコレートを受け取って貰えると嬉しいよね。

 そこでハッと気付く。バレンタインは想いを告げる日。即ち、告白したい時に他の人がいたらものすごく気まずい。私がいたら絶対にダメだ。もし此処から呼び出されたら結局は同じことで、どうしようかと悩む私に榊先輩が首を傾げる。


「どうしたの?」

「もし告白したい人がいたら気まずいですよね? 私此処にいない方がいいような」

「あーそうだね。んー、ならこうしようか。俺達が此処にいることを、それとなく校内でバラして来て欲しい。廊下を走り回ってると迷惑でしょ? 噂が広がって皆此処に来てくれた方が手っ取り早いしねー」


 確かに他の生徒にとっても危ない。皆が此処にいることをそれとなく伝えて噂が広まる頃には、だいぶ受け取れてると思う。


「頼むね愛花ちゃん」

「はい!」


 頼まれたからには頑張らないと。ペタペタとサンダルの音を立てて、気怠そうな須藤先生と黒縁眼鏡先生も来てきてくれたから安心だ。

 私が体育館から出るのと入れ替わるように、5人組の女の子達がやって来た。甘い匂いを漂わせて。校内で皆を捜してる人を見掛けたら教えてあげよう。1度に大勢の人が押し掛けないか心配だけど。

 いくらなんでも、皆が見てる前で押し倒したりしないよね?



「俺達全員好きな人がいるから気持ちには応えられないけど、それでもいいなら喜んで受け取るよ。ただ、既成事実を作って無理矢理付き合わせようとした、最低な女の子がいたからこうして皆で集まってんだよねー。好意は嬉しいけど、流石にそれはないよねー気持ち悪いだけ。あ、勿論君達がそんなバカなことするような子じゃないことぐらいわかってるから。安心してね」





 校内を散歩し、誰かを捜しながら手にラッピングされた箱を持つ女の子を見掛けては、


「そういえばさっき生徒会の皆が体育館に集まってたけど、なにかあったのかな?」


 と、棒読みさながらのダメなお芝居にも女の子は反応して、体育館まで走っていく。よしっ、とガッツポーズを作り閉門の放送が流れるまで散歩しようと、自分の教室に戻って来た。

 すぐに帰れるよう鞄を持って、皆にあげるチョコレートの紙袋を持って。


「あ」


 そうだ、チョコレート! 私まだ田中くんにチョコレートあげてない!

 田中くんの席にはもう鞄はなく、慌てて玄関に向かった。

 玄関には、いつも一緒に学食を食べている友達2人と楽しそうに話してる田中くんの姿が。よかった、間に合った。


「田中くん!」


 息を切らしながら呼び止めると、驚いたように目を見開かせ立ち止まってくれる。


「篠塚さん? どうしたのそんなに慌てて」

「あの、今、お時間少し貰えませんか?」

「えっ、うん。いいけど……え、え?」


 息を整えている間、田中くんは友達に少し待ってて貰うように頼むと、


「リア充爆発しろ!」


 と怒鳴られてた。そんなに時間は取らないので怒らないでください。チョコレートあげるだけなので。


「これ。いつもお世話になってるお礼です」

「……わ、ホントに? ホントに俺に? しかもこれ手作りだよね」


 何度もいいの? と繰り返しマジマジと見つめられるチョコレート。田中くんにあげたチョコレートの形は、私が大好きなウサギちゃんの形。分厚くてスタンプみたいになっちゃったけど。


「色々失敗してしまったのですが、よかったら受け取ってください」

「勿論! 嬉しい、ホント嬉しい。……ありがとう、篠塚さん」


 頬を赤く染め、はにかんで笑う田中くんに何故か体温が上がっていくのがわかる。直視出来なくて俯いてしまう。心臓がバクバク音を立てて苦しい。それなのに全然嫌な気分じゃない。

 ううぅ、なんだろうこの気持ち。ムズムズする。


「あの、篠塚さん。俺……俺君に伝えたいことが」

「え」


 熱くなる頬を手で押さえ視線を上げると、顔を赤く染めたまま真剣な目をした田中くん。その目を見てるだけで、体全体が心臓になっちゃったんじゃないかってぐらいドクドクいってる。


「俺、俺君が……篠塚さんがす「お前らー、もうすぐ閉門時間だぞ。早く帰れ」…………はい」


 見回りをしていた先生から注意され、それを聞いた田中くんの友達が田中くんを呼ぶ。先生の声で途中からなんて言ったのか聞こえなかった。

 落胆したかのように肩を落とし友達の所に向かう田中くんの足が止まる。すると振り向き、


「チョコありがとう篠塚さん。大切に食べるよ」


 あの優しい笑顔を向けてくれて、下駄箱へと走って行った。


「……やった。やったやった!」


 喜んで貰えた。田中くんに。やったやった! 来年も作って渡そう!

 嬉しさのあまりスキップをして下駄箱へ。バレンタインが好きな女の子の気持ちがよくわかる。自分が渡したチョコレートを喜んで貰えたら、こんなにも嬉しいんだから。


 靴を履き替え玄関で生徒会の皆を待つ。まだ一ノ瀬先輩と榊先輩、千葉くんに渡してないから。

 肌寒い季節。白い吐息が漏れ、空気の冷たさに鼻先が痛くなる。空を見上げれば、すっかり暗くなった空からチラリチラリと、白い小粒が落ちてくる。

 雪だ!

 思わず空に向かって手を伸ばし、雪に触れようとするもするりと交わされる。悔しくて何度も雪を掴まえようと奮闘し、跳び跳ね続け疲れた所にヒラリと手の甲に雪が落ちた。冷たさも感じることはなく、すぐに溶けて消えてしまった雪。

 窓の中から見ることしか出来なかった雪。初めて触れて、雪が降り注ぐ風景を見ることが出来て、目尻に熱いものが込み上げてくる。

 見上げる空は真っ暗で、小さな雪がチラチラと風に吹かれながら落ちてくる光景は、とても幻想的だった。


「あー、いた。お疲れ愛花ちゃん」

「そんな所にいると風邪ひくぞ」


 どのくらいそこにいただろう。気付けば玄関に生徒会の皆が揃っていた。両手にたくさんの紙袋を持って。


「すごい量ですね。持って帰るの大変そうです」

「親に迎えに来てもらう。さすがにあれは持って帰れないからな」


 そう言って一ノ瀬先輩は後ろに視線を送る。その先に段ボールが1つ。千葉くんを運んだ時に使ったサイズのと同じぐらいの大きさだ。

 うわっ、すご。それ全部チョコレートなの?

 卒業を控えた一ノ瀬先輩に、せめてチョコレートだけでもと1・2年の子達がくれたらしい。後1ヶ月もしたら一ノ瀬先輩や榊先輩は卒業してこの学校からいなくなるんだ。

 ……寂しい。すごく寂しい。からかってくる榊先輩に千葉くんが怒って、それを宥める一ノ瀬先輩がいて、その光景に楽しそうに微笑む御子柴くん。当たり前だった光景が、なくなっちゃうんだ。

 ツンッと鼻先が痛くなる。寒さのせいだけじゃなく、込み上げてくる寂しさと悲しさに今にも涙がこぼれそうだ。泣きたくなくて、今泣くところじゃないと自分を制して空を見上げる。

 先の未来に涙するんじゃなく、今を楽しもう。必ず訪れる別れなら、それまでにたくさん笑顔の思い出を作りたいから。

 ゴシゴシッと目を擦り、手に持っている紙袋からチョコレートを取り出す。


「これは私から生徒会の皆に日頃の感謝を込めたチョコレートです」


 御子柴くんには先にあげたので、一ノ瀬先輩達に1つ1つ渡していく。喜んでくれるかな? と不安になりつつ様子を伺うと、ラッピングされたチョコレートを凝視する榊先輩がひきつった笑みになる。


「はは、最後の最後に凄いの来たね。なにこの厚み。どう見ても口に入らないでしょ。食べれるの?」

「歯ごたえがあって旨かったぞ」

「本当ですか!?嬉しいです!」

「ちょっと待って。それチョコの話だよね?歯ごたえってなに?それチョコに必要?ないよね、いらないよね。食べるの凄く不安なんだけど」


 お昼ご飯のおやつに食べてくれたらしく、美味しかったと言ってくれたことが嬉しかった。初めてのチョコレート作り。失敗もたくさんしたけど、食べてくれる人がいると作りがいがあるというもので。来年も絶対作ろう!



 もう遅く暗いからと、お母さんが迎えに来てくれて車で帰った。何故か疲れた顔をして。

 家に着き玄関の扉を開けると、待ち構えていたかのようにお父さんが腕を広げて立っていた。


「お父さん!?え、どうして、お仕事は?」

「何を言っているんだい愛花。今日はバレンタインデーだよ。愛花がチョコを作ってくれるなんて事を聞いたら、飛んで帰ってくるのが当たり前だろう?」


 え、お父さんの出張先って確か北海道……。文字通り本当に飛んで帰ってきたお父さんは、早くチョコレートを、と目を輝かせている。後ろにいるお母さんから深いため息が。

 吃驚したけど、そんなに楽しみにしてくれていたのが嬉しくて、自分の部屋に置いてあるお父さん用のチョコレートを取りに行った。折角だし郵送しようと思ってたんだけど、直接渡せるに越したことはないよね。

 リビングに行くと、既に帰っていた悠哉くんが私を見るなり、いきなり本気のチョップを。鈍い音と共に衝撃と痛みにしゃがみこむ。


「悠哉っ、愛花になんてこと!」

「このバカ!なんだあのチョコ!?石かと思うぐれークソ硬かったぞタコ!俺の歯折る気かよ!」


 すごい剣幕の悠哉くんに涙目になりながら見上げる。


「うー……っ、え、硬い?普通に作っただけですよ?」

「あれが普通なわけあるか!粉々にしなきゃ食えなかったぞ」


 粉々……。私のハートを粉々にされた気分。だけど歯が折れそうなぐらい硬かったチョコレートを、食べてくれたってことだよね? この際粉々だろうと、食べてくれたことを喜ぼう。

 沈みかけていた気持ちが浮上し、自然と口元が緩む。お父さんにもチョコレートを渡すと、目からポロポロと涙が。

 ぎょっ、なんで!?


「これが愛花の手作りチョコレート。しかもハート型……。こんな、こんなにも嬉しい贈り物は初めてだよ。ありがとう愛花」


 ここまで喜んで貰えるとは思わなかった。嬉しくて私も日頃の感謝を込めてありがとうと返すと、優しい大きな手で頭を撫でられた。暖かくて優しいお父さんの手が大好きです。

 和やかな雰囲気から一転、お父さんがハッとして時計を見上げる。


「いかん、もう空港に行かなくては。愛花の手作りチョコレートを食べられるなんてお父さんは世界一、いや宇宙一、いやそんな言葉では表せないぐらい幸せ者だよ。これは墓場まで大切に保管して、あの世まで持っていくからね」

「持っていけるか」

「根性で持っていく。じゃあ僕はもう行くよ。皆風邪引かないよう気を付けて。夏海さん、愛花、悠哉、皆愛してるよー!」


 予めタクシーに電話をしていたらしく、お父さんはチョコレートを抱えてタクシーに乗って空港へと行ってしまった。賑やかだったリビングが静けさに包まれ、お父さんが慌ただしく出ていった扉を見つめる。


「……は?え、マジでチョコ受け取る為だけに帰ってきたのか?」

「そうみたいね……」

「は?バカじゃねーの?」


 お母さんが言うには、明日の朝の会議には絶対に出席しないといけないらしく、どうしても泊まりで帰る事は出来なかった。でもどうしてもチョコレートを直接受け取りたかったお父さんは、日帰りで帰ればいいじゃないかと午前中に仕事を終わらせ、飛んで帰ってきたのだとか。

 おふ……行動力あり過ぎてなにも言えないよ。





 翌日、教室で挨拶を交わした田中くんが、チョコレート美味しかったよと言ってくれた。やった! と心の中で万歳参照。まだ全部は食べていないらしく、少しずつ食べるんだって。

 放課後は生徒会室で卒業式に向けての雑務を熟していると、一ノ瀬先輩達が遊びに来てくれた。


「愛花ちゃん、あれどうやって作ったの?俺ハムスターになった気分だったよ」


 そんな気分私も味わいたい。一ノ瀬先輩も食べるのに苦労したみたいだ。

 うーん、そんなに固かったのか。来年は佳奈ちゃんと一緒に作る予定だから、ケーキなんてのはどうだろう? 柔らかいし。


「新も大変だったでしょ?」

「いえ。見た目からして直接食べるのは無理だろうと判断したので、ココアに入れて溶かしながら食べましたよ。美味しかったです先輩」

「その手があったか」


 そんな食べ方が。

 来年はチョコケーキを作りたいなと思い、お1人1ホール作りますねと言うと、御子柴くん以外丁重にお断りされた。


「作るのが楽しくなって、気付いたらウェディングケーキみたいなのになってたらどうするの。食べきれないからね」


 否定出来ません。



 須藤先生にあげられなかったチョコレート。今日のお昼ご飯のおやつにしようと持ってきたら、須藤先生に見つかって取り上げられてしまった。


「バレンタインのチョコは当日限り。よってこれは没収」

「違います!誰かにあげようとかじゃなくて、自分で食べるために持ってきたんです。今日のおやつなんですよそれ」

「そうか。ならこれはおやつとして俺が食うわ」

「え?」


 そう言うとチョコレートをポケットに仕舞い、階段を上って行ってしまった。

 んん? つまり、須藤先生は私のチョコレートを食べてくれるってこと?

 よくわからないけど、元々須藤先生にあげるものだったしいいか。お昼のおやつは学食のプリンにしよう。


 ホームルームの時間にマスクを付けた須藤先生。風邪かな? と私と同じことを思った女の子が質問すると、


「ちょっとな」


 須藤先生と目が合う。呆れているような、若干怒りのようなそんな目と。


「なんかー、お昼ご飯で固いもの食べて歯が欠けちゃったらしいよ」

「えーマジー?」


 先生に聞こえないよう、小声で会話する女の子の声が耳に届く。

 え、それってもしかして……

 田中くんの視線を感じながら、須藤先生に後でどう謝ろうか頭を悩ませた。





遅くなりました。書いているうちに長くなってしまい、気付いたら1万2千文字……

次からは本編に戻ります。

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[気になる点] 誤字:躱し 一ノ瀬先輩や榊先輩はするりと交わしそうだし、そこまで警戒する必要はないかも。 誤字:三唱 やった! と心の中で万歳参照。まだ全部は食べていないらしく、少しずつ食べるんだって…
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