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やって来ました神代くんのお家。平屋の一戸建てのシンプルなお家の玄関には、兄妹が描いた絵や写真が飾られている。そして足下には多量の靴が。
「狭いけど、あがって」
「お邪魔します」
隅っこに靴を置かせて貰い、部屋へと案内される。壁の所々に落書きがされ、障子にはたくさんの穴。これは小さな子供がいるお家ならではだ。
「適当にしてて」
兄妹を残し台所へと移動した神代くんは、早速柚希ちゃんの為にケーキを作るらしい。お手伝いしたいけどダメだろうか?
「なぁ、なにして遊ぶんだ?」
「折角遊んで貰うんだから、勝平の好きなヒーローごっこでもしたら?」
中学生の妹さんがにっこり微笑み、その言葉に勝平くんの目が輝く。
「よーし! 俺がヒーローで愛花は悪の親玉な。くらえっ! ファイナルソード!」
玩具の剣を振りかざしいきなりのファイナル。幼い頃に、入院していたやんちゃな男の子達が遊んでいたのを思い出す。私は激しい運動は止められていて中には入れなかったけど、戦隊ものごっこは楽しそうだったなと記憶している。
小さな子と仲良く遊ぶには乗るしかない。ここは全力で遊びましょう!
「ふははははは、私には効かないぞぉ。私を倒したら姫を解放してやろう」
柚希ちゃんも仲間に加えたヒーローごっこ。悪の親玉らしく強さを出すため飛び掛かるように腕を挙げる。面白がって勝平くん以外の小学生の男の子も参加し、剣を振り回しビームを射ち出すの大賑わい。
神代くんの兄妹は男の子4人女の子2人なので、男の子らしく体を使った遊びが大好きみたい。中学生の妹さんと弟くん以外の子達が皆参加してくれる。
「おやだま、がんばれ」
囚われのお姫様なのに何故か応援されています。可愛い!
頑張りたいけど悪役なので最後は勝平の剣によって倒され、見事お姫様役の柚希ちゃんを救出。倒れた私の上に勝平くん達がどかっと座り、勝利の声を上げ兄妹達とバトンタッチ。
重っ!
「いえーい!」
「愛花よえー」
「篠塚さん、お茶……わっ、お前ら何やってんだ」
お盆に人数分のお茶入れたグラスを乗せて戻ってきた神代くんが、兄妹達に馬乗りにされている私を見てビックリ。慌てて退くように言ってくれて私が助けられてしまった。
子供のパワーってすごいや。でも久々に童心に返って遊べたから楽しかったな。
「ごめ、弟、加減しらなくて」
「いいえ、楽しかったですから」
冷たい麦茶を飲んで一息。すると今度は柚希ちゃんがシャボン玉で遊ぼうと誘ってくれる。
「えーシャボン玉なんてつまんねーよ。庭でなんかしようぜ」
そう言って勢いよく縁側の窓を開けるとそこには、
「おおおおっ!!」
居間から見えるお庭には、青々とした葉っぱが並ぶ家庭菜園が。思わず立ち上がり縁側へと飛び付く。
胡瓜、とまと、茄子。夏の野菜が元気よく育っている。図鑑でしか見たことがなかった本物の野菜が生っている菜園は、まさに感動しかない。
「すごいです! 野菜があります!」
「へへん、すげーだろ。胡瓜は俺が植えたんだぜ」
自慢げに鼻を擦る勝平くんが羨ましい。自分が植えた野菜が成長していくのを見るのは楽しいこと間違いなし。新鮮で美味しい野菜が食べられるのだから良いことずくめ。
お家でも家庭菜園しないかな。責任持って私が育てたい。
「うちは大家族で貧乏だから、こうやって家で野菜を育ててるの。遊びに行くお金もないから精々公園ぐらいしか行けないわね」
「公園楽しいですよね。図書館の隣にある公園は色んな遊具があって楽しそうです」
「……………」
自給自足の生活はお財布にも環境にも優しい。神代くんのお宅は素晴らしいです。そう褒めると、何故か顔を歪められた。
中学生と言えば思春期。女の子だからおしゃれや友達と遊びに行きたいのかもしれない。それでも我慢してるんだ。家族のために。
「……いい子ですね」
「なんで褒められてんのよ。言っとくけどお兄ちゃんはあなたと遊ぶ時間なんかないんだから。うちのためにバイト三昧。母さんの仕事が夜間の時はご飯も作ってくれるから、あなたが入れる余地はないわよ」
んん? どういう意味だろう?
バイト三昧なのは聞いている。ボランティア部の活動が終わってもコンビニのバイトをしてるぐらい、お休みの日も働いているのは見た。その上家事の手伝いや兄妹の面倒も見ているのだから、神代くんの忙しさは想像を絶するものだと思う。
せめてボランティア部の活動ぐらいは手助けしたい。負担にならないよう、私が率先して動いて掃除当番なんかも代わってあげた方がいいかな? クラス違うけど。
「ボランティア部頑張りますね」
「なんでそんな話になるのよ!?」
プリプリと居間から出ていく妹さんが、どうして怒っているのかわからない。首を傾げる私に、中学生の弟くんが苦笑い。
「兄ちゃん狙いなんて無駄ってこと。付き合ったって一緒にいれる時間なんてないよ」
「なんのお話でしょう?」
「兄ちゃんのこと狙ってんでしょ?」
狙う? 意味がわからず困惑する私を不思議そうに見て首を傾げる。
「兄ちゃんのこと好きじゃないの?」
「好きですよ。とても尊敬出来るお友達です」
「……ふーん」
肘をつき何かを考え込みだす。神代くんと仲が良いのかを知りたかったのだろうか。
その後ケーキや料理が出来るまでの間、お庭でシャボン玉で遊んだりだるまさんなどして、くたくたになるまで遊んだ。料理のお手伝いをしたいと言ったら遠慮されたのは残念だったけど、すっかり柚希ちゃん達と仲良くなれて嬉しかった。
「柚希ちゃんお誕生日おめでとう!」
遊んでいる間に続々とテーブルに並べられた料理の数々。唐揚げ巻き寿司、サラダにエビフライやミニハンバーグ。どれも子供の大好物。その証拠に勝平くん達の目が輝き出した……と思う。前髪が長くて見れない。
テーブルを囲み、料理の真ん中に登場した神代くんお手製の誕生日ケーキ。たっぷりの生クリームに沢山の真っ赤な苺。チョコレートで『柚希おめでとう』と書かれた、世界でたったひとつのケーキ。
ケーキに立てられたロウソクを勢いよく吹き消し、皆でおめでとうの拍手。家族の暖かい拍手に包まれ、はにかむように笑う柚希ちゃん。
これが、これがお誕生日会! 参加させてくれてありがとうございまーす!
「うまっ」
「うっめー! やっぱにーちゃんの料理が1番うまい」
がつがつと頬張る姿に神代くんがホッとしたような、それでいて暖かく見守るような雰囲気を醸し出す。よかったね神代くん。
「おいし、ね」
「美味しいですね。こんな美味しい料理を作れるなんてすごいです」
唐揚げもただお肉を揚げたんじゃなく、下味をしっかり漬け込んだ本格的なもの。ポテトサラダには様々な野菜が使われ彩りが綺麗。巻き寿司なんてお店で売ってるような綺麗さと美味しさ。
神代くんの料理のレベル高すぎる!
「愛花は料理得意なのか?」
「うーん、料理は好きですがあまり得意では。レパートリーもまだまだ少ないですし」
「なんだよもっと練習しないと、にーちゃんの彼女失格だぞ」
「そうですねー……………え?」
あれ、今変な言葉が。今勝平くんは何を言ったの?
「えー、やっぱりそうなのか? にーちゃんの彼女なのかー」
「にーちゃんいつの間に。やるー」
え、え、え、え?
神代くんの彼女って、私が?
驚きであたふたとしてしまい、違いますよと否定しても「またまたー照れんなよー」と言われてしまう。
照れてませんよ! 事実ですから!
神代くんはというと、ビックリし過ぎて固まってる。お箸を持ったまま微動だにしてないよ!
「愛花、おねーちゃん……お嫁さん?」
「うえぇっ!? 違います違います。私に神代くんは勿体ないぐらいの人で」
「いい加減にして!」
ひゅーひゅーと騒ぐ弟くん達に怒りを露にしたのは、中学生の妹さんだった。唇を噛みしめ顔を私の方に向ける。
「なんなんですかあなた? 初対面でズカズカと人の家に上がり込んで。それも妹の誕生日に。部外者が入って来ないでよ!」
「瑞希!」
「だってお兄ちゃん、今日は柚希の誕生日なのよ? なんで見ず知らずの人がいるのよ!」
怒鳴る妹さんを神代くんが制してくれるも、怒りは収まらないようで口論になる。
よく考えてみれば怒って当たり前だよ。
誕生日は1年に1回だけの大切な日。家族中が良い神代くんのお家では、家族だけでお祝いするのが通例なんだ。
私がいることが間違い。お誕生日会に参加出来ることに浮かれて、神代くんの兄妹達の気持ちを考えなかった私が悪いよ。
「ごめんなさい!」
立ち上がり頭を下げる私に、神代くん達の言い争う声が止まる。喧嘩なんかして欲しくない。折角仲が良いのに私のせいで不穏な空気になって欲しくない。
「怒られて当たり前です。折角の家族の団欒を私がお邪魔してしまい、本当にごめんなさい」
「俺が、頼んだ、から」
「いいえ、私が断るべきでした。初めてお誕生日会に呼ばれて嬉しくて舞い上がってたんです。柚希ちゃんや勝平くん達と遊んでみたかった気持ちが押さえられませんでした。私のせいでお誕生日会に嫌な気持ちにさせちゃってごめんなさい」
今日の主役の柚希ちゃんにも謝り、この微妙な空気をなんとか明るくしてから帰ろうと思った矢先、
「柚希と俺が、お願いしたから。勝平達とも、遊んでくれて、お礼、言うことあっても、謝ることはないから」
だから篠塚さんに謝って――
優しい声だけど、その部分だけははっきりと言い放つ。謝らなくていいと言っても譲らなかった。怒る時はしっかり叱る、まさにお兄ちゃんです。
「……ごめんなさい」
「私の方こそごめんなさい」
「はい。じゃあケーキ食べようか」
それまで大人しかった子供達が一斉に喜びの声を上げる。気まずかった雰囲気があっという間に変わり、包丁をケーキに刺す瞬間をわくわくと見守るように前のめりに。
こうやって兄妹同士で喧嘩しても、仲裁してきたんだろうな。すごいな神代くんは。
「うわー、うまそー」
「俺でっかい苺が乗ってるやつ!」
均等に切り分けられたケーキをお皿に乗せ、口元に生クリームを付けて美味しそうに食べる姿が微笑ましい。私も一口ケーキを口にすれば、甘酸っぱい苺と甘い生クリームと絶妙にマッチしている。おまけにスポンジもふんわりしてて最高!
お菓子作りも上手とか完璧じゃないですか。
「……ごちそうさま」
ケーキを食べ終えた中学生の妹さんは、そのまま自分の部屋と去ってしまった。楽しいはずのお誕生日会を、私が来たことで不愉快にさせてしまって申し訳ない。
「気にすることないよ。姉貴は兄ちゃんを取られそうで嫌なだけだったから」
その言葉に合点がいった。
神代くんが忙しいと何度も言ったのは、私が神代くんに近付こうとするのを防ぐため。私が神代を好きなんじゃないかと怪しんでたからなんだ。大好きなお兄ちゃんを取られたくないとか、可愛すぎるー!
「ごめん。後で誤解、解くから」
「気にしてないですよ。神代くんとはお友達でライバルですから、と伝えてください」
2人の間が険悪になったら大変だ。妹さんには友達として認められたら嬉しいな。
「なんだ、にーちゃんの彼女じゃないのかよ。まっ、愛花がいきおくれたら俺が貰ってやるよ」
喜べと言わんばかりに白い歯を見せて笑う勝平くん。鼻先にクリーム付いてますよ?
食べ終わって皆でごちそうさまの合掌。満腹で横たわると思いきや、男の子達が一斉に神代くんに飛び掛かる。
「にーちゃんありがとー」
「にーちゃん遊ぼうぜー」
「ま、待って。後片付けが……うわっ」
あれだけ遊んであれだけ食べたのに、子供達の体力は底が知れず、神代くんに遊んでと迫る。横から抱き付かれた拍子にバランスが崩れ、そのままバタンと倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
3人の男の子に飛び付かれて怪我はないかと心配して傍に行くと、首に腕が絡み付くも「なんとか」と弱々しく返事が返ってくる。
しかしホッとしたのもつかの間。私の目に驚くものが入った。
倒れ込んだ拍子のせいか前髪が乱れ、普段隠れていた神代くんの目が露になる。
「―――っ」
声にならない驚き。
神代くんの目は、まるで美しい透き通る海のような、澄み渡る青々とした空のような……そんな美しい色をしていた。




