バレンタイン戦線 前編
タイトル通り番外編ですので、本編とはあまり関係ありません。
楽しんで頂けたら幸いです。
雪がチラチラと降り注ぐ2月。校内は何処と無くそわそわしている人達が多い。それもそのはず。明日はバレンタインデーなんだから。
バレンタインデーといえばチョコレート。大好きな人に想いを伝える為に、女の子がチョコレートを渡す日。その他にもお世話になっている人にあげる義理チョコや、最近では女の子同士が送りあう友チョコなんてのも流行っているらしい。
友チョコですよ友チョコ。これは絶対皆にあげないと。どうせなら手作りチョコレートを!
学校帰りにバレンタイン用のチョコレートを買いに行こうと考えながら生徒会室へ入ると、中は御通夜だった。
「……………」
「……………」
「……………」
空気が、空気が重い。
一ノ瀬先輩榊先輩、御子柴くんに千葉くん。椅子に座ってる皆は目を伏せ、雰囲気から哀愁が漂うのは気のせい?
いったいなにが……
「皆さんどうかしたんですか?」
「ああ、愛花ちゃん。明日の事を考えると憂鬱なんだよね皆」
様子を伺いながら隣の席の榊先輩に聞くと、明日のバレンタインが地獄だと言う。どうして? 生徒会の皆は人気があってチョコレートをいっぱい貰えると思うんだけど?
不思議に思い首を傾げると、苦笑いで一ノ瀬先輩が説明してくれる。
「俺と榊が1年の頃は、3年に女子生徒から人気がある先輩がいたから分散されたんだが、去年は酷かったんだ」
手を前に組み、説明する一ノ瀬先輩の表情があまりにも真剣で唾を呑む。
一ノ瀬先輩達がこの学校に入学した当時、女の子から注目を浴びていたらしい。けど、当時生徒会長であった先輩に人気は集中していて、バレンタインはそれほど脅威ではなかった。
「その時の先輩の格好は凄かったよ。まるで戦に負けたかのようにボロボロだったから」
遠くを見つめる榊先輩の目は何処か虚ろげで。バレンタインなのに戦に負けた感じってどういう意味?
「そして去年、俺達の番が来たってわけ。警戒してなかった訳じゃなかったんだけど、舐めてたんだよねー」
「まさかあそこまで女子が見境がないとはな」
「ど、どうだったんですか……?」
他人事ではない千葉くんは恐れながらも、先輩達の話を聞く。千葉くんも人気者だもんね。
「学校の決まりで前日後日にチョコを渡すのは禁止。当日限定のみになるわけだから、もう朝から凄かったよ。出待ちがね」
出待ち。
朝起きて部屋のカーテンを開けたら、家の門の前で女の子達の集団がいたそうだ。それも興奮気味の。
なにそれ怖い。
これは不味いと思った一ノ瀬先輩は、お父さんの車で送って貰う事にして家からガレージに移動。女の子達に見つからないようなんとか登校出来たけど、今度は学校の門に他校の女の子達の集団が。
2年生で他校の生徒にまで人気とかどんだけ。
駐車場まで車を移動しなんとか校内に入れたけど、下駄箱が酷い状態だった。溢れるほどのチョコレート。こちらを伺う様子を見せる女の子達。
もうため息しか出なかったらしい。
「そこから家に帰るまで色んな女の子からチョコ渡され、時には集団で時には襲い掛かるように。時には強引に人気のない場所に連れていかれ。あれは本当に恐ろしかった」
「うむ。飢えた猛獣のような目をしていたな」
百獣の王と呼ばれる御子柴くんに猛獣と言わせるぐらい、その時の女の子達の目はギラついていたらしい。そんな目をした集団に襲われたら恐怖を感じるのが普通だよ。
家に帰る時も車で迎えに来て貰うも、予想通り朝と同じように家の門の前には張り込みみたいに女の子達がいた。漸く自分の部屋にたどり着き、精神的に疲れたその日は泥のように眠ったそうだ。
バレンタイン怖い。普通の人なら嬉しいバレンタインも、先輩達からしたら恐怖の日。うーん、モテるのも考えものだね。
「終わってからもしんどいんだよねー。「私のチョコどうだった?」とか聞いてきて。誰にどのチョコを貰ったのか覚えてないし」
「いくつぐらい貰ったんですか?」
「5、60個ぐらいかな。だいたいだけど。俺よりも和樹の方が凄いから。多分3桁超え」
3桁……100個以上とか食べられないよ。改めて驚く一ノ瀬先輩の人気振り。
「今年は各自の家の前で待つことは禁止してある。ただしうちの学校の生徒だけにだから、他校の生徒までは抑えられない。それでも幾分かマシだろうが、怪我だけはしないように」
力強く頷く中で、1年生の千葉くんは顔色が悪い。高校での初めてのバレンタインに怯えている感じ。もし女の子の先輩に追い掛けられてたら助けに行こう。
でもそんなにチョコレートを貰うんだったら、私があげてもガッカリされないだろうか? チョコレートに拒絶反応を出してもおかしくない。あげたいけど嫌がられないか心配。
「どうした愛花?」
「えっ、と。私がチョコレートを持ってきたら迷惑じゃないですか?」
俯く私に問い掛けた一ノ瀬先輩が、キョトンとした表情を見せる。
「迷惑な訳ないさ。喜んで受け取るよ」
「俺もだ」
「俺もー」
「まあ、受け取らない訳にはいきませんから」
嬉しくて俄然やる気が出た。喜んで貰えるよう頑張らなきゃ。
手の込んだ物を作りたいけど、お菓子作り初心者の私がそんな物を作れるはずもなく。確か市販のチョコレートを溶かして、型に入れて固めるだけだったはず。なんだ、意外に簡単そう。
型はクッキー用のがキッチンにあったのを覚えているから、後はチョコレートのみ。飾り付けなんかもしたいなぁ。可愛くデコレーションしたい。
「頑張って美味しいチョコレート作ります。今日の仕事はもう終わったので先に帰りますね。お疲れ様でした!」
急いでスーパーに材料を買いに行かなきゃ。お世話になった人にもあげたいし、かなりの量になるはず。お金足りるかな?
「………今作るって言わなかったか?」
「俺にもそう聞こえた。空耳じゃなかったんだ、空耳であって欲しかったなー……」
「篠塚が作るのなら俺は食うぞ」
「病院の予約しておくべきでしょうか……」
真由ちゃん達に生徒会の皆。田中くんや間宮先輩西嶋さん、神代くんと先生にも。勿論家族分も作る気満々です。
どれだけのチョコレートが必要になるかわからない。取り敢えず余ってもいいから、余分に多めのチョコレートを買っておこう。板チョコを箱買いしちゃいました。
「さーて、作るぞー」
お母さんは今日、お友達とお食事に行ってるので帰ってくるのは遅い。お父さんは出張中。悠哉くんにバレないよう、こっそりキッチンへ。
ビックリさせたいもんね。
「えーと、まずはチョコレートを溶かす……どうやって?」
てっきりお菓子作りの本があると思ってたから図書室で借りてこなかった。本は見つからず、手探りで進めるしかないけど不安は隠せなくて。
「そうだ、佳奈ちゃんも確か彼氏さんに作るって言ってたから聞いてみよう」
電話をかけるも出ない。佳奈ちゃんも今作っている最中なのかも。真由ちゃんにかけてみると「作ったことないからわかんない」と言われた。チョコは買う派らしい。
うーん、間宮先輩に聞いてみようかな。一ノ瀬先輩の為に作ってるかも。
《チョコレートの溶かし方? よく知らないけどレンジでチンしちゃえば?》
なんて名案。レンジは温めるもの。これを使えばすぐに溶けるよね。
間宮先輩にお礼を言って、早速ボールにチョコレートを入れてスイッチオン。どのぐらいかわかんないから、3分ぐらいに設定してみた。
型の容器を用意しておこうと、戸棚の中を漁る。結構な種類が出てきて、大きい物から小さい物まで様々なのがあった。これは型取りするのが楽しみ!
どれから使おうかな、と型を見比べているとレンジから白い煙が。
「え……ええええぇぇえっ!?」
慌ててレンジを止めて扉を開ければ、ボールの中に入れたチョコレートが少し焦げていた。え、なんで?
どうしてこうなったかわからず、ボールを見つめながら混乱している中、着信音が鳴り響く。佳奈ちゃんからだ。
《ごめん出れなくて。どうかしたの?》
事の成り行きを伝えると、慌てたような佳奈ちゃんの驚く声が。
《ダメだよ、チョコをレンジで温めちゃ。焦げちゃうから。チョコは湯煎で溶かすんだよ》
湯煎?
チョコレートの溶かし方を聞いてメモ。湯煎とは、お鍋にお水を入れて沸騰させ、チョコレートを入れた別の容器を浮かべさせ沸騰の熱で溶かしていくんだって。
そんな風に溶かすんだ、チョコレートって。
《わからないことがあったらまた連絡して。来年は一緒に作ろうね》
佳奈ちゃんも今作ってる最中で、お互い頑張ろうと励まし合い電話を切る。来年の約束もしちゃいました。やったね。
言われた通りお鍋にお水を入れ沸騰させ、中ぐらいのボールに入れたチョコレートを溶かしていく。焦げないようしゃもじでかき混ぜながら。
ゆっくり溶けていくチョコレートに感動しながら、溶かしたチョコレートをトレイに並べた型に流し込む。型ギリギリまでチョコレートを入れ、少し熱を冷ました所で飾り付け。キラキラしたビーズを並べるのは楽しい。
「後はこれを【冷凍庫】に入れるだけ」
大きな冷蔵庫でよかった。たくさん作るつもりだから全部入るか不安だったけど、これなら大丈夫そう。
「これでよし! さあて、まだまだ作るぞー!」
チョコレートを溶かし、型に流し固める作業を繰り返すこと数時間。
全てのチョコレートを使いきり後片付けをして、明日の朝には固まっているであろうチョコレートのことを考えながら、興奮して眠れない夜を過ごした。
翌朝、いつもより早めの時間に起きて物音を立てないよう、ゆっくりとキッチンへ。まだ朝の4時。お母さんも起きていない。
冷凍庫を開け固まっているチョコレートに頬が緩む。
出来た。出来た出来た! 私にもチョコレート作れたよ!
早速型から外そうとしても、すっかり固まってしまって取り出せない。逆さまにして振ってみてもチョコレートは出てこなく、コンコンッと角を叩いたり下から押してみたりして漸く取り出せた。
欠けちゃったりヒビが入ったけど、食べられないことはないよね。それにしても……
「随分大きなチョコレートになっちゃった」
クッキー用の型にギリギリまでチョコレートを流し込んだから、かなり分厚いチョコレートに。でも食べごたえはありそう。たくさんの人にあげるので、自分用のチョコレートはなく味見出来ないのが残念です。
材料と一緒に買ってきたラッピング用の可愛い透明の袋に入れ、ピンクのリボンで蝶々結び。外見は可愛いけど、予想より大きなチョコレートでパンパンだ。
皆喜んでくれるかな……
全部のチョコレートをラッピングし終え、友達の分は紙袋の中に。そして残りの3つは家族の分。
6時前にお母さんが眠たそうにリビングへ入ってきた。
「あら、もう起きてたの? 早いわね」
「はい。今日はバレンタインデーなので、チョコレートを用意してました。これ、お母さんの分です。いつもありがとうございます」
感謝を込めてラッピングしたチョコレートを渡す。板チョコの数と型の数で、1人2個ずつしか渡せないけど大きさでカバー出来るよね?
手渡したチョコレートを食い入るように見つめるお母さん。
「……自分で作ったのこれ? 随分分厚いわね」
「クッキーの型いっぱいにチョコレートを入れたらこうなりました。食べごたえありますよ」
「え、いっぱい? 普通半分ぐらいでいいのよ。でもありがとう愛花。嬉しいわ」
なんと、型の半分ぐらいでよかったらしい。今度から気を付けよう。
何にせよ、お母さんが笑って受け取ってくれたからよかった。「今日のおやつにするわ」と言って朝食の用意をし始める。私も手伝い、テーブルに並べる頃に欠伸をしながら悠哉くんがリビングにやって来た。
悠哉くんも喜んでくれるかな?
長くなりそうなので2つに分けます。
後半は少し遅れます。ごめんなさい。
皆どんな反応をするのか、悠哉や榊のツッコミが面白そうです。
書籍が本日より発売されます。此処まで来れたのも皆様のおかげです。
どうぞこれからも宜しくお願い致します。




