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「巫女? 冗談でしょ。やるわけないじゃんそんなの」

「ありえないんですけどー」


 翌日、早速須藤先生にボランティア部員のクラスを教えて貰い、休み時間合間に部員の人に会いに行く。先に3年生の人にお願いしに行けば即断られた。けど挫けるもんか。一度くらい断られる事は予想済み。


「そこをお願いします! 神主さんが困っているんです。夏祭りを盛り上げられたら地域貢献に繋がると思います。ボランティア部がお手伝いすればきっと喜んでくれる。どうか力を貸してください」


 嫌そうな顔をされようとも、しつこくお願いし続ける。此処で引き下がる訳にはいかないんだ。


「悪いけど」


 誠心誠意、お願いすれば大丈夫かなと思ってたけど、どんなにお願いしようと皆頭を縦に振ってくれなかった。現実はそんなに甘くはないと痛感する。


「……はぁ」


 休み時間やお昼休みの間に駆け回っても、誰一人参加してくれる人がいなくて、放課後の廊下をトボトボと歩く。

 このままじゃダメなのに。何も出来ない自分が情けないよ。


「あれー、愛花ちゃん。どうしたの? そんなに肩を落として」

「榊先輩……」


 棒つきキャンディーをくわえながら、手をヒラヒラさせる榊先輩が目の前にいた。


「何か悩んでるんなら、相談してみなよ俺に」


 狐のようににっこり笑う榊先輩に、ボランティア部の事を打ち明けた。榊先輩は人を動かすのがうまい。何かヒントになるような事が聞けるかも。


「人はさ、愛花ちゃんみたいにボランティア精神に溢れてる訳じゃないんだよ。自分にとってメリットがないと動かない連中もいる。だからそいつらを動かしたいなら、自分からやりたいと思うような【餌】をぶらさげてあげたらいいんじゃない?」

「餌……ですか」


 餌ってご飯の事だよね? お弁当を作ればいいの? でもお手伝いする時間は夕方だし、夜ご飯になっちゃう。手作りお菓子とか? クッキーなんかを作ったら喜んでくれるかな。


「……愛花ちゃんは持ってるはずだよ。そいつらを動かせる餌を」

「え?」

「愛花ちゃんならわかるはずだよ。【今までの愛花ちゃん】ならね」


 そう言って榊先輩は、現れた時と同じように手をヒラヒラさせて去っていった。

 ヒントなんだろうけど、なぞなぞはあまり得意じゃないからわからない。私が持っている餌。いったいそれは何なんだろう。

 答えは翌朝になっても出ず、朝の朝礼でずっと唸っていた。


「何か悩み事? 俺でよかったら相談にのるよ」

「田中くん……」


 昨日は休み時間になる度教室を出ていたから、忙しいのかなと思っていたらしい。榊先輩のヒントの事を相談しようと思った時、前の席の山田さんが振り向いた。


「ねぇねぇ、今月の終わりには期末テストでしょ。また勉強会やろうよ」

「それいいな! また皆でやれば良い点取れるって。という訳で、篠塚! ノート見せてくれ!」

「あんたはそれが目的なんでしょ!」

「いてっ!」


 山田さんの声に、中間テストの時の勉強会メンバーが次々と集まってくる。勉強会でテストの点がよかったから、また皆で集まりたいと言って。私は勿論大賛成。皆で一緒に勉強をするのは楽しいから。

 私のノートを借りたいと言った男の子が「これさえあれば……」と呟く。


「このノート、お役に立ちますか?」

「当たり前だろ! 見やすいしわかりやすいし、テスト問題に出そうな事を先生が然り気無く言った事とかも書いてあるから、めちゃくちゃ役に立つぜ」

「そう、ですか」


 何か、何かが掴めそう。もしかしてこのノートなら……

 自分の中に閃いた考えを確信させる為、他の人にも聞いてみる。


「私のノートは、皆さんのテスト勉強にお役に立っていますか?」

「え、うん。篠塚さんのノートは超貴重だよ」

「それは他のクラスの人にもお役に立てるでしょうか?」

「そりゃあ立つと思うよ。成績上げたい人には喉から手が出るぐらいに。なんたって篠塚さんはあのガリ勉を押さえて2位だったんだから」

「こ、これですぅうぅぅぅぅううっ!!」


 自分のノートを高らかに掲げ叫ぶ。

 これだ。このノートだ! ボランティア部の人は内申を良くしたい人が多いって聞いた。きっと成績も良くなりたいはず。私のノートが他のクラスの人にも役に立つのなら、きっとこれが餌になる。榊先輩が言ってた事はこの事だったんだ! さすが榊先輩!


「あ、篠塚さん何処に行くの?」

「隣のクラスです!」


 同じ学年のボランティア部の人は私を含め全部で8人。神代くんはバイトかもしれないから除いて、残りの6人の人に交渉してみなきゃ。善は急げだ。

 隣のクラスのボランティア部の人を呼び出すと、私の顔を見るなり顔を歪める。


「何回頼まれても、出る気ねーから」


 ため息をついて怠そうに首筋に手を当てる男の子は、もう話は終わりだと言わんばかりに教室しに戻ろうとした。逃がしません。


「もし神社のお手伝いに参加してくれるなら、私のノートをお貸しします」

「はぁ?」


 不可解な顔をして振り向き、


「なんでノート?」


 おふ。クラスの人には好評だったけど、他のクラスの人は知らない訳で。自信満々でいた自分が恥ずかしい。


「えーと、その……私のノートは分かりやすいとクラスの人が言ってくれて、テスト勉強に役立つそうです」

「へー。俺そんなに頭悪くねーけど、あんた良い方なわけ?」

「勿論よ」

「え、山田さん!?」


 突如現れた山田さん。私の肩を掴み、ボランティア部の男の子の前に出て大きな声で言う。


「篠塚さんはこの間の中間テストで2位だったのよ。しかも、篠塚さんにノートを借りたり勉強会に参加した人は皆点数を上げて、中には1年の頃より30番以上順位を上げた奴もいるんだから」

「マジかよ……」


 男の子のは私の顔とノートを何度も見比べて、ゴクリと喉仏が動いた。さっきまでの興味のなさそうな目とは違う。食い入るように目をギラつかせノートを見ている。


「ちょっとそのノート見せてくんね?」

「どうぞ」


 パラパラと中身を見ると「字が綺麗で確かに見やすい」と褒めてくれた。照れます。それと同時にお願いするには此処しかないと思った。


「どうでしょう? 今度のお祭りで神社のお手伝いに参加してくれるなら、このノートをお貸しします。何でしたら一緒に勉強会しましょう」

「……今回だけでいいのか?」

「毎回参加して欲しいのが私の本音ですが、そこは貴方の判断にお任せします。もしまたやってもいいと思ってくれるのなら、是非参加してください」


 あまり望みすぎるのはよくない気がした。嫌々参加するよりは、自分からやりたいと思ってくれた方がいいから。もし嫌々で参加してくれたとしても、この間みたいに神代くんに任せきりじゃ意味ないもん。

 男の子は口許に手を当て、暫く考えてからノートを返し頷く。


「わかった。今度の祭りの最終日だったよな。参加するわ」

「………………」


 私は目を見開き、口を開けたまま固まってしまった。だって、だってだってっ!


「ありがとうございます!」


 頼みの綱はこのノート。クラスの皆は役に立つって言ってくれたから自信を持てた。だけど本当に参加してくれるか不安だったのも確かで。感無量で男の子の手を取って何度も感謝の言葉を述べる。

 やった、やったよ。1人参加者が増えた。すごく嬉しい!


「本当にありがとうございます!」

「お、おおう」

「山田さんもありがとうございます!」


 興奮して勢いよく山田さんに抱きつく。山田さんがフォローしてくれなかったらきっと上手くいかなったから。


「慌ててた様子だったから様子見に来てよかったよ。何だかよくわかんないけどよかったね」


 抱きしめ返してくれて一緒になって喜んでくれた。友達の優しさに目頭が暑くなってくる。


「……俺もそっちがよかったな」


 休み時間の終わりのチャイムが鳴り、詳しい事が決まり次第連絡すると言って自分の教室に戻る。

 その後も、他のクラスのボランティア部の人と交渉しに足を運ぶ。毎回山田さんに頼む訳にはいかないから、私のノートの説明をする時かなり恥ずかしかった。自分で自分のノートはすごいですって言うのは、かなり恥ずかしいよ。

 ただ、中には私の中間テストの事を知っていたようで、ノートの事や勉強会の事を言うなり「やるやる」とやる気を出してくれた。

 ……理由は不純だとしても、兎に角参加してくれなきゃ始まらない。神社のお手伝いをして、ボランティア精神に火が付いてくれたらいいな。



 交渉の結果、2年生のボランティア部員は全員参加してくれる事になった。勉強頑張っててよかったー!

 残りは1年生と3年生。1年生は3人しかいなく、勉強でわからない事があればいつでも教えるという条件で、今回だけならと承諾。残りは3年生の8人。

 さすがに3年生の人に勉強教えるなんて事は出来ない。他にやる気が出るような餌はないかと頭を働かせるものの、何も思い付かず完全に行き詰まってしまった。


「うーん、うーん」

「そんな所で唸ってどうしたの?」

「あ、榊先輩」


 3年生の教室に向かう階段の踊り場でしゃがんで頭を悩ませていると、榊先輩が階段を下りてくる。今日は前髪を掻き上げピンで留めて、いつもと印象がちょっと違う。あ、榊先輩にお礼を言わなきゃ。


「榊先輩、昨日は助言をありがとうございました。おかげで1、2年生の人達が全員参加して貰える事が出来ました」

「そう。和樹に頼んだんだ」


 ん? なんでそこで一ノ瀬先輩の名前が?

 首を傾げる私に、榊先輩は反対側に首を傾げる。


「和樹に頼んだんじゃないなら、健人に頼んだの?」

「え?」


 なんで御子柴くん? 御子柴くんはボランティア部じゃないから頼む必要はないのに。

 榊先輩が何を言いたいのかわからず、2人して首を傾げたままでいると榊先輩の口が開く。


「……2人に頼んだんじゃないとすると、どうやってやる気を出させたの?」

「ノートです!」

「は?」


 ますます意味がわからないと眉を潜める榊先輩に、どうやって皆のやる気を出させたのか説明した。すると何故かため息をついて肩を竦める。


「なるほどねー、そうきたか。これは予定外」

「え? あ、あの人達は」


 榊先輩の後ろに、ボランティア部に所属している女性の先輩がいた。ダメもとでもう一度お願いしてみようか。


「あのっ」

「え? ああ、またあんた。何回頼まれても参加しないから」

「巫女なんてコスプレ、する訳ないでしょ」


 目を細めて追い払うように手を振られ、階段を下りてくる。これ以上声を掛けるなと言わんばかりの苛立ちが感じられ、言葉が詰まってしまう。もう、ダメなのかな。3年生の人達が参加したくなるような何かは、私には思い付かない。

 悔しくて唇を噛み締めたくなり俯く。後ちょっとだったんだけど、ごめんね神代くん。


「巫女ちゃんやるんだ愛花ちゃん。それは見に行かなきゃだねー」

「榊先輩?」

「あ、榊君!?」

「どうして此処に?」


 上から下りてくる3年生の先輩達には、背中を向けていた榊先輩が榊先輩だとは気付かなかったみたいで、慌てたように、それでいて嬉しそうに頬を染める。さっきまでの態度と全然違う。


「巫女ちゃん姿可愛いと思うよ。一度は見てみたいと思うのが男の夢だよね。あ、君達はボランティア部だけど出ないんだっけ。残念だなー、君達の可愛い巫女ちゃん姿見たかったのに」

「え、え? どうする?」

「えーどうしよう。榊君が見に来てくれるなら参加する?」


 はい? え、今さっきまでは参加しないって……戸惑いつつチラチラと榊先輩を見て2人で相談している中、畳み掛けるように2人の前に立つ榊先輩。


「君達の可愛い巫女ちゃん姿、俺に見せてよ」

「う、うん! 篠塚さん、私参加するから!」

「私も!」


 えぇぇぇっ!? あっさり参加決定しちゃった。あんなに嫌がっていたのに、榊先輩効果恐るべし!


「じゃあさ、他の3年生にも伝えてくれる? 男子には俺がボランティア部の視察しに行くからって言ってくれると嬉しいな」

「任せて!」

「榊君、絶対来てね!」


 私からは榊先輩の背中しか見えなくて、どんな顔をしているかわからないけどきっととびきりの笑顔に違いない。先輩達の顔が真っ赤だもん。

 先輩達は他のボランティア部の3年生の人達に伝えると言って、3年生の教室の方へと走って行った。多分これで全員参加は確実。昨日相談した時に巫女さん姿になる事も伝えたはずなのに、敢えて知らなかった振りをして先輩達のやる気を出させてくれた。此処に榊先輩がいなかったらこんなに簡単にいかなかったと思う。ううん、此処にだけじゃない。榊先輩に相談出来なかったら何も出来なかった。


「榊先輩ありがとうございます」

「んー? ま、今回は自分で何とかしようと頑張ってたご褒美だから」

「頑張るのは当たり前です。皆とボランティア活動したかったから。榊先輩が助けてくれなきゃ絶対無理でした。榊先輩は優しいです」


 助言だけじゃなく助け船まで。優しい先輩と出会えて幸せ者です。

 全員参加出来て漸くスタート地点。この先も参加して貰うには、ボランティア活動が楽しいと思って貰わなくちゃいけない。どうしたらいいかな……


「優しい、ね」


 次の事に頭を働かせていると、榊先輩の呟きに顔を上げる。

 榊先輩はいつもと変わらずニコニコの笑顔なのに、目が笑っていない。その目にブルリと体が震えた。本能的に怖いと思ったからだ。

 この目、知ってる。以前に、榊先輩に連れ出されて御子柴くんと対立した時の目だ。唇は笑っているのに、冷たく何の感情も読み取れないあの時と同じ。

 怖くなって後退りした私を逃がすまいと、壁に手を付き逃げ道を塞がれた。


「なんで逃げるの愛花ちゃん?」

「あの、その……」


 仮面の笑顔が怖い。詰め寄られて逃げる事が出来ない私に、榊先輩は楽しそうに肩を揺らして笑う。


「記憶がなくなっていい子になるなんて、虫が良すぎるよね。そう思わない?」

「榊、先輩?」


 開いている手で私の頬をゆっくりと撫でる。ゾワゾワとした悪寒が背中を、身体中を駆け巡り冷や汗が流れた。


「最近和樹が楽しそうに愛花ちゃんの事を話すんだよ、この間の合宿の事とかさ。前だったらあり得なかった」


 私を見ているようで見ていない。遠くを見ているような、そんな目をしている。


「愛花ちゃんはさ、いい子になったよ。それは俺もわかるんだけどさ……」


 沈黙のまま俯き、頬を撫でていた手は髪の毛に触れたと思ったら思いっきり引っ張られた。


「いっ!」


 ブチブチっと音がしたと同時に痛みが走る。咄嗟に痛みを感じた方の頭を押さえ、涙目になって榊先輩を見た。

 引っ張られた髪の毛を持ったまま、悪びれる事もなく笑顔のままで……榊先輩が何を考えているのかわからない。怖い、なんでそんな風に笑えるの?


「痛い?」

「………………」


 わかっているはずなのに、クスクスと笑う榊先輩を睨む事しか出来ず、どうしてこんな事をするのか聞いた。すると、目を細めて笑っていた榊先輩が無表情へと変わる。


「桜子の痛みはこんなもんじゃない。今も桜子は愛花ちゃんのせいで苦しんでいるんだよ」

「えっ、それって」


 驚く私を見るなりまた笑顔に戻った榊先輩は、答える事なく踊り場から立ち去る。3年生の教室へと戻る榊先輩の制服を思わず掴んでしまった。

 間宮先輩が苦しんでいるってどういう事?


「……例えどんなにいい子だろうと、桜子を傷付ける奴は許さないから」


 掴んでいた手を振り払われ、階段を上り廊下へと消えていく。振り払われた手をそのままに、後を追うことも呼び止めることも出来なかった。

 最後の言葉。間宮先輩を傷付ける奴は許さないと言った榊先輩は、怒りでも笑顔でもない。無表情で殺意と呼ぶに相応しい、冷酷な目をしていた。

 今も私は間宮先輩を傷付けている……理由が知りたい。間宮先輩と一度話さなきゃ。




最後は榊の助けで、ボランティア部員全員が参加する事になり万々歳。しかし謎は残り、まだまだ頭を悩ます事に。


次回は久々の間宮先輩登場です。彼女が何を思い悩んでいるのか、少しは見えてくるかもしれません。



沢山のブクマや感想をありがとうございます。本当に嬉しいです。立ち止まる事はあっても、最後まで書き続けます。

次は来週の金曜日更新予定です。



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[気になる点] 余字:し もう話は終わりだと言わんばかりに教室しに戻ろうとした。
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