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ジリジリと太陽の日差しが熱い。背中に伝う汗がTシャツにくっついて気持ち悪い。衣替えが来て夏服になって涼しくなったけど、暑さが増してものすごく暑い。
まだ6月の終わりでこの暑さ。8月の真夏になったら溶けちゃうよ。温暖化恐るべし。
間宮先輩と話し合ってから数日。最初はギクシャクしていたけど、少しずつ元のように話せるようになってきた。
わだかまりはなくなったわけじゃない。それでも話せて楽しいし、私にとってかけがえのない先輩だ。
そういえば、間宮先輩と話していると必ずと言っていい程の確率でやってくる西嶋さん。野生の勘というか、虫の知らせというか。相変わらずすごいなと思ってしまう。
ただ、以前と違う事がひとつ。
「ちょっと、間宮先輩と何話してんのよ!」
そう言って割り込み、間宮先輩が大好きなのは変わりないけど、私を追い払おうとはしなくなった。間宮先輩の腕に抱きつき甘える姿はいつも通り。だけどほんの少し、私を見る目が柔らかくなったような……
「なに見てんのよ、気持ち悪いわね」
……気のせいかもしれない。
「来週からテストが始まるでしょ。その話をしてたの」
そうなのです。来週には期末テスト。そしてその翌週に神社のお祭りが! 楽しい事が続くなんて幸せだ。
間宮先輩達と別れると、ポケットからスマホの振動を感じ手に取る。真由ちゃんからだ。教室の前に来てるとの事で、慌てて自分の教室へと戻った。
教室の前では真由ちゃんだけじゃなく佳奈ちゃんもいて、テストが終わる次の土曜日に皆でプールに行こうとのこと。
「プール!?」
プールってあのプールだよね? 水着を着て健康な人がバシャバシャと泳ぐ、あのプール。……行ってみたーい!
「行きたいです!」
「そうこなくっちゃ。頭使った後は体を動かさなきゃね」
同感です。
「先輩が割引券沢山貰ったから皆で行こうって。愛花ちゃんは田中君を誘ってみたらいいんじゃない? 男の子が先輩1人だけとか緊張しちゃうと思うし」
佳奈ちゃんの恋人の先輩が、親戚から貰ったプールの割引券。どうせなら皆で行こうと提案してくれたらしい。未だお話した事がない佳奈ちゃんの彼氏さん、ありがとうございます!
男の人1人だけじゃ気まずいだろうから、知り合いの男の子を連れていこうという事になって白羽の矢がたったのが田中くん。佳奈ちゃん達とも知り合いだし、私としても是非一緒に行きたい。授業が始まる前に誘ってみよう。
「そういえば、佳奈ちゃんの彼氏さんってどんな人なんですか?」
「もうすっごくカッコいいんだから!」
「ああ……なんかこう、少佐って感じ」
「しょうさ?」
しょうさって何? どういう意味なんだろう?
詳しく聞きたかったけどチャイムが鳴り、佳奈ちゃんの彼氏さんの件はおあずけ。自分の席に座り田中くんが戻ってくるのを待つと、先生が来るギリギリの所で走って戻ってきた。汗だくだ。
「すごい汗ですが大丈夫ですか?」
「はぁ……うん、中庭から急いで走ってきたから」
息を乱して汗を拭う田中くんに、プールの事を切り出そうとするも先生が来てしまい話せずじまい。しょうがないから次の休み時間まで我慢だ。
「え、プール!?」
授業が終わり田中くんにプールの事を伝えると、驚いたような戸惑うような声をあげる。
最近の田中くんは休み時間になると関さんに呼び出される事があり、こうして休み時間に面と向かって話すのは久しぶりかも。隣の席なのに、なんか寂しいな。それでもこうして話してくれると、寂しい気持ちが吹き飛んでいってしまうから不思議。
「行くっ、行くよ! 絶対行く。誘ってくれてありがとう」
「よかった。田中くんが来てくれると私も嬉しいです。最近色々と悩んでいたので、体を動かして気分も体もリフレッシュしたかったんですよ」
まさかプールに行けるなんて、と喜ぶ私を田中くんは目を見開いて見つめる。
「悩んで、た? 何かあったの?」
「えっ、あ、えーとですね。昔の私のことでちょっと……」
間宮先輩とのことは誰にも言わないと決めた。ずっと抱え込んでいたのを話してくれたのに、私がそのことを誰かに話すのはいけないと思うから。
曖昧に誤魔化してプールの話題に話を逸らそうとしようとしたら、田中くんはいきなり自分の両頬を叩いた。と思ったら顔を手で覆い俯く。
「……なにやってんだ俺」
小さく呟いた言葉。その言葉の意味はわからないけど、自分に渇を入れるように言い聞かせているような気がする。て、頬っぺたが赤い! 冷やさなきゃ!
ハンカチを濡らしに行こうと思った時、田中くんが顔を上げ真剣な眼差しを向けられる。
「ごめん!」
突然の謝罪に困惑。謝られるような事をされた覚えはないし、なんで頭を下げるの?
「篠塚さんが悩んでいたのに気付かなくて。相談に乗ることも話を聞くだけでもしたかったのに」
「そんな、田中くんが気にすることはないですよ?」
「俺が嫌だから」
ドキリと心臓が動く。
私が悩んでいたことで、田中くんが落ち込むことなんてないのに、自分が嫌だからだと言ってくれる。責任感強いな田中くんは。
「ちょっと浮かれてたんだろうな。反省しなきゃ」
んん? よくわからないけどひとりごとかな?
授業が終わり、テスト期間中は生徒会もお休みなので皆帰り支度。私も真っ直ぐにお家に帰って勉強しなきゃ。前回いい点だったからと言って、今回もいい点が取れるとは限らない。テスト勉強は大事だもんね。
そう思った時、教室の窓に水滴が付いた。すると突然の雨。それもかなり激しいゲリラ豪雨だ。
「うわ……傘持ってきてないや」
クラスの皆と同じように窓の向こうの雨を眺める田中くん。その様子だと傘は持っていないよう。
私はこんな事もあろうかと、折り畳み傘を持ってきている。備えあればってやつですね。あ、でも2つ持ってくればよかった。雨はまだ止む気配はなく、激しさはなくなったけど濡れて帰ったら風邪ひいちゃうよきっと。
「あの、田中くん。私折り畳み傘を持ってきてるので、よかったら一緒に帰りませんか?」
駅に着く頃には止むかもしれないし、同じ駅なら尚更。田中くんは申し訳なさそうに、だけど「ありがとう」と微笑んで一緒に帰ることになった。
小雨の中、折り畳み傘を差して肩を並べ歩く。いつも通る道なのに、こうして田中くんと帰るとなんだか違う道を歩いているみたい。普通にお喋りしてるだけなのにね。
以前にも雨の中一緒に帰った事はあったけど、あの時は愛花ちゃんの自殺の仕方がわかってそれどころじゃなかったな。
「それでさ、皆とその激辛ラーメン食べに挑んだんだけど全然食えなくて」
田中くんはラーメンは好きだけど、あまり辛いものは好きじゃない。
「映画? そうだな、推理物も好きだけどやっぱりアクション系がいいかな。迫力あるシーンとか興奮する」
映画はアクション系が好き。悠哉くんと同じだ。いつか田中くんと映画見に行けたらいいな。
「篠塚さんも犬好き? 俺も。家で柴犬飼ってるんだけどすげぇ人懐こいんだ」
「柴犬飼ってるんですか? うわぁ、いいですね会ってみたいです」
「え、じゃあ今度うち来る? きっと篠塚さんにじゃれつくんじゃないかな」
「いいんですか!? 行きます。わんちゃんと遊びたいです」
お家で柴犬を飼ってる。いいなぁ、わんちゃんとの生活とか絶対に楽しいよ。散歩とかブラッシングとか、お世話をたくさんしてあげたい。
楽しい時間はあっという間で、もう駅に着いてしまった。すると小雨が止み、灰色の雲から光が射す。
天使の梯子だ。雲から光が射すことを確か天使の梯子って言うんだよね。写真集で見たことがあったような。
天使さん、お元気ですかー? 私は毎日健康で楽しいです!
「じゃあまた明日」
「はい、また明日」
改札口で別れ田中くんを見送ると、右肩が濡れているのに気付く。折り畳み傘は普通の傘と比べて小さく2人で使えば当然肩が濡れてしまう訳で。それなのに私は全然濡れていないのは、傘を持ってくれた田中くんが濡れないように気を使ってくれたから。
……なんだろうこれ。なんかこう、胸から込み上げてくるこの気持ちは。
「田中くん!」
その背中が見えなくなる前に慌てて呼び止めた。
「どうしたの?」
「これ、使ってください」
ハンカチを渡すと、自分の濡れた肩に視線を移し照れくさそうに受け取ってくれる。
「ごめんなさい、田中くんの肩を濡らしてしまって。もっと大きな傘だったらよかったんですけど」
「気にしないで。篠塚さんが濡れてなくてよかった」
自分のことより私を心配してくれる田中くんはやっぱり優しくて。私はこの優しさにどれだけ救われたか、どれだけ返せれたのか。
田中くんが風邪を引きませんように。
電車に揺られ外の景色を眺める。灰色の雲はなくなり、白い雲から7色の虹が現れた。
「わぁ…綺麗」
病院の窓から見た虹よりも大きく見え、キラキラと輝いているような気がする。あの虹の先には素敵な場所があると、幼い頃信じてた。健康な体だったらきっと虹の先を探しに行っていたに違いない。
電車から下り、道路に出来た小さな水溜まりを見つけてジャンプ。今日知れた田中くんの事を考えていた。
「ラーメンが好き……ラーメンってどうやって作るんだろう?」
カップ麺は作ったことがあるけど、本格的なラーメンを作るとしたら麺から作るのかな? 想像もつかない。お母さんに聞いてみよう。
家に帰るとまだ誰も帰っていなくて、着替えに自分の部屋へ行く。動きやすい格好に着替えてふと思い出す。
プールに行くということは、水着を着なきゃいけないんだよね。愛花ちゃんは水着持ってるかな?
タンスの中を探し、一番下の段に数着の水着を発見。水着があって安心したけどありすぎじゃないかな? 1着で充分だよ。
さて愛花ちゃんの水着は全部で5着。気が早いけどプールに着ていく水着を選ぼうかな。
ひとつ目は花柄のオフショルダービキニ。白と赤のコントラストが可愛い……のにどうしてTバック!
ふたつ目は黒のホルタービキニ。セクシーで大人っぽいけど今の私に似合うかな?
3つ目は情熱の赤色のバンドゥビキニという物。胸の部分がチューブ型になっていて、肩紐じゃなく首から下げるタイプ。体のラインがはっきりわかる大胆な水着。はっきり言って着れる気がしない。
4つ目はマイクロビキニといわれる物で、隠す部分がものすごく小さい。これ着る意味あるの?
そして最後の5つ目はワンピースの水着。上下繋がってる! と思いや首から下げるタイプで横腹が思いっきり開いているのですが……愛花ちゃーん! ハイビスカスの夏らしい水着なのに着れないよ!
ううぅっ、5着もあるのに新しいのが欲しいなんて言えない。この中から選ぶしかないよね。スクール水着があれば喜んで着たのにな……
悩んでいるとお母さんが帰ってきて、スクール水着がないか聞いてみた。その瞬間、スーパーの袋をゴトリと落とし驚いた顔をされる。
「……なんでスクール水着?」
「来週真由ちゃん達とプールに行くことになったのですが、持っている水着はどれもセクシーで大胆な物ばかりで。スクール水着なら着れるかなって」
「ダメに決まってるでしょ! セクシーっていったってビキニぐらいじゃないの? 見せてみて」
今時の女の子は少し大胆な水着を着るものなんだって。あれを皆着てるのか。今時の女の子はすごい度胸だ。
部屋にはまだ水着を広げたままだったから、お母さんに見せてみた。すると固まったように動かなくなり、茫然と佇む。
「……通販で買ってたから、どんな水着を買ってたのか知らなかったわ」
「お母さん?」
「次のお休みの日に買いに行きましょう」
新しく買うなんて勿体ないからスクール水着があればって言ったけど、絶対にダメだって怒られちゃった。なんで?
久しぶりにほわほわっとしたお話になりました。田中は癒し効果あります。
スクール水着が一番危険なことに気付かない主人公。どんな水着を買ったのかはお楽しみに。
お知らせです。この度『そして少女は悪女の体を手に入れる』が書籍化させて頂けることになりました。
これも皆様の応援あってのことです。ありがとうございます。
詳しい内容は活動報告を見ていただければ幸いです。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。




